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めっけもん|第ニ章 純情編(13)

    天翔グリルのある今里新地も、飛田と同じく色町だった。

    ただ、飛田新地とは違い、置屋には芸者がいて、夜になると街は賑わいを見せた。

    また、ここには検番というものがあり、芸妓組合やお茶屋組合があった。

    その中でも、A検、B検と呼ばれるものがあった。

    A検は芸者の置屋、B検は赤線と、二つに分かれている色町だった。

    天翔グリルの社長は中国人だったが、奥様は日本人だった。

    奥様の実家は病院を経営しており、育ちの良い上品な方だった。

    社長は厳しい人だったが、自身も若い頃に苦労したことがあり、下働きの者にも分け隔てなく面倒を見てくれる人だった。

    また、狩猟が趣味で、よく猟犬を連れて雉や鳩を獲ってきた。

    ある日のこと、社長が獲物の雉をポンと手渡してきた。

    「ナカムラ、この雉、料理できるか」

    血抜きをして羽をむしり、身をさばこうとしたところ、中には散弾銃の弾がびっしりと食い込んでおり、取り除くのに苦労した。

    散弾の粒を一つ一つ丁寧に取り除きながら料理していると、社長が声をかけてきた。

    「ナカムラ、若いが丁寧ね。よろしい! みんな見るね」

    そう言って褒めてもらった。

    魚をさばいている時も、

    「ナカムラ、きれいにさばくね。腕いいね!」

    と言ってくれた。

    これは日榮館の板長仕込みだったので、褒められるとうれしかった。

    社長は私のことを「ナカムラ、ナカムラ」と呼んで可愛がってくれた。

    私もそんな社長の期待に応えようと、一生懸命に働いた。

    天翔グリルでの仕事は、皿洗い、野菜や魚、肉の下ごしらえ、それに出前と食材の買い出しが主だった。

    ある日、肉屋へ豚を取りに行くよう言われ、布施にある店へ向かった。

    店に着くと、十五、六歳ほどの娘が豚の頭をまな板の上にドンと置き、剃刀で毛を剃ると、包丁を使って器用に皮を剥いでくれた。

    あまりにも見事な手つきだったので、店に行くたびにそのやり方を教えてもらった。

    何度か通ううちに、その皮を使った台湾料理も教えてくれるようになった。

    下ごしらえから味付けまで教えてもらい、店でその料理を再現すると、社長は大喜びした。

    「ナカムラ、私の国と同じ味ね! 美味いよ」

    それ以降、社長は思いつくたびに、その豚料理を作ってくれと頼むようになった。

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    天翔グリル入店の頃(昭和31年3月20日)




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