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めっけもん|第ニ章 純情編(18)

「あの娘は、二十歳になったらその人のもとへ嫁ぐんです」

「一人前の料理人になります! 二年、いや三年待ってもらえませんか」

「あんさんの気持ちは嬉しいけど、もうこれは決まったこと」

「そんな……」

「この間のことは謝ります。堪忍してもらえませんか」

一瞬、彼女を連れて駆け落ちすることも考えたが、それは浅はかな考えだと自分を責めた。

「諦められません。なんとか考え直してもらえませんか」

「あんさん、一生この置屋の主人になる決意がおますか」

「それは……今すぐには決められません」

そう言って、席を立った。

喜楽を出ていく間際に、改めて女将さんに呼び止められた。

「あんさんの社長さんにも謝っておいてください。失礼しましたと」

「分かりました……」

天翔グリルへ戻る道すがら、いろいろと考えを巡らせた。

マリ子の許嫁は、一体どんな奴なんだろう。

そう想像するだけで胸がむかつき、男と女が好き合っても思うようにはならないことが情けなかった。

女性の権利がまだまだ低い時代だ。

マリ子への気持ちは本物だったが、親が娘の将来を決めてしまうのでは、どうにもならない。

その一方で、女将さんの人を見る目について、この前からどうしても納得できずにいたことにも気づいた。

職業や学歴、国籍は衣服のようなもので、人の価値をそれだけで決めつける考え方が気に入らなかった。

もしマリ子が中国人や朝鮮人であったとしても、私は同じように好きになり、恋に落ちて将来も考えただろう。

若さゆえの浅はかな考えだったのかもしれない。

それでも、そんなことで人間の価値を決めるのは馬鹿げたことだと思っていた。

私の両親のことや氏素性を知った途端、手のひらを返したように態度を変えた女将さんにも嫌気がさしていた。

翌日もマリ子に会いたい気持ちはあったが、喜楽の方へは足が向かなかった。

(こんな終わり方でいいのか!)

そう自分を罵り、翌々日、マリ子に別れを告げに行った。

学校から帰ってくる時間に合わせて、喜楽の裏口でマリ子を待ち続けた。

しばらくすると、通りの角でマリ子がこちらを見つめていることに気づいた。

私が気づいたことが分かると、マリ子は微笑みながら歩み寄り、話しかけてきた。

「日出夫さん、何も言わなくても分かってます」

「えっ」

「おかあはんから、全部聞きました……」

「それじゃ……」

「おかあはんには逆らえまへん。さよなら……」

マリ子は震える声でそう言うと、泣き顔を見られまいとするように、足早に立ち去った。

引き止めたいのに、言葉が出てこなかった。

名前を呼べば振り返ってくれるような気がして、何度も声をかけようとした。

それでも、何も言えなかった。

泣きじゃくるマリ子の後ろ姿を、ただ見送ることしかできなかった。

その姿が見えなくなっても、私はしばらくその場から動けなかった。

これで本当に終わったのだと思うと、胸の中にぽっかりと穴が開いたようだった。

初めて心から愛した女性と別れたその日は、仕事も手につかず、もぬけの殻のようになっていた。

夜になっても仕事に身が入らず、コック長から熱いフライパンで思いっきり尻を叩かれた。

「中村、世の中が終わったような顔をするな!」

「また新しいおなごに出会えるわ!」

人の気も知らずに無責任なことを言うなと思いながらも、彼女を忘れられるよう努めるしかなかった。




↓前回


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