
めっけもん|第ニ章 純情編(16)
何日かが過ぎ、ようやく喜楽の裏口でマリ子に会うことができた。
彼女も私に会いたくて、よく裏口に出てきていたという。
それからは、女将さんの目を盗んで時々会うようになった。
一時間の時もあれば、十分の時もあった。
彼女の夏休みが終わるまで、そうした交際が続いたのだが、幸せな時間はあまり長くは続かなかった。
九月に入って新学期が始まると、マリ子とは学校からの帰りに、駅の反対側にある喫茶店で時々会う約束をしていた。
何度目かの待ち合わせの時だった。
約束の時間に少し遅れて彼女がやって来た。
ところが、その数分後、偶然にも女将さんが店に入ってきた。
二人して見つからないように身を潜めていたが、店のウェイトレスが女将さんに、
「お嬢さんも来てますよ」
と話してしまった。
女将さんは私たちを見つけると、すごい形相で彼女を無理矢理連れて帰っていった。
そしてその日の夜、天翔グリルに女将さんが怒鳴り込んできた。
「おたくの盛りのついた見習い、どうにかなりまへんか!」
「どうお答えすればいいのか、それはちょっと……」
店長が対応してくれたが、まったく話にならず、翌日、社長と二人で喜楽まで話をしに行くことになった。
喜楽に着くと、女将さん一人だけで、マリ子は同席しなかった。
立派な応接間に通されると、改めて喜楽はA検の中でも一、二を争う立派な店なのだと思い知らされた。
挨拶もそこそこに、社長がやんわりと女将さんに話し始めた。
「この度はナカムラが失礼をしました」
「中国人が経営者やと、躾もちゃんとでけへんみたいでんな」
女将さんの見下したような言い方にカッとしたが、社長が私の腕を握り、なだめた。
「私が至りませんでした。でも若い人のこと、大目に見てもらえないですか」
「できまへん! どこの馬の骨か分からへん男に、嫁入り前の娘に傷でもつけられたら困りますさかい」
「ナカムラはまだ若いですが、しっかりした男です」
「大体ここいらの料理人なんてもんは、ろくな育ちのもんやあらしません」
そこまで言われて黙っているのも癪にさわったが、私の腕を握る社長の手の力で、なんとか気持ちを抑えた。
「分かりました。ナカムラ、お前諦めなさい」
「社長! 私は本気で……」
「ナカムラ、料理と女、どっち取るのか」
「考えさせてください」
「女将さん、スミマセンでした。もう迷惑はかけません」
社長が挨拶をして、二人で喜楽を後にした。
「塩まいとき!」
女将さんの声の向こうから、マリ子の泣き声が聞こえていた。
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