めっけもん|第ニ章 純情編(17)
店に帰るまで、社長から説教とも慰めともつかぬ話を聞いていた。
「ナカムラ、人を好きになるのは良いコト。私の奥さん、結婚反対された。でも私、仕事一杯頑張った。ホント、死にものぐるいで働いて、お金貯めて店持った。お前、あの娘と本気で結婚するのか? ナカムラ、腕が良い。頑張るの知ってる。でもマダマダ」
社長の言うことはもっともだった。
「社長、わし頑張ります。頑張って一人前になりますわ」
「ナカムラ、お前だったら大丈夫。もっと上の者になれる」
早く一人前になって、女将さんを見返してやろうと思った。
社長はしばらく考え事をしていたようで、ふっと私に話しかけてきた。
「私のこと構わない。でも、ナカムラ、お前の名誉は回復するよ。調理師は卑しい人じゃないネ」
社長は微笑みながら話していたが、目は笑っていなかった。
後日、社長は新聞記者だった経験を活かして、私の経歴や家系を調べ上げ、書面にして私には内緒で女将さんに渡していた。
その頃、父・実男は銀行の取締監査役に就いていた。
実家の日榮館も、喜楽に比べれば二倍から三倍ほどの規模だった。
しかし、それはすべて父と母のことであり、まして次男である私には関係のないことだった。
数日後、珍しく喜楽から出前の注文が入った。
それも、私が持って来るようにとの指名だった。
社長が私の経歴を調べて女将さんに渡したことなど知るはずもなく、また文句を言われるものと思い、気乗りがしないまま喜楽へ向かった。
しばらくすると、部屋の奥から女将さんが現れた。
また猛攻撃を浴びるものと覚悟していたのだが、女将さんはいきなり膝をつき、両手を畳に添えて頭を下げた。
「中村さん、この前は失礼しました。堪忍しておくれやす」
いきなり謝られ、何があったのか分からなかった。
もしかすると、マリ子との仲を認めてくれたのかと思った。
「あんさんのこと、社長さんから教えてもらいました」
「はぁ?」
「しっかりしたところの坊ちゃんやったとは、知りませんでした」
「それは、どういうことですか」
ことの経緯を聞いて、ようやく状況が飲み込めた。
「でもね、中村さん。うちは娘三人で跡継ぎがいてまへん。誰かが婿を取らなあきまへんのや。あんさんは次男坊やさかい、問題はないんやけど」
「けど、なんですか」
「いとはんには、私が決めてる人がおるんです」
「マリ子さんは知ってるんですか」
「いや、知りません。言う必要もおまへん」
ショックだった。
マリ子には、許嫁がいたのだ。
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