めっけもん|第ニ章 純情編(20)
二日後、顔も体もあざだらけになった竹田が、話があると言ってきた。
竹田の野良犬みたいな姿に笑いそうになったが、なんとか堪えた。
「中村さん。師匠と話がつきました」
この前までは呼び捨てだったのに、急に「さん」づけで話してきたものだから、吹き出しそうになった。
それでも笑うのを我慢して、無愛想に返事をしてやった。
「ほう、どう話がついたんや」
「近々、森山レストランに会いに来てくれということだそうです」
「ほんまに、あの有名な森山レストランなんか」
「そや。ここ辞めても十分なとこやろ」
「ほんまに雇ってくれるんやな」
「ああ。この俺が頭下げて頼んできたんや。間違いないって」
まだ疑わしかったが、竹田が熱心に経緯を説明するので、信用することにした。
竹田は、森山レストランの住所と電話番号、そして師匠の名前が書かれた紹介状を見せてくれた。
そこには、
「道頓堀支店 川辺総料理長」
と書いてあった。
森山レストランは大手の洋菓子会社として有名で、レストランも全国にチェーン展開していた。
私にとって大きなレストランで働くことは、ホテルや外国航路の調理師になることと並ぶほどの憧れだった。
それに森山レストランは、修学旅行の時に料理を食べ、調理師になろうと決心するきっかけになった店でもある。
この今里新地にいると、忘れようと思っていてもマリ子のことを思い出してしまう。
天翔グリルの社長には大恩があったが、今里新地を離れるには良い機会かもしれない。
そう考え、森山レストランへ行くことを決心した。
翌日、社長に相談があると言って会いに行った。
森山レストランの話をすると、社長は快く承諾してくれた。
「ナカムラ、店から出るか。残念、残念。でも良いチャンスね」
「社長、わがまま言ってすいません」
「いい料理人になることが恩返しね」
竹田にも礼を言って紹介状を預かり、翌々日に森山レストランへ伺うことにした。
竹田には、先方へ連絡しておいてくれと頼んでおいた。
翌々日、森山レストランへはランチタイムを外し、昼過ぎに道頓堀へ着くように向かった。
店内に入り、レジの店員に川辺総料理長に会いたいと告げると、店の三階に案内され、しばらく待つことになった。
店内は綺麗に掃除され、椅子やテーブルにも品があり、真っ白なテーブルクロスが印象的だった。
客も皆、美味しそうに料理を食べながら笑顔を見せている。
「わしはここで働くことになるんか……」
他人が見たら恥ずかしいほど、ニコニコしていたに違いない。
しばらくすると、奥から人が近づいてくる気配がした。
緊張が一気に高まった。
「君が中村日出夫くんか」
「はい!」
「竹田は真面目にやってるのか」
「いやぁ……」
「料理の見込みはあるんだが、博打癖が困った奴でなぁ。その返事じゃ、直ってないようだな。お灸を据えても直らんか」
どうやら竹田は、本当に川辺総料理長に可愛がられていたようだ。
「ところで本題だが、竹田から話は聞いてたんだが……」
川辺総料理長は頭を掻きながら、どこか言いづらそうにしていた。
「一日遅かったな。実は他の人に決まったところでな。今は人が足りてるんだよ」
「えぇっ!」
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