メスゴリラ
あるとき、過ってしまった。メスゴリラが。
森山直太朗の『生きてることが辛いなら』を聴いていたときのことだ。いつもなら、「相変わらずいい曲だ」で済ますのに、不意にメスゴリラになってしまった。
歴史は小さなブランコで
宇宙は小さなメスゴリラ
もちろん、言うまでもないが、正しい歌詞は「メスゴリラ」ではない。だが、一度、メスゴリラが出てきてしまっては、何人たりともメスゴリラからは逃れられない。
とにかく、語呂がぴったりなのだ。口に出したくなるメスゴリラ。もう最初からメスゴリラだったんじゃないかというくらい、しっくりくる。
そういえば、ゴリラの胸をドコドコ叩く、あのドラミングなるやつは、「ふたりとも〜争いはやめて〜」の合図だ。相手を傷つけるよりも、自分自身を叩き続けることを選ぶ平和的生物。そして草食。それでいて、あんなムキムキ。すごいや。
こんな崇高なる生き物を、なぜわたしは笑ってしまうのか。メスゴリラは小宇宙であり、実はあまりのスケールのデカさに気づかないだけで、わたしたちはメスゴリラに抱かれているのかもしれない。
あたたかな母性のゆりかご。上腕の黒々とした毛にさわさわと撫でられ、今夜も眠りにつくのだ。
正しくは「水飲み場」。関係者各位、たいへん申し訳ございません。
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