
めっけもん|第ニ章 純情編(15)
翌日も喜楽から出前の注文が入った。
店への出前はほぼ毎日のように入るが、芸者や客からの注文にしては時間が早すぎる。
こんなことは今までなかった。
出前を持って行くと、今回も彼女が出てきてくれた。
「ご苦労さんです」
「マリ子さん、いつもありがとうございます!」
「うちの名前、覚えてくれてはったん?」
「はい!」
「おにいさんの名前は、なんて言いはるの?」
「中村日出夫です」
「日出夫さん……」
彼女に名前を呼ばれただけで、有頂天になった。
「マリ子さんは長女ですから、いとはんですね」
「はい。うちでは、みんなそう呼んでます」
大阪では最初に生まれた娘は「こいさん」と呼ばれ、次女ができると長女の呼び名は「いとはん」に変わる。
そして次女が「こいさん」と呼ばれるようになり、三女ができると三女を「こいさん」、次女を「なかんちゃん」と呼ぶようになる。
一人娘の場合は、そのまま「こいさん」と呼ばれるのである。
なんとか彼女を誘えないものかと考え、思い切って映画に誘ってみた。
「次の休みに映画に行きませんか。嫌やったら断ってください」
「嫌なことなんかあらしません。喜んで行きます」
思いが通じたのか、彼女を映画に誘うことができた。
彼女は高校最後の夏休みに入り、喜楽へ出前に行くと、いつでも彼女に会うことができた。
それからは、次の休みが来るまでが待ち遠しく、一日が終わるのがなんと長いものかと感じた。
マリ子とのデートのために、背広も新調した。
待ちに待った休みの日、二人で天王寺の映画館へ石原裕次郎主演の「太陽の季節」を観に行った。
二人きりで楽しい一日を過ごせたのだが、彼女を喜楽まで送って行ったところを女将さんに見つかってしまった。
「いとはん、そのお方はどなたです」
「……」
「よお見たら、あんさん、うちに来る出前の人とちゃいますか」
「はい。天翔グリルのもんです」
「そうどしたな。いとはん、あんたははよ家に入り!」
「おかあはん、うちは……」
彼女は申し訳なさそうに私を見ながら、家の中へ入っていった。
「あんさん、見たところ、まだ見習いとちゃいますか」
「そうです」
「それやったら、おなごにうつつを抜かす暇なんかあれへんのとちゃいますか」
「……」
「今日はおおきにどした。今後のお誘いは結構です」
そう言って女将さんは、ドアを力いっぱい閉めた。
それからというもの、喜楽からの注文はまるで来なくなった。
天翔グリルでも、最近喜楽から注文がないと話題になりはじめた。
それでも彼女に会いたくて、出前に出るたびに喜楽の前を通った。
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