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火の文明から、場と生命の文明へ  From the Civilization of Fire to the Civilization of Field and Life    De la civilisation du feu à la civilisation du champ et de la vie

     日本語版は上段。
     The English version is in the middle.
     La version française se trouve ci-dessous.

    note

     この記事は試論である。
     思考実験と思って読んで欲しい。
     瑠璃ノ蒼のアイディアに過ぎない。

     まさにNoteだ。
     自由に書ける。
     だから自由に書いた。
     
     現代文明以外に
     どんな文明モデルが
     在り得るか探ってみた。
     (文字数17,510)

     現代文明の問題点は、システムが重たくなり過ぎて、もはや運用が困難な点にある。システムの重さに耐えかねて、自重で崩壊しかけている。それを避けるために、どういう別の文明モデルが考えられるか論じてみた。
     
     なお現代文明の最初のシステムエンジニアは、アリストテレスだったと考えている。彼が描いた設計図は、ニュートンとカントで再設計され、火の文明として完成したと考えている。火と理性の文明だ。だから原爆も生じた。
     
     途中ゲーテが現われて、鉱物や宝石を、長いライフ・スパンを持つ生命体と見る独特の自然学を唱えた。この自然観はシェリングも近い。ゲーテは、どこか古代中国の老子に通じる深い静寂の道を歩いていた。道教のタオだ。

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    Johann Wolfgang von Goethe(1749/8/28 - 1832/3/22)

     ゲーテの『ファウスト』を読むと、彼もニュートンと同じだったのではないかと思う。ニュートンは科学者ではなく、最後の錬金術師だった。ゲーテも文学者ではなく、魔術師だった。いや、自然学をより深く歩いた老子だ。
     
     孔子も裏の顔を持つ。皆、裏の顔を持っていて、夜の顔がある。真夜中は別の顔だ。昼間は科学者、文学者、政治家だと言う。だが夜、星を研究している。50代で足を踏み外して、ブッ飛んで行ったのがスェーデンボルグだ。
     
     現行文明にも派生的な枝道はあったと思う。
     まずはいつもの時事ネタから始めたい。
     現在地点、座標の確認だ。

    序論 トマホークは高いのではない、重いのだ

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    BGM-109 Tomahawk

     トランプ政権が、イランに対する圧力として49発のトマホーク巡航ミサイルを使用したと報じられた。この攻撃には、政治的な意味があった。
     
     交渉の最後に、アメリカはなお撃つ意思があると示す。イランに対して、これ以上の抵抗には代償があると見せる。国内にも、同盟国にも、敵対国にも、アメリカの意思を見せる。

     その意味では、あの49発は、無駄撃ちではなかった。政治的には、もとは取れたと評価している。成果は出つつある。しかし、問題はそこではない。

     問題は、その49発を撃ったあと、同じ49発をどうやって取り戻すのか、という事である。ではトマホークは1発幾らか?それは1発あたり約180万ドル〜200万ドル、日本円で約2億7,000万〜3億円前後になる。

     だが、金額だけを見ていると、
     この兵器の本当の問題を見誤る。

     トマホークは高いのではない。
     重いのだ。
     その重さは、価格ではない。
     材料の重さである。
     調達の重さである。
     再生産の重さである。
     在庫を削る重さである。
     そして、政治判断を縛る重さである。
     トマホークは、単なるミサイルではない。
     グローバル文明の圧縮パッケージである。

     その一発の中には、エンジン、燃料、誘導装置、半導体、精密部品、アクチュエータ、通信装置、ソフトウェア、検査工程、軍需工場、熟練工、品質認証、サプライチェーンが詰め込まれている。

     さらに、その奥にはレアアースがある。ネオジム、ジスプロシウム、テルビウム、サマリウム。こうした希土類元素は、精密誘導兵器に必要な強力な磁石や電子部品と深く関係している。

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    ネオジム、ジスプロシウム、テルビウム、サマリウムは全部大陸が押さえている

     特に、ジスプロシウムやテルビウムは、高温環境でも磁力を維持するために重要になる。サマリウムは、サマリウムコバルト磁石として、過酷な環境に強い磁石に使われる。

     しかも問題は、
     鉱石を掘れば終わり
     ではない事である。

     採掘。
     分離。
     精錬。
     金属化。
     磁石化。
     防衛規格の部品化。
     この工程全体が必要になる。

     現代の兵器は、鉄と火薬だけでできているのではない。一発のミサイルを作るために、世界中の鉱山、精錬所、磁石工場、半導体工場、軍需工場、検査設備が動かなければならない。

     撃つのは一瞬である。
     だが、戻すのは一瞬ではない。

     報道や分析では、アメリカ軍がイラン戦争で、保有していたトマホーク約3,100発のうち、すでに1,000発を超える数を使用した可能性も指摘されている。在庫や正確な使用数は軍事機密に近く、断定はできない。

     しかし、仮に1,000発という数字が推定であったとしても、少なくとも数百発規模の消耗は十分に考えられる。ここで問題になるのは、「1発いくらか」ではない。

     その数百発を、いつ、どの材料で、どの工場で、どの熟練工が、どのサプライチェーンを通じて、再び戦力として戻せるのかである。議会が予算をつければ、ドルは刷れる。しかし、ジスプロシウムは印刷できない。

     サマリウムコバルト磁石は、予算案の成立と同時に倉庫へ現れる訳ではない。半導体も、アクチュエータも、エンジン部品も、検査済みの完成弾も、すぐには増えない。ここに、現代文明の重さがある。

     トマホークは、政治家にとっては使いやすい兵器である。トランプのような政治家であれば、周りが50発以下と制限をかけないと、際限なく使う。ジャンジャン使う。制約があっても、上限いっぱいの49発まで使うが。

     巡航ミサイルは便利だ。
     兵士を危険にさらさず、遠くから撃てる。
     命中精度が高い。
     映像にもなる。
     相手への警告にもなる。
     交渉の圧力にもなる。
     政治的には、軽い選択肢に見える。
     だが、文明の側から見ると、きわめて重い。

     撃った瞬間に消えるのは、ミサイル本体だけではない。在庫余力が消える。再生産能力への負債が増える。台湾有事のためにとっておいた1発が減る。次の戦争で使える選択肢が減る。

     そして、相手に「アメリカは本当に撃ち続けられるのか」という疑問を与える。ここが怖い。もし台湾有事が起きた場合、アメリカ軍は大量の長距離精密兵器を短期間に消費する事になる。対艦ミサイル、巡航ミサイル、防空ミサイル、迎撃ミサイル、魚雷、滑空弾。すべてが同時に削られる。

     その時、トマホークが足りなくなる可能性がある。あるいは、何とか戦えても、戦争が終わったあとに在庫が空になる可能性がある。これは、単なる兵站問題ではない。抑止の問題である。

     戦えば勝てるかもしれない。
     しかし、戦ったあと在庫がなくなる。
     在庫がなくなれば、次の危機に対応できない。

     ロシア、北朝鮮、イラン、南シナ海、紅海。世界のどこかで次の火種が上がった時、アメリカ軍は空になった弾薬庫の前で判断しなければならない。そうなると、恐ろしい選択肢が出てくる。

     戦ったら在庫がなくなる。
     ならば、戦わない方がよいのではないか。

     この思考が出た瞬間、抑止は傷む。抑止とは、単に強い兵器を持つ事ではない。撃てる兵器を持つ事でもない。撃ったあとも、なお撃てると相手に信じさせる事である。

     高性能兵器を持っていても、それが希少で、再生産が遅く、材料調達が不安定で、撃つたびに次の戦争の選択肢を削るなら、その兵器は政治判断を重くする。ここに、火の文明の限界が見える。

     現代文明は強力な一撃を作る事には成功した。遠くの目標を正確に破壊する事ができる。燃料を燃やし、エンジンで飛ばし、センサーで見て、半導体で計算し、誘導装置で目標へ向かわせる。

     しかし、その一撃は、
     あまりにも重い。

     燃やす。
     壊す。
     飛ばす。
     捨てる。

     そして、もう一度作るために、世界中の材料と工程を動かす。これは、火の文明の極限形である。トマホークは、火の文明が作り上げた高性能な使い捨て装置である。

     だが、その使い捨て装置の中には、現代文明の複雑さが凝縮されている。
    だから、トマホークは高いのではない。重いのだ。1発のミサイルに、グローバル文明が1発分だけ詰め込まれている。

     それを目標へ向けて飛ばし、爆発させ、二度と戻らないものにする。この贅沢さを、金額だけで測る事はできない。問題は、何億円かではない。その一発を撃ったあと、同じ一発を文明がもう一度作れるのか。

     それを何発分、どれほどの速度で、どれほどの確実性をもって戻せるのか。現代文明の弱点は、作れない事ではない。作り続けられない事である。撃てない事ではない。撃ち続けられない事である。

     そして、戦えば在庫がなくなるかもしれないという不安が、戦わないという選択肢を生む。その時、兵器の問題は、文明の問題になる。火の文明は、強い。だが、重い。

     強力な一撃を持つ代わりに、その一撃を支える材料、工程、燃料、補給、管理、再生産の負荷を背負っている。トマホークは、その象徴である。それは単なる巡航ミサイルではない。

     火の文明が、どれほど遠くまで来たかを示す装置であり、同時に、火の文明がどれほど重くなってしまったかを示す装置でもある。

     1発のミサイルを撃つために、世界中の材料、工場、熟練工、燃料、電子部品、ソフトウェア、軍事予算、同盟戦略が動員される。そしてそれは、目標に到達した瞬間、使い捨てられる。

     これは、現代文明の縮図である。

     強い。
     だが重い。

     ではなぜ現代文明はここまで重くなったのか。
     その問いは、トマホークだけでは終わらない。
     B-52、F-35、AI、データセンター、
     電力網、都市インフラ。
     現代文明の多くが、同じ方向へ進んでいる。

     高性能化した結果、
     運用が重すぎる。
     管理が重すぎる。
     
     ここから、
     火の文明そのものを
     考え直してみたい。

    本論 火の文明から、場と生命の文明へ

    ―B-52墜落から考える技術体系の限界

     2026年6月15日、アメリカ空軍のB-52戦略爆撃機がカリフォルニア州のエドワーズ空軍基地を離陸直後に墜落した。この事故により、乗員8人全員が死亡した。この事故を聞いた時、当方はこの記事を書こうと思った。

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    ABC World News Tonight with David Muir Full Broadcast - June 16, 2026

     Boeing B-52 Stratofortressは初飛行1952年、運用開始1955年だ。アメリカ空軍は現在、エンジンを交換して、2050年代以降も運用する計画を実施中だ。 B-52は運用100年を目指す。本当に大丈夫か?

     『風の谷のナウシカ』で機齢300年の重航空機とかあったが……。

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    ABC World News Tonight with David Muir Full Broadcast - June 16, 2026

     飛行目的はレーダーなどの近代化・性能向上に向けた試験飛行だ。

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    ABC World News Tonight with David Muir Full Broadcast - June 16, 2026

     離陸して、鋭く右旋回して落ちたようだ。

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    ABC World News Tonight with David Muir Full Broadcast - June 16, 2026

     これが事故現場だ。残骸も残らない。
     

     B-52は古い機体だ。落ちても不思議ではない。だが、ABC World News Tonightによると、搭乗員の奥さんの話として、亡くなった夫は機体の故障で、何度もフライトは延期になり、そしてやっと当日を迎えたと言う。
     
     事故調査の結果も待たないと詳しい事は分からないが、様々な原因があったと思う。理由もなく飛行機は落ちない。飛行機が落ちるには必ず理由がある。それは物理的な要因だけでなく、政治的な圧力さえ在り得る。
     
     B-52は古い機体に、新しいレーダー、新しい電子機器、新しい通信系統、新しいソフトウェア、新しい試験装備を重ねている。古い飛行機であると同時に、近代化された巨大システムでもある。

     この事故も一つの象徴として読む事ができる。現代技術は、高性能化した。だが、高性能化した結果、管理が重過ぎるものになっていないか?
     
     これは軍用機だけの話ではない。AI、データセンター、電力網、医療、金融、行政、物流、都市インフラ。現代文明の多くが、同じ方向へ進んでいる。システムだからだ。しかもこれは火を焚いて燃やすシステムだ。

     性能を上げる。
     機能を増やす。
     電子化する。
     ソフトウェア化する。
     ネットワーク化する。
     巨大化する。
     その結果、整備が重くなる。
     更新が重くなる。
     監視が重くなる。
     承認が重くなる。
     専門家が足りなくなる。
     部品が足りなくなる。
     現場が全体を理解しきれなくなる。

     最後には、誰が何を根拠に「問題ない」と判断したのかさえ、分かりにくくなる。これは「技術が足りない」という問題ではない。むしろ、技術が積み上がりすぎた問題である。

     これから先、取り扱うのは、現代技術体系を相対化するための思考実験である。現代文明は、火、熱、燃焼、推進、巨大管理を中心に発展してきた。では、それとは別の技術体系はあり得ないのか。

     火の文明から、
     場と生命の文明へ。
     
     B-52の墜落を入口として、
     少し遠くまで考えてみたい。

    1 軍用機は巨大IT資産になった

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    Boeing B-52 Stratofortress

     前回記事のおさらいから始める。
     
     現代の軍用機は、
     もはや単なる機械ではない。
     
     機体がある。
     エンジンがある。
     油圧がある。
     電装がある。
     レーダーがある。
     通信がある。
     武装がある。
     
     ここまでは、
     昔からの飛行機にもあった。

     しかし、現代軍用機は
     それだけでは済まない。

     センサー統合。
     データリンク。
     暗号通信。
     電子戦。
     ミッションコンピュータ。
     自己診断システム。
     整備ログ。
     ソフトウェア更新。
     部品履歴。
     サプライチェーン。
     請負企業との契約。
     試験データ。
     認証。
     運用承認。

     こうしたものがすべて絡んで、
     ようやく一機の軍用機が任務につく。

     つまり現代軍用機は、
     空を飛ぶ機械であると同時に、
     巨大IT資産でもある。

     前の記事で取り上げたF-35はその典型である。
     F-35は高性能な戦闘機である。ステルス性を持ち、センサーを統合し、味方と情報を共有し、敵より先に見つけ、先に攻撃する。その発想自体は、現代戦では非常に合理的である。

     しかし、高性能であるという事は、
     管理対象が多いという事でもある。
     単に飛べるだけでは足りない。

     センサーが使えるか。
     通信できるか。
     兵装が使えるか。
     電子戦環境で動けるか。
     ソフトウェア構成は正しいか。
     部品履歴は追えるか。
     任務システムは完全か。
     「飛べる」事と
    「全ての任務をこなせる」事は違う。
     この差が、現代軍用機の本質である。
     B-52も同じである。
     B-52は古い。
     
     だが、その古さを補うために、
     近代化が重ねられている。
     そして今回の事故だ。

     レーダーを替える。
     エンジンを替える。
     電子機器を替える。
     通信系を替える。
     運用寿命を延ばす。
     これらは必要な改修である。

     古い機体を使い続ける以上、
     近代化は避けられない。

     しかし、
     近代化は同時に、
     機体を複雑にする。

     古い構造と新しい電子系が重なる。
     機械の問題とソフトウェアの問題が重なる。
     整備の問題と試験の問題が重なる。
     軍の判断とメーカーの判断が重なる。
     すると、問いは単純ではなくなる。
     「壊れていたのか」だけではない。
     「直したのか」でも足りない。
     「直ったと確認したのか」
     「確認方法は妥当だったのか」
     「誰が飛行可能と判断したのか」
     「その判断は現場全体で共有されていたのか」
     ここまで問わなければならない。

     これは航空整備の問題であると同時に、IT資産管理の問題でもある。現代の軍用機は、空を飛ぶ構成管理台帳になった。その管理台帳が巨大化しすぎた時、事故は単なる機械故障ではなく、技術体系全体の問題となる。

    2 現代文明は「火の文明」である

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    廃熱する海辺の原子炉

     軍用機の話から少し視野を広げる。
     
     現代文明は、情報文明である。
     電子文明である。
     AI文明である。
     
     そう言われる事が多い。
     しかし、その根底には、
     未だに火がある。

     石炭を燃やす。
     石油を燃やす。
     ガスを燃やす。
     ガソリンを燃やす。
     ケロシンを燃やす。
     火薬を燃やす。
     都市を暖める。
     工場を動かす。
     発電所を回す。

     原子力でさえ、
     構造としては火の文明の延長にある。

     原子核を分裂させて熱を作り、
     その熱で水を沸かし、
     蒸気でタービンを回す。

     原理は高度だが、
     最終的には熱機関である。
     ジェームス・ワットの延長線上にある。

     つまり、現代文明
     の根本はこうである。
     
     物質を壊す。
     熱を取り出す。
     圧力に変える。
     運動に変える。
     電気に変える。

     そして、それを都市や
     機械やコンピュータに流し込む。

     これは非常に
     強力な体系である。
     電気エネルギー文明だ。

     火は、人類にとって
     最初の偉大な技術だった。

     火によって、人類は肉を焼き、
     寒さをしのぎ、獣を遠ざけ、
     土器を焼き、金属を溶かした。

     火は文明の入口だった。
     だが、火は同時に荒い。
     燃やせば、燃料は失われる。
     高温にすれば、周囲は傷む。
     熱は散逸する。
     排気が出る。
     灰が出る。
     廃棄物が出る。
     摩耗が起きる。
     冷却が必要になる。
     つまり火の文明は、強いが荒い。
     
     ジェット機は速い。
     だが燃料を食う。
     
     ロケットは宇宙へ行ける。
     だが膨大な推進剤を捨てる。

     データセンターは巨大な計算能力を持つ。
     だが電力と冷却を食い続ける。

     AIは知的作業を支援する。
     だがその背後には、
     GPU、電力、冷却、
     データセンター、
     半導体サプライチェーンがある。

     現代文明は、
     表面では情報文明に見える。

     しかし、
     深いところでは
     火の文明である。
     
     いつも必ずどこかで、
     火を焚いているのだ。

     古代ペルシャの
     ゾロアスター教徒のように、
     火を絶やしてはならないのだ。

     
     そして火の文明は、
     規模が大きくなるほど管理が重くなる。
     熱を出すから冷やさなければならない。
     摩耗するから交換しなければならない。
     燃料を使うから運ばなければならない。
     廃棄物が出るから処理しなければならない。
     危険だから監視しなければならない。
     複雑だから専門家を育てなければならない。
     この構造が、現代文明全体を重くしている。

    3 高性能化した結果、管理が重すぎる

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    データーセンターのサーバールーム

     ここで、本稿の中心軸に戻る。
     高性能化した結果、管理が重すぎる。
     これは、現代の多くの現場で
     起きている事ではないか。
     軍用機は高性能になった。
     しかし、整備は重くなった。
     AIは高性能になった。
     
     しかし、運用には膨大な計算資源、監視、安全対策、法務、評価、データ管理が必要になった。企業のITシステムは便利になった。

     しかし、SaaS、API、認証、権限、ログ、監査、セキュリティ、契約更新、障害対応が増えた。医療は高度化した。

     しかし、機器、薬剤、検査、データ、保険、規制、説明責任が増えた。
    行政はデジタル化された。

     しかし、システム連携、個人情報、認証、委託先管理、障害時対応が重くなった。一つ一つの技術は進歩している。

     しかし、技術体系全体は軽くなっていない。
     むしろ重くなっている。
     これは奇妙な事だ。
     
     本来、技術は人間を楽にするためにある。
     ところが、現代の技術は、
     人間に新しい管理負担を要求する。
     
     新しいシステムを入れる。
     そのシステムを監視する。
     監視システムを管理する。
     管理手順を文書化する。
     文書を更新する。
     権限を設定する。
     監査に対応する。
     障害対応を準備する。
     
     そして、それでも事故が起きる。
     すると、また管理項目が増える。
     
     事故が起きる。
     対策が増える。
     手順が増える。
     承認が増える。
     ログが増える。
     責任分界が増える。
     さらに複雑になる。
     
     明らかにこの循環に、
     現代文明は入っている。
     
     死の旋回、
     デス・スパイラル
     ではないか?

     
     高性能化。
     複雑化。
     管理負荷増大。
     現場疲弊。
     事故。
     追加対策。
     さらなる複雑化。

     B-52の墜落は、
     その一例として読む事ができる。
     
     F-35の稼働率問題も同じである。
     トマホーク再生産の問題も同じである。
     AIデータセンターの巨大化も同じである。
     
     問題は、個々の技術の優劣ではない。

     技術体系そのものが、
     管理可能性を超え始めている
     のではないかという問題である。

     では、逆に考えてみる。
     もし高度文明が長く続くなら、
     どのような条件が必要になるのか。

    4 持続する文明に必要な条件

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    Conditions necessary for a sustainable civilization

     高度文明が長く持続するなら、
     最低限、幾つかの条件が必要になる。

     第一に、低破壊である事。
     
     エネルギーを得るたびに、対象を壊さない。
     燃やす、割る、爆発させる、削る、廃棄する。
     こうした方法を文明の中心に据え続けると、
     規模が大きくなるほど環境への負荷が増す。

     第二に、低排熱である事。

     文明が巨大化すれば、排熱も巨大化する。
     発電所、工場、都市、データセンター、
     軍事システム。すべてが熱を出し続けるなら、
     冷却そのものが文明の重荷になる。

     第三に、低摩耗である事。

     摩耗が大きい技術体系は、
     部品交換、整備、補給、
     サプライチェーンに依存する。
     高度であっても、
     常に交換部品を必要とする
     文明は長期的には重い。

     第四に、低管理負荷である事。

     専門家、監視、ログ、承認、
     更新、契約、責任分界。
     これらが増えすぎると、
     文明はそれ自体の管理に
     資源を奪われる。

     第五に、高循環である事。

     一方通行で資源を消費するのではなく、
     自然や生命の循環に近い形で動く。
     取って、燃やして、捨てる
     文明ではなく、回る文明である。

     第六に、高統合である事。

     人間、装置、環境、場、
     エネルギーが分離しすぎない。
     分離すればするほど、
     接続管理が必要になる。
     接続管理が増えれば、
     そこに事故と摩耗が生まれる。

     第七に、生命・環境・装置が対立しない事。

     装置を動かすほど環境が壊れる。
     環境を守るほど技術が使えない。
     この関係では、文明は長く続かない。
     持続する文明は、
     強いが荒い文明ではなく、
     強いが静かな文明であるはずだ。

     この条件から見ると、
     現代文明とは違う
     技術体系の輪郭が見えてくる。

     火を燃やして押す文明ではなく、
     場に接続する文明。

     生命を破壊して使う文明ではなく、
     生命の循環を育む文明。

     巨大な機械を管理する文明ではなく、
     形や場所そのものが機能する文明。

     この別モデルを考えるために、
     幾つかの例を並べてみたい。
     ここから先は、予告した思考実験である。

    5 ライト・フライヤー――低技術なのに未来的なもの

    画像
    1903年12月17日、アメリカのライト兄弟(兄ウィルバー、弟オーヴィル)が、自作の動力飛行機「ライト・フライヤー号」で世界初の人類有人動力飛行に成功

     ライト兄弟のフライヤーは、
     現代から見れば低技術である。

     木の骨組み。
     布張りの翼。
     ワイヤー。
     小型エンジン。
     プロペラ。
     人間が直接操作する操縦系。

     技術レベルだけで言えば、
     現代の軍用機とは比べものにならない。

     現代的な感覚で言えば、
     電動自転車に近いほど単純な機械である。

     しかし、そこには
     現代技術が失ったものがある。

     構造が見える。
     壊れ方が分かる。
     人間と機体の距離が近い。
     目的が単純である。
     飛ぶためだけに作られている。
     ライト・フライヤーは、低性能である。
     だが、管理は軽い。

     勿論、ライト・フライヤーに戻れと言っているのではない。現代の航空技術を捨てて、木と布に戻れという話ではない。重要なのは、技術の成熟とは、必ずしも複雑化ではないという事である。

     低技術の単純さ。
     高技術の複雑さ。

     そしてその先に、
     超高度技術の単純さがあるかもしれない。

     高度な技術でありながら、
     扱う側から見れば単純である。

     外部の管理負荷が軽い。
     人間と道具の距離が近い。
     壊れ方が分かる。
     存在そのものが機能する。

     もし未来技術があるなら、それは現代軍用機のような巨大IT資産ではなく、むしろライト・フライヤーの単純性を、別の高度で取り戻したものかもしれない。ライト・フライヤーは低技術だが、未来技術の方向性に近い。

     そう考えると、飛行の歴史は
     少し違って見えてくる。

    6 熱気球とナスカ――布と風で上空視点を得る

    画像
    古代アンデスで見つかった大きな布で熱気球を実際に飛ばした実験はある

     人類は、
     ライト兄弟以前にも
     空に近づいていた。

     熱気球は、
     飛行技術としては
     かなり単純である。

     大きな布。
     火。
     空気。
     風。
     籠。
     ロープ。
     エンジンはない。
     複雑な制御系もない。
     
     燃料(薪)は必要だが、
     機械的には非常に単純である。

     熱気球は、
     帆船の空版に近い。
     
     船は水と風を使う。
     熱気球は空気と熱を使う。

     どちらも、
     自然の媒体に乗る技術である。

     人類が船の帆を織れる技術
     を持った段階で、
     熱気球の袋を作る
     技術的条件はかなり整っていた。

     火を扱い、布を織り、
     籠を編み、風を読む。

     この程度の技術を持つ文明なら、
     空へ上がる事自体は不可能ではない。

     ここでナスカの地上絵が出てくる。
     ナスカの巨大地上絵は、
     地上からでは全体像を把握しにくい。
     線の一部は見える。
     道として歩く事もできる。
     丘や斜面から見えるものもある。
     
     だが、巨大な動物や図像の全体像は、
     上空から見る方が圧倒的に分かりやすい。

     ならば、制作過程で
     上空視点が使われた可能性を考える事は、
     それほど不自然ではない。
     
     巨大な地上絵と、空から見る視点は、
     明らかに同じ問題系に属している。

     地上からでも作れる。
     それは正しい。
     
     杭と縄を使えば、
     大きな図形を地上で拡大する事はできる。

     だが、地上からでも作れる事と、
     上空から確認しなかった事は違う。

     現代でも巨大な地上広告や測量図形は、
     地上作業だけで作る事ができる。

     しかし、普通は上から確認する。
     ドローン、ヘリ、航空写真、衛星写真。

     全体像の確認には、
     上方視点が圧倒的に便利だからである。

     ナスカでも同じ事が考えられる。
     布、火、風、人間の目。
     
     これだけで、
     上空視点を得る事ができたかもしれない。

     ここにも、
     現代技術とは別の方向がある。

     巨大なエンジンで
     空を支配するのではない。

     布と風で空へ接続する。
     ちょうど航海に出る帆船のように。

     低性能だが、管理が軽い。
     目的に対して、
     技術体系が過剰ではない。

     これは、
     火の文明を超えるというより、
     火の文明が巨大化する前の、
     別の可能性を示している。

    7 デンデラの光――火ではない光の技術思想

    画像
    若干、盛ったデンデラの光、ネットで要検索

     古代エジプトのデンデラにある
     ハトホル神殿には
     電球のように見える壁画がある。
     
     現代人が見ると、球根のような形、
     フィラメントのような線、
     ケーブルのようなもの、
     支柱のようなものが見える。

     そのため、しばしば「古代エジプトには電球があったのではないか」と語られる。しかし、ここではそれを白熱電球と見る必要はない。むしろ、白熱電球と見る方が、現代人の技術観を古代に押しつけているのかもしれない。

     面白いのは、あれが
     火ではない光に見える事である。

     熱ではない光。
     白熱ではない光。
     植物や生命に関係する光。
     (ホタルの光など)
     球根植物。
     蓮。
     蛇状のエネルギー。
     生命。
     再生。
     発生。
     光。

     古代エジプトの図像では、
     蓮は重要である。

     水、太陽、再生、
     生命の誕生と結びつく。

     蛇もまた生命力や
     神的な力と関係する。

     ならば、あの図像は、単なる電球の絵ではなく、植物・生命・光を統合する技術思想の痕跡として読む事もできる。現代文明は、植物を使う場合でも、基本的には破壊して使う。

     燃やす。
     食べる。
     発酵させる。
     分解する。
     化学原料にする。

     つまり、植物の生命を一度壊して、そこからエネルギーを取り出す。しかし、植物はそもそも、太陽光を生命活動へ変換する存在である。そこには、火とは違うエネルギー体系のヒントがある。

     光合成。
     微弱な電位差。
     生体電流。
     化学反応。
     発光。
     共鳴。
     成長。
     循環。

     もし、植物や生命系から、破壊せずにエネルギーを取り出す技術があるなら、それは現代文明とはまったく違う方向である。

     火を使わない。
     燃やさない。
     対象を壊さない。
     熱をほとんど出さない。
     生命の循環に接続する。

     これは火の文明ではなく、生命の文明である。もちろん、デンデラの図像が実際にそのような装置を示していると断定する事はできない。標準的な解釈では、それは宗教的・神話的図像である。

     だが宗教的図像だから技術と無関係だ、とは言い切れない。古代文明では宗教、自然観察、技術、生命観、宇宙論は現代ほど分離していない。現代人は「これは宗教か、技術か」と分ける。
     
     しかし古代人にとっては、光、生命、植物、神、宇宙、儀礼、技術は、一つの体系の中にあったかもしれない。この意味で、デンデラの光は示唆的である。火ではない光があるなら、火ではない文明もあり得る。

    8 ピラミッドは飛ばないUFOである

    画像
    ピラミッドは墓ではない、エネルギー発生装置ではないか?

     ここで、
     さらに大胆な例に進む。
     ピラミッドである。

     ピラミッドを墓と見るには、
     あまりにも単純ではないか。
     
     元々は墓ではないのではないか?
     別の目的で建てられた装置ではないか?
     エネルギー発生装置と考える事はできないか?

     勿論、エジプト学では、ピラミッドは王墓であり、葬祭複合体の中心とされる。その解釈には十分な根拠がある。ここで、それを単純に否定するつもりはない。しかし、墓である事と、装置である事は矛盾しない。

     古代において、王の死は単なる個人の死ではない。王権、太陽、星、再生、大地、冥界、神々との接続がそこにある。ならばピラミッドは、遺体を納める箱である以上に、地上と天上を接続する装置だった可能性がある。

     場所。
     方位。
     形状。
     質量。
     石材。
     内部空間。
     天体との関係。
     ナイルとの関係。
     西方砂漠との関係。
     太陽の沈む方角との関係。
     ピラミッドは、任意の場所に
     置かれた石の山ではない。

     意味のある場所に置かれ、
     精密に設計され、方位を持ち、
     形を持ち、場の中に固定されている。

     ここで、
     UFOとの類似が出てくる。

     UFOがもし、燃料やエンジンで動く機械ではなく、場に接続して移動する装置だとすれば、ピラミッドは、地上に固定された場の装置である。

     UFOにはエンジンが見えない。
     ピラミッドにもエンジンはない。

     UFOには燃料が見えない。
     ピラミッドにも燃料はない。

     UFOは外から見ると、
     なぜ動くのか分からない。

     昔、あるアメリカのエンジニアが偶然、地上に不時着していた無人のUFOを見つけて、勇んで中に入り、エンジンや燃料、操縦系を探したが、見つからず、搭乗員とセットでないとUFOは飛ばないと結論づけた話がある。

     ピラミッドも、外から見ると、なぜそれほどの精度で建てられたのか分からない。UFOが移動する場の装置なら、ピラミッドは固定された場の装置である。換言すれば、ピラミッドは飛ばないUFOであり、UFOは移動するピラミッドである。両者はとても似ている。同じ技術体系に見える。

     これは推定である。
     だが技術体系のモデルとしては面白いだろう。

     現代機械文明は、
     機能を内部に詰め込む。
     
     エンジン、回路、配線、ソフトウェア、センサー、冷却装置。装置の内部が複雑になる。しかし、ピラミッド的な装置は違う。内部機械ではなく、場所と形で機能する。

     燃料ではなく、
     場との関係で機能する。

     動く部品ではなく、
     存在そのもので機能する。

     これは非常にエコである。

     一度作れば、
     燃料を必要としない。

     排熱を出さない。
     摩耗が少ない。
     管理負荷が軽い。
     何千年も存在し続ける。

     現代文明の巨大装置は、
     電力を食い続ける。
     冷却を必要とする。
     部品交換を必要とする。
     ソフトウェア更新を必要とする。
     専門家を必要とする。
     
     だがピラミッドは、存在するだけで場を形成する。この方向性は、現代機械文明よりも、むしろUFO的技術体系に近い。

    9 重力系を操作する技術

    画像
    アップルを齧るアイザック・ニュートン、iphone誕生?

     ではこの「場」とは何か?
     最も重要な候補は重力である。
     
     現代の飛行は、
     重力に逆らう技術である。
     
     飛行機は翼で揚力を作る。
     
     ヘリコプターはローターで
     空気を押し下げる。
     
     ロケットは推進剤を
     燃やして噴射する。
     
     ジェット機は燃料を燃やして
     空気を後方へ押し出す。
     
     つまり、重力はそのままにして、こちらが燃料と機械で無理やり対抗している。この方式では、必ず燃料が要る。エンジンが要る。

     熱が出る。
     摩耗する。
     整備が必要になる。
     事故が起きる。
     
     しかし、もし重力そのものを操作できるなら、飛行の意味は変わる。上へ飛ぶのではない。上へ落ちる。横へ推進するのではない。横方向へ落ちる。燃料で押すのではない。場の勾配を変える。

     この発想なら、翼も、ジェットエンジンも、ロケット燃料も、必須ではなくなる。必要なのは、重力場あるいは空間の性質を操作する技術である。勿論、現代科学はそれを実用化していない。

     重力はよく知られているようで、まだ完全には解明されていない。一般相対論では、重力は時空の曲がりとして説明される。だが、量子論との統合はまだ未完成である。宇宙論では暗黒物質や暗黒エネルギーの問題も残る。

     重力は、あまりにも身近でありながら、まだ深い謎を残している。もし、重力系を別方向に制御できるなら、文明の移動技術は根本から変わる。燃料を燃やして飛ぶ必要がなくなる。エンジンで押す必要がなくなる。

     重力を反転させて、
     上に落ちるとかできるようになる。
     
     機体を無理に軽くする必要も、膨大な推進剤を捨てる必要もない。UFO的な飛行とは、推進ではなく、落ちる方向の制御なのかもしれない。

     ここで、B-52やF-35とはまったく逆の技術思想が見える。現代軍用機は、火と機械とソフトウェアで重力に対抗する。UFO的技術は、重力そのものを読み、場の中で移動する。

     前者は、強いが重い。後者は、もし成立するなら、強く、静かで、管理が軽い。これが「場の文明」の中核である。

    10 植物から循環エネルギーを取り出す技術

    画像
    ユリ科の球根植物が元気なら日没後も非熱発光を続ける

     移動の鍵が重力なら、生活とエネルギーの鍵は植物・生命系にあるかもしれない。現代文明は、植物を破壊して使う。

     木を燃やす。
     作物を食べる。
     発酵させる。
     油を取り出す。
     化学原料にする。
     バイオ燃料にする。
     どれも有用である。

     しかし、基本的には植物の生命活動を一度切断し、分解し、消費する技術である。だが、植物は本来、太陽光を受け、二酸化炭素と水から有機物を作り、成長し、呼吸し、環境と物質を循環させている。

     植物そのものが、すでに高度なエネルギー変換装置である。現代文明は、植物を燃料として見る。しかし、別の文明は、植物を場と生命の変換装置として見たかもしれない。

     植物が持つ微弱な電位差。
     光合成の過程。
     化学反応。
     発光。
     芳香。
     成長リズム。
     水分の移動。
     地中の菌類ネットワーク。
     太陽、土、水、大気との接続。

     これらを破壊せずに利用する技術があるなら、文明のエネルギー観は変わる。これは「植物を燃やす」のではない。「植物に接続する」技術である。デンデラの光を、もしその方向で読むなら、あれは白熱電球ではない。

     火でもない。
     電気でもない。
     植物・生命・光をつなぐ装置である。
     球根植物から生命エネルギーを取り出す。
     それを熱のない光として顕現させる。

     火を使わず、対象を壊さず、生命の循環の中で光を得る。勿論、これは現代科学で確立された技術ではない。現物の装置が見つかっている訳でもない。断定はできない。だが、文明モデルとしては重要である。
     
     現代文明は、エネルギーを
    「外から取り出す」ものとして考える。

     燃料を掘る。
     運ぶ。
     燃やす。
     発電する。
     送電する。
     消費する。
     捨てる。

     別の文明は、エネルギーを「循環に接続する」ものとして考えるかもしれない。

     燃やさない。
     壊さない。
     遠くから運ばない。
     巨大な送電網を必要としない。
     生命のある場で、場そのものが機能する。
     これが「生命の文明」である。
     
     重力系の操作が移動の問題を解くなら、植物・生命系の循環エネルギーは、生活と場の維持の問題を解く。場と生命。この二つが、火の文明を降りるための鍵になる。

    11 火の文明から、場と生命の文明へ

    画像
    火の文明と場の文明、そのエネルギー発生装置の比較

     ここまで見てきたものを整理する。
     
     現代文明は、
     火の文明である。
     
     燃やす。
     壊す。
     熱にする。
     押す。
     冷やす。
     交換する。
     管理する。
     この文明は強い。

     人類はこの文明によって、空を飛び、海を越え、宇宙へ行き、都市を作り、コンピュータを動かし、AIを作った。火の文明を否定する事はできない。火は人類にとって偉大な技術である。

     しかし、火は文明の入口であって、完成形ではないかもしれない。火の文明は、規模が小さい時には非常に有効である。だが、文明全体が火と熱と巨大管理に依存するようになると、限界が見えてくる。

     燃料が必要になる。
     排熱が増える。
     摩耗が増える。
     整備が重くなる。
     部品供給が複雑になる。
     ソフトウェア管理が重くなる。
     現場が追いつかなくなる。
     高性能化した結果、管理が重すぎる。
     これが現代文明の病である。
     では、別の文明モデルはあり得るか。

     そのヒントとして、
     本稿では幾つかの例を見てきた。

     ライト・フライヤー。
     低技術だが、人間と機械の距離が近い。

     熱気球。
     布と火と風だけで、空へ上がる。

     ナスカ。
     巨大地上絵と上空視点の問題。

     デンデラ。
     火ではない光、植物・生命・光の統合。

     ピラミッド。
     場所と形で機能する、飛ばないUFO。

     UFO。
     エンジンも燃料も見えない、
     場に接続する移動装置。

     これらは、証拠として並べているのではない。現代文明を相対化するためのヒントである。共通しているのは、火で押す文明ではないという事だ。

     場を読む。
     重力を読む。
     方位を読む。
     形状を読む。
     場所を読む。
     植物を読む。
     生命の循環を読む。

     ここに、別の文明モデルの輪郭がある。
     火の文明から、場と生命の文明へ。
     これは、火を捨てるという意味ではない。
     火を主役から下ろすという事である。
     火は使う。
     しかし、文明の中心には置かない。
     中心に置くのは、場である。

     重力、地形、方位、天体、
     空間、形状、共鳴。
     もう一つは、生命である。
     
     植物、光合成、循環、
     成長、発光、環境との接続。
     
     この二つを中心に据えた文明は、
     現代文明とは違う形になる。

     低破壊。
     低排熱。
     低摩耗。
     低管理負荷。
     高循環。
     高統合。
     生命・環境・装置が対立しない。

     もし長寿命の高度文明が存在するなら、おそらくこの条件を満たしているはずである。燃やし続ける文明は、いずれ自分の排熱と廃棄物と管理負荷に苦しむ。壊し続ける文明は、いずれ壊す対象を失う。

     巨大化し続ける文明は、
     いずれ管理不能になる。
     
     だから、成熟した文明は、
     もっと静かになるはずだ。
     
     外から見ると、
     何もしていないように見える。
     
     しかし、存在するだけで機能する。
     
     燃料を燃やさず、
     場に接続し、
     生命の循環に乗る。
     
     ピラミッドがそう見える。
     UFOがそう見える。
     デンデラの光がそう見える。
     
     これらが事実として何であったかは、
     ここでは断定しない。
     だが、技術思想としては重要である。

     現代文明がこのまま巨大化し続けるなら、B-52やF-35やAIデータセンターの問題は、ますます増えるだろう。それは単なる事故や不具合ではない。文明の設計思想そのものの問題である。

     高性能化すればよい。
     もっと大きくすればよい。
     もっと速くすればよい。
     もっと多機能にすればよい。
     もっと管理すればよい。
     
     この発想は、
     そろそろ限界に近づいている。
     
     必要なのは、
     さらに巨大な火の機械ではない。
     
     逆の要件から立てる、
     別の技術体系である。

     壊さない。
     燃やさない。
     熱を出しすぎない。
     摩耗しにくい。
     管理が軽い。
     循環する。
     生命と対立しない。
     場に接続する。
     
     この方向に、
     未来の技術体系を考える余地がある。

    おわりに B-52から始まった問い

    画像
    BGM-109 Tomahawkを空中発射するBoeing B-52 Stratofortress、プラモの箱絵風

     B-52の墜落は、一つの航空事故である。事故原因は、調査によって明らかにされるべきである。しかし、一つの事故が、より大きな問いを開く事はある。根本的な疑問だ。本当に続けられるのか?という問いだ。

     古い機体に、
     新しい技術を重ねる。
     高性能化する。
     電子化する。
     ソフトウェア化する。
     複雑化する。
     管理が重くなる。
     現場が追いつかなくなる。
     判断が難しくなる。
     事故が起きる。
     
     これは、
     軍用機だけの問題ではない。
     
     現代文明全体が、
     同じ方向へ進んでいる。
     
     AIもそうである。
     データセンターもそうである。
     電力網もそうである。
     都市もそうである。
     行政システムもそうである。
     高性能化した結果、管理が重すぎる。
     
     この問いに対して、単に「もっと管理しよう」と答えるだけでは足りない。管理を増やせば、さらに重くなるからである。だから、逆に考えなければならない。管理しなくても壊れにくい技術とは何か。

     燃やさなくても動く技術とは何か。
     排熱を出し続けない文明とは何か。
     生命と対立しない装置とは何か。
     場そのものが機能する建築とは何か。
     
     重力を押し返すのではなく、
     重力を読む飛行とは何か。
     
     火の文明から、
     場と生命の文明へ。
     
     これは、
     すぐに実現できる技術提案ではない。
     
     むしろ、
     文明モデルの置き換えである。
     
     しかし、
     モデルを変えなければ、
     技術の方向も変わらない。
     
     全ては思う事から始まる。
     全ては考える事から始まる。
     
     B-52の墜落から始まった問いは、
     最終的にここへ向かう。
     
     人類は、火を主役にした文明を、どこまで続けるのか。そして、火の次に来る技術体系を、想像する事ができるのか。未来は、より巨大な機械の先にあるとは限らない。より静かで、より軽く、より場と生命に近い技術体系の中にあるのかもしれない。

    画像
    文明の行く末を瞑想する茶トラ、雑種、オレンジ、ふわふわ

     以上

     瑠璃ノ蒼の市場論・技術論・文明論 パート1

     瑠璃ノ蒼の市場論・技術論・文明論 パート2

     

    画像
    From the Civilization of Fire to the Civilization of Field and Life — Rethinking the Limits of Technological Systems After the B-52 Crash

    This article is a trial essay.

    Read it as a thought experiment.

    It is only an idea from me.

    And that is exactly what “Note” is.

    A place where one can write freely.

    So I wrote freely.

    I explored what kind of civilizational model can exist outside modern civilization.

    The problem of modern civilization is that its systems have become too heavy. They have grown so heavy that they are now difficult to operate. Unable to bear their own weight, these systems are beginning to collapse under themselves. This essay examines what other models of civilization can be conceived in order to avoid that collapse.

    The first system engineer of modern civilization was Aristotle. The blueprint he drew was redesigned by Newton and Kant, and then completed as the civilization of fire. It is the civilization of fire and reason. That is why the atomic bomb was born.

    Then Goethe appeared along the way. He advanced a distinctive natural philosophy that saw minerals and jewels as living beings with long life spans. Schelling’s view of nature stands close to this. Goethe walked a path of deep silence that somehow leads back to Laozi of ancient China. It is the Tao of Daoism.

    画像
    Johann Wolfgang von Goethe (August 28, 1749 – March 22, 1832)

    When I read Goethe’s Faust, I think he was the same kind of person as Newton. Newton was not a scientist. He was the last alchemist. Goethe was not a man of letters. He was a magician. No — he was Laozi, walking more deeply into natural philosophy.

    Confucius also had a hidden face. Everyone has a hidden face. Everyone has a face of the night. At midnight, another face appears. By day, people call themselves scientists, writers, or politicians. But at night, they study the stars. Swedenborg was the man who lost his footing in his fifties and flew far beyond the ordinary world.

    There were also branching paths within the present civilization.

    First, I will begin with my usual current-affairs topic.

    This is the confirmation of our present location.

    The confirmation of our coordinates.

    Introduction: The Tomahawk Is Not Expensive. It Is Heavy.

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    BGM-109 Tomahawk

    It was reported that the Trump administration used forty-nine Tomahawk cruise missiles as a form of pressure against Iran. That attack had political meaning.

    At the final stage of negotiations, the United States showed that it was still willing to fire. It showed Iran that further resistance would come at a cost. It showed the American public, its allies, and its adversaries that America still possessed the will to act.

    In that sense, those forty-nine missiles were not wasted. Politically, they paid for themselves. Results are beginning to appear. But that is not the real issue.

    The real issue is this: after firing those forty-nine missiles, how does one recover the same forty-nine missiles?

    So how much does a Tomahawk cost?

    Roughly speaking, one missile costs about 1.8 to 2 million dollars. In Japanese yen, that is around 270 to 300 million yen.

    But if we look only at the price, we misunderstand the true problem of this weapon.

    The Tomahawk is not expensive.

    It is heavy.

    Its weight is not a matter of price.

    It is the weight of materials.

    The weight of procurement.

    The weight of reproduction.

    The weight of drawing down inventories.

    And the weight that constrains political decision-making.

    The Tomahawk is not merely a missile.

    It is a compressed package of global civilization.

    Inside a single missile are packed an engine, fuel, guidance systems, semiconductors, precision components, actuators, communications equipment, software, inspection processes, military factories, skilled workers, quality certification, and supply chains.

    And deeper still, behind all of that, lie rare earths.

    Neodymium, dysprosium, terbium, and samarium.

    These rare earth elements are deeply connected to the powerful magnets and electronic components required for precision-guided weapons.

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    Neodymium, dysprosium, terbium, and samarium are all largely controlled by mainland China.

    In particular, dysprosium and terbium are important for maintaining magnetic strength even in high-temperature environments. Samarium is used in samarium-cobalt magnets, which are strong under harsh conditions.

    And the problem is not solved simply by digging ore out of the ground.

    Mining.

    Separation.

    Refining.

    Metallization.

    Magnet production.

    Conversion into defense-grade components.

    The entire process is required.

    Modern weapons are not made only of iron and gunpowder. To produce a single missile, mines, refineries, magnet factories, semiconductor plants, military contractors, and inspection facilities around the world must all be set in motion.

    Firing takes only an instant.

    Restoring what was fired does not.

    Reports and analyses have suggested that, in a war with Iran, the U.S. military may already have used more than one thousand Tomahawks out of an inventory of roughly 3,100. Inventory levels and exact usage numbers are close to military secrets, so this cannot be stated with certainty.

    But even if the figure of one thousand is only an estimate, the consumption of at least several hundred missiles is entirely plausible.

    Here, the question is not “How much does one missile cost?”

    The question is: when, with what materials, in which factories, by which skilled workers, and through which supply chains can those hundreds of missiles be restored as military power?

    If Congress approves the budget, dollars can be printed.

    But dysprosium cannot be printed.

    Samarium-cobalt magnets do not appear in warehouses the moment a budget bill passes. Semiconductors, actuators, engine components, and fully inspected finished missiles do not increase immediately either.

    Here lies the weight of modern civilization.

    For politicians, the Tomahawk is an easy weapon to use. A politician like Trump, unless those around him place a limit below fifty missiles, would use them without restraint. He would fire them one after another. Even with constraints in place, he would still go right up to the ceiling and fire forty-nine.

    Cruise missiles are convenient.

    They can be launched from afar without putting soldiers in danger.

    They are highly accurate.

    They produce images.

    They serve as warnings to the other side.

    They add pressure to negotiations.

    Politically, they appear to be a light option.

    But from the perspective of civilization, they are extremely heavy.

    What disappears at the moment of firing is not only the missile itself.

    Inventory margin disappears.

    A debt is added to reproduction capacity.

    A missile kept for a Taiwan contingency is lost.

    The number of options available in the next war is reduced.

    And it gives the opponent a question:

    Can America really keep firing?

    That is the frightening point.

    If a Taiwan contingency were to occur, the U.S. military would consume large quantities of long-range precision weapons in a short period of time. Anti-ship missiles, cruise missiles, air-defense missiles, interceptor missiles, torpedoes, glide weapons — all would be depleted at the same time.

    At that moment, the United States can run short of Tomahawks. Even if it manages to fight, its inventories can be emptied after the war ends.

    This is not merely a logistics problem.

    It is a problem of deterrence.

    One can win by fighting.

    But after fighting, the inventory can be gone.

    And if the inventory is gone, the next crisis cannot be handled.

    Russia. North Korea. Iran. The South China Sea. The Red Sea.

    When the next spark ignites somewhere in the world, the U.S. military will have to make decisions while standing before empty ammunition depots.

    At that point, a terrifying option emerges.

    If fighting empties the inventory, then not fighting becomes the better option.

    The moment that thought appears, deterrence is damaged.

    Deterrence is not simply a matter of possessing powerful weapons.

    Nor is it merely a matter of having weapons that can be fired.

    Deterrence means making the opponent believe that, even after firing, one can still continue to fire.

    Even if a country possesses high-performance weapons, if those weapons are scarce, slow to reproduce, dependent on unstable material supplies, and if every shot reduces the options available in the next war, then those weapons make political decision-making heavier.

    Here, the limits of the civilization of fire appear.

    Modern civilization has succeeded in creating powerful single strikes. It can accurately destroy distant targets. It burns fuel, drives engines, sees with sensors, calculates with semiconductors, and guides weapons toward their targets.

    But that single strike is far too heavy.

    Burn.

    Destroy.

    Fly.

    Discard.

    And then, to make it once again, mobilize materials and processes from all over the world.

    This is the extreme form of the civilization of fire.

    The Tomahawk is a high-performance disposable device created by the civilization of fire.

    Yet within that disposable device, the complexity of modern civilization is compressed.

    That is why the Tomahawk is not expensive.

    It is heavy.

    One missile contains one missile’s worth of global civilization.

    That missile is launched toward a target, made to explode, and turned into something that will never return.

    This extravagance cannot be measured by price alone.

    The question is not how many hundreds of millions of yen it costs.

    The question is whether civilization can produce the same missile again after firing it.

    How many such missiles can it restore?

    At what speed?

    With what degree of certainty?

    The weakness of modern civilization is not that it cannot produce.

    It is that it cannot continue producing.

    The weakness is not that it cannot fire.

    It is that it cannot continue firing.

    And when the fear arises that fighting may empty the inventory, the option of not fighting is born.

    At that moment, the problem of weapons becomes a problem of civilization.

    The civilization of fire is strong.

    But it is heavy.

    In exchange for possessing a powerful single strike, it must bear the burden of the materials, processes, fuel, supply networks, management, and reproduction that support that strike.

    The Tomahawk is the symbol of this burden.

    It is not merely a cruise missile.

    It is a device that shows how far the civilization of fire has come.

    At the same time, it is also a device that shows how heavy the civilization of fire has become.

    To fire a single missile, materials, factories, skilled workers, fuel, electronic components, software, military budgets, and alliance strategies from across the world are mobilized.

    And the moment it reaches its target, all of that is discarded.

    This is a miniature version of modern civilization.

    Strong.

    But heavy.

    Then why has modern civilization become so heavy?

    That question does not end with the Tomahawk.

    The B-52.

    The F-35.

    AI.

    Data centers.

    Power grids.

    Urban infrastructure.

    Much of modern civilization is moving in the same direction.

    As systems become more advanced, their operation becomes too heavy.

    Their management becomes too heavy.

    From here, I will reconsider the civilization of fire itself.

    Main Discussion: From the Civilization of Fire to the Civilization of Field and Life―The Limits of Technological Systems Seen Through the B-52 Crash

    On June 15, 2026, a U.S. Air Force B-52 strategic bomber crashed shortly after taking off from Edwards Air Force Base in California. All eight crew members were killed. When I heard about this accident, I decided to write this article.

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    ABC World News Tonight with David Muir Full Broadcast — June 16, 2026

    The Boeing B-52 Stratofortress first flew in 1952 and entered service in 1955. The U.S. Air Force is now replacing its engines and carrying out a plan to keep it in operation beyond the 2050s. The B-52 program is aiming for one hundred years of service.

    Is this really all right?

    In Nausicaä of the Valley of the Wind, there were heavy aircraft with an airframe age of three hundred years, but still…

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    ABC World News Tonight with David Muir Full Broadcast — June 16, 2026

    The purpose of the flight was a test flight for modernization and performance upgrades, including radar improvements.

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    ABC World News Tonight with David Muir Full Broadcast — June 16, 2026

    It seems to have taken off, made a sharp right turn, and fallen.

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    ABC World News Tonight with David Muir Full Broadcast — June 16, 2026

    This is the crash site. Not even wreckage remains.

    The B-52 is an old airframe. It is not strange for it to fall. But according to ABC World News Tonight, the wife of one of the crew members said that her late husband had told her the flight had been postponed many times because of mechanical trouble, and that the day had finally come.

    We must wait for the results of the accident investigation before the details become clear, but there must have been multiple causes. Airplanes do not fall for no reason. When an airplane falls, there is always a reason. That reason is not limited to physical factors. It can even include political pressure.

    The B-52 is an old airframe layered with new radar, new electronic equipment, new communications systems, new software, and new test equipment. It is an old airplane. At the same time, it is a huge modernized system.

    This accident is a symbol.

    Modern technology has become high-performance. As a result of that high performance, it has become too heavy to manage.

    This is not only a problem of military aircraft. AI, data centers, power grids, medicine, finance, administration, logistics, urban infrastructure — much of modern civilization is moving in the same direction. Because they are systems. And these systems burn fire and consume fuel.

    Increase performance.

    Add functions.

    Make it electronic.

    Turn it into software.

    Connect it to networks.

    Make it enormous.

    As a result, maintenance becomes heavy.

    Updates become heavy.

    Monitoring becomes heavy.

    Approval becomes heavy.

    Specialists become insufficient.

    Parts become insufficient.

    The people on the front line can no longer understand the whole.

    In the end, even the question of who judged that there was “no problem,” and on what basis, becomes difficult to see. This is not a problem of insufficient technology. It is the opposite. It is the problem of technology piled up too high.

    From this point onward, this essay becomes a thought experiment for putting the modern technological system itself into perspective.

    Modern civilization has developed around fire, heat, combustion, propulsion, and enormous management.

    Then the question is whether another technological system can exist.

    From the civilization of fire

    to the civilization of field and life.

    Taking the B-52 crash as the entrance,

    I will push the thought a little farther.

    1.Military Aircraft Have Become Huge IT Assets

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    Boeing B-52 Stratofortress

    Let us begin by reviewing the previous article.

    Modern military aircraft are no longer mere machines.

    There is an airframe.

    There is an engine.

    There are hydraulics.

    There are electrical systems.

    There is radar.

    There are communications.

    There are weapons.

    Up to this point, older aircraft had these elements as well.

    But modern military aircraft do not end there.

    Sensor integration.

    Data links.

    Encrypted communications.

    Electronic warfare.

    Mission computers.

    Self-diagnostic systems.

    Maintenance logs.

    Software updates.

    Parts histories.

    Supply chains.

    Contracts with defense contractors.

    Test data.

    Certification.

    Operational approval.

    Only when all of these elements are intertwined can a single military aircraft finally go on a mission.

    In other words, a modern military aircraft is both a machine that flies through the sky and a huge IT asset.

    The F-35, which I discussed in the previous article, is a typical example.

    The F-35 is a high-performance fighter. It has stealth capabilities, integrates sensors, shares information with friendly forces, detects the enemy before being detected, and strikes first. As a concept, this is extremely rational in modern warfare.

    But being high-performance also means that there are more things to manage.

    It is not enough for the aircraft simply to be able to fly.

    Can the sensors be used?

    Can it communicate?

    Can its weapons be used?

    Can it operate in an electronic warfare environment?

    Is the software configuration correct?

    Can the parts history be traced?

    Is the mission system complete?

    Being able to fly

    and being able to carry out every mission

    are not the same thing.

    That difference is the essence of the modern military aircraft.

    The B-52 is the same.

    The B-52 is old.

    But in order to compensate for that age, layers of modernization have been added.

    And then this accident occurred.

    Replace the radar.

    Replace the engines.

    Replace the electronics.

    Replace the communications systems.

    Extend the operational life.

    These are necessary upgrades.

    As long as old airframes continue to be used, modernization cannot be avoided.

    However, modernization also makes the aircraft more complex.

    Old structures overlap with new electronic systems.

    Mechanical problems overlap with software problems.

    Maintenance problems overlap with testing problems.

    Military judgments overlap with manufacturer judgments.

    As a result, the questions are no longer simple.

    It is not enough to ask, “Was it broken?”

    Nor is it enough to ask, “Was it fixed?”

    One must also ask:

    “Was it confirmed to have been fixed?”

    “Was the method of confirmation appropriate?”

    “Who judged that the aircraft was fit to fly?”

    “Was that judgment shared across the entire frontline organization?”

    These questions must be asked.

    This is a problem of aircraft maintenance, but at the same time it is also a problem of IT asset management.

    Modern military aircraft have become flying configuration management ledgers.

    When that management ledger becomes too large, an accident is no longer merely a mechanical failure.

    It becomes a problem of the entire technological system.

    2.Modern Civilization Is a Civilization of Fire

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    A seaside nuclear reactor releasing waste heat.

    Let us widen our perspective a little from military aircraft.

    Modern civilization is often described as an information civilization.

    An electronic civilization.

    An AI civilization.

    That is how it is often spoken of.

    But at its foundation,

    there is still fire.

    Burn coal.

    Burn oil.

    Burn gas.

    Burn gasoline.

    Burn kerosene.

    Burn gunpowder.

    Warm cities.

    Run factories.

    Operate power plants.

    Even nuclear power, structurally speaking, remains an extension of the civilization of fire.

    Atomic nuclei are split to produce heat.

    That heat boils water.

    Steam turns turbines.

    The principle is advanced,

    but in the end,

    it is still a heat engine.

    It stands on the same extended line as James Watt.

    In other words, the foundation of modern civilization is this:

    Break matter apart.

    Extract heat.

    Turn it into pressure.

    Turn it into motion.

    Turn it into electricity.

    And then pour that electricity into cities, machines, and computers.

    This is an extremely powerful system.

    It is a civilization of electrical energy.

    Fire was the first great technology of humankind.

    With fire, human beings cooked meat,

    endured the cold,

    kept beasts away,

    fired pottery,

    and melted metals.

    Fire was the entrance to civilization.

    But fire is also rough.

    When something is burned, the fuel is lost.

    When temperatures rise, the surroundings are damaged.

    Heat dissipates.

    Exhaust is produced.

    Ash is produced.

    Waste is produced.

    Wear occurs.

    Cooling becomes necessary.

    In other words, the civilization of fire is powerful, but rough.

    Jet aircraft are fast.

    But they consume fuel.

    Rockets can go into space.

    But they discard enormous amounts of propellant.

    Data centers possess vast computational power.

    But they continue to consume electricity and cooling.

    AI supports intellectual work.

    But behind it stand GPUs, electricity, cooling, data centers, and semiconductor supply chains.

    On the surface, modern civilization appears to be an information civilization.

    But at a deeper level,

    it is a civilization of fire.

    Somewhere, always,

    a fire is being kept burning.

    Like the Zoroastrians of ancient Persia,

    the fire must never be allowed to go out.

    And the larger the civilization of fire becomes,

    the heavier its management becomes.

    Because it produces heat, it must be cooled.

    Because it wears down, parts must be replaced.

    Because it uses fuel, fuel must be transported.

    Because it produces waste, waste must be processed.

    Because it is dangerous, it must be monitored.

    Because it is complex, specialists must be trained.

    This structure is what makes modern civilization as a whole so heavy.

    3.As Systems Become More Advanced, Their Management Becomes Too Heavy

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    A server room in a data center.

    Here, let us return to the central axis of this essay.

    As systems become more advanced, their management becomes too heavy.

    Is this not what is happening in many fields today?

    Military aircraft have become highly advanced.

    But their maintenance has become heavy.

    AI has become highly advanced.

    But its operation now requires enormous computational resources, monitoring, safety measures, legal work, evaluation, and data management.

    Corporate IT systems have become more convenient.

    But SaaS, APIs, authentication, permissions, logs, audits, security, contract renewals, and incident response have all increased.

    Medicine has become more advanced.

    But medical devices, drugs, tests, data, insurance, regulations, and accountability have all increased.

    Administration has been digitized.

    But system integration, personal information, authentication, contractor management, and emergency response in the event of system failures have become heavy.

    Each individual technology is advancing.

    And yet, the technological system as a whole is not becoming lighter.

    On the contrary, it is becoming heavier.

    This is strange.

    Originally, technology was supposed to make human life easier.

    And yet, modern technology demands new management burdens from human beings.

    Introduce a new system.

    Monitor that system.

    Manage the monitoring system.

    Document the management procedures.

    Update the documents.

    Set permissions.

    Respond to audits.

    Prepare for incidents.

    And even after all that, accidents still happen.

    Then more management items are added.

    An accident occurs.

    Countermeasures increase.

    Procedures increase.

    Approvals increase.

    Logs increase.

    Boundaries of responsibility increase.

    The system becomes even more complex.

    Modern civilization has clearly entered this cycle.

    Is this not a death spiral?

    A spiral of collapse?

    Increasing performance.

    Increasing complexity.

    Growing management burden.

    Exhaustion on the front line.

    Accidents.

    Additional countermeasures.

    Further complexity.

    The crash of the B-52 is one example of this.

    The operational availability problem of the F-35 is the same.

    The problem of reproducing Tomahawks is the same.

    The expansion of AI data centers is the same.

    The issue is not the superiority or inferiority of each individual technology.

    The real issue is that the technological system itself is beginning to exceed the limits of manageability.

    Then let us think in the opposite direction.

    If an advanced civilization is to continue for a long time,

    what conditions would it need?

    4.Conditions Necessary for a Sustainable Civilization

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    Conditions necessary for a sustainable civilization

    If an advanced civilization is to continue for a long time, then at minimum, several conditions will be necessary.

    First, it must be low-destructive.

    Every time it obtains energy, it should not destroy the object from which that energy is drawn.

    Burning, splitting, exploding, scraping away, discarding.

    If such methods remain at the center of civilization, then the larger that civilization becomes, the greater its burden on the environment will be.

    Second, it must produce little waste heat.

    As civilization grows larger, its waste heat grows larger as well.

    Power plants, factories, cities, data centers, military systems.

    If all of them continue to emit heat, then cooling itself becomes a burden on civilization.

    Third, it must involve little wear.

    A technological system with heavy wear depends on parts replacement, maintenance, supply, and supply chains.

    Even if it is advanced, a civilization that constantly requires replacement parts is heavy in the long term.

    Fourth, it must have a low management burden.

    Specialists, monitoring, logs, approvals, updates, contracts, boundaries of responsibility.

    If these increase too much, civilization will have its resources consumed by the management of itself.

    Fifth, it must be highly circular.

    It should not consume resources in a one-way direction, but operate in a form closer to the cycles of nature and life.

    It should not be a civilization that takes, burns, and discards.

    It should be a civilization that circulates.

    Sixth, it must be highly integrated.

    Human beings, devices, environments, fields, and energy should not be separated too far from one another.

    The more they are separated, the more connection management becomes necessary.

    And when connection management increases, accidents and wear are born there.

    Seventh, life, environment, and devices must not stand in opposition to one another.

    If operating devices destroys the environment, and protecting the environment means that technology cannot be used, then such a civilization cannot continue for long.

    A sustainable civilization should not be a civilization that is powerful but rough.

    It should be a civilization that is powerful but quiet.

    Seen from these conditions, the outline of a technological system different from modern civilization begins to appear.

    Not a civilization that burns fire and pushes forward,

    but a civilization that connects to fields.

    Not a civilization that destroys life in order to use it,

    but a civilization that nurtures the circulation of life.

    Not a civilization that manages enormous machines,

    but a civilization in which form and place themselves function.

    In order to think about this alternative model,

    I will set out several examples.

    From here on begins the thought experiment I mentioned earlier.

    5.The Wright Flyer: Low-Technology, Yet Futuristic

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    On December 17, 1903, the American Wright brothers — the elder brother Wilbur and the younger brother Orville — succeeded in achieving the first manned powered flight in history with their self-built powered aircraft, the Wright Flyer.

    Seen from the present day, the Wright brothers’ Flyer was low-technology.

    A wooden frame.

    Fabric-covered wings.

    Wires.

    A small engine.

    Propellers.

    A control system operated directly by the human body.

    In terms of technological level alone,

    it cannot be compared with modern military aircraft.

    From a modern perspective,

    it was a machine almost as simple as an electric bicycle.

    And yet, there was something in it that modern technology has lost.

    Its structure was visible.

    One could understand how it would break.

    The distance between the human being and the aircraft was close.

    Its purpose was simple.

    It existed only in order to fly.

    The Wright Flyer was low-performance.

    But its management was light.

    Of course, I am not saying that we should return to the Wright Flyer.

    This is not an argument that we should abandon modern aviation technology and go back to wood and fabric.

    What matters is this: technological maturity does not necessarily mean increasing complexity.

    The simplicity of low technology.

    The complexity of high technology.

    And beyond that,

    there is the simplicity of ultra-advanced technology.

    A technology that is advanced,

    yet simple from the perspective of those who use it.

    Its external management burden is light.

    The distance between human beings and tools is close.

    One can understand how it breaks.

    Its very existence functions.

    Future technology is not a huge IT asset like a modern military aircraft.

    Rather, it recovers the simplicity of the Wright Flyer at a different and more advanced level.

    The Wright Flyer was low-technology,

    but it points toward the direction of future technology.

    If we think in this way,

    the history of flight begins to look a little different.

    6.Hot-Air Balloons and Nazca: Gaining an Aerial View with Cloth and Wind

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    There have been experiments in which large pieces of cloth found in the ancient Andes were used to fly actual hot-air balloons.

    Human beings had already approached the sky before the Wright brothers.

    As a flight technology, the hot-air balloon is quite simple.

    A large piece of cloth.

    Fire.

    Air.

    Wind.

    A basket.

    Ropes.

    There is no engine.

    There is no complex control system.

    Fuel, such as firewood, is necessary,

    but mechanically speaking,

    it is extremely simple.

    A hot-air balloon is close to being the aerial version of a sailing ship.

    A ship uses water and wind.

    A hot-air balloon uses air and heat.

    Both are technologies that ride upon a natural medium.

    Once human beings had acquired the technology to weave sails for ships,

    the technical conditions for making the envelope of a hot-air balloon were already largely in place.

    Handle fire.

    Weave cloth.

    Make baskets.

    Read the wind.

    For a civilization with this level of technology,

    rising into the sky itself would not have been impossible.

    Here, the Nazca Lines come into view.

    The enormous geoglyphs of Nazca are difficult to grasp as complete images from the ground.

    Parts of the lines can be seen.

    They can also be walked as paths.

    Some can be viewed from hills or slopes.

    But the overall forms of the giant animals and figures are overwhelmingly easier to understand from above.

    If so, it is natural to consider that an aerial viewpoint was used during the process of making them.

    Giant geoglyphs and the viewpoint from the sky clearly belong to the same field of problems.

    They can be made from the ground.

    That is true.

    Using stakes and ropes, large figures can be enlarged and laid out on the ground.

    But the fact that they can be made from the ground does not mean that they were never checked from above.

    Even today, large ground advertisements and survey figures can be made entirely through work on the ground.

    Yet normally, they are checked from above.

    Drones.

    Helicopters.

    Aerial photographs.

    Satellite images.

    For confirming the whole image,

    an overhead viewpoint is overwhelmingly convenient.

    The same possibility can be considered for Nazca.

    Cloth, fire, wind, and the human eye.

    With only these,

    an aerial viewpoint could be obtained.

    Here, too, we find a direction different from modern technology.

    It is not a matter of dominating the sky with enormous engines.

    It is a matter of connecting to the sky through cloth and wind.

    Just like a sailing ship setting out to sea.

    Low-performance,

    but light in management.

    In relation to its purpose,

    the technological system is not excessive.

    This does not simply go beyond the civilization of fire

    It reveals another possibility from before the civilization of fire became enormous.

    7.The Light of Dendera: A Technological Thought of Light Without Fire

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    A somewhat embellished image of the Light of Dendera. Search for it online if necessary.

    In the Temple of Hathor at Dendera in ancient Egypt, there is a wall relief that looks like an electric bulb.

    When modern people look at it, they see a bulb-like shape, a line that looks like a filament, something like a cable, and something like a support.

    For that reason, it is often said that ancient Egypt may have possessed electric bulbs.

    But here, there is no need to regard it as an incandescent bulb.

    Rather, to see it as an incandescent bulb is to force the technological imagination of modern people onto the ancient world.

    What is interesting is that it looks like light that is not fire.

    Light that is not heat.

    Light that is not incandescence.

    Light related to plants and life.

    The light of fireflies, for example.

    Bulb plants.

    Lotus.

    Serpentine energy.

    Life.

    Regeneration.

    Generation.

    Light.

    In ancient Egyptian imagery, the lotus is important.

    It is connected with water, the sun, regeneration, and the birth of life.

    The serpent, too, is connected with life force and divine power.

    If so, that image is not a mere picture of an electric bulb. It is a trace of a technological thought that integrates plants, life, and light.

    Even when modern civilization uses plants, it basically uses them by destroying them.

    Burning them.

    Eating them.

    Fermenting them.

    Decomposing them.

    Turning them into chemical raw materials.

    In other words, it first destroys the life of the plant, and then extracts energy from it.

    But plants are, in the first place, beings that convert sunlight into life activity.

    There lies a hint of an energy system different from fire.

    Photosynthesis.

    Weak electric potential differences.

    Bioelectric currents.

    Chemical reactions.

    Luminescence.

    Resonance.

    Growth.

    Circulation.

    If there is a technology that can draw energy from plants or living systems without destroying them, then it is moving in a completely different direction from modern civilization.

    It does not use fire.

    It does not burn.

    It does not destroy the object.

    It produces almost no heat.

    It connects to the circulation of life.

    This is not the civilization of fire.

    It is the civilization of life.

    Of course, we cannot assert that the image at Dendera actually shows such a device.

    According to the standard interpretation, it is a religious and mythological image.

    But one cannot say that, because it is a religious image, it has nothing to do with technology.

    In ancient civilizations, religion, observation of nature, technology, views of life, and cosmology were not separated as they are today.

    Modern people divide them and ask, “Is this religion, or is this technology?”

    But for ancient people, light, life, plants, gods, the cosmos, ritual, and technology may have existed within a single system.

    In this sense, the Light of Dendera is important.

    If there is light that is not fire,

    then there can also be a civilization that is not fire.

    8.The Pyramid Is a UFO That Does Not Fly

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    The pyramid is not a tomb. Is it not an energy-generating device?

    Here, I will move to an even bolder example.

    The pyramid.

    Is it not far too simple to see the pyramid merely as a tomb?

    Was it not originally something other than a tomb?

    Was it not a device built for another purpose?

    Can it not be understood as an energy-generating device?

    Of course, in Egyptology, the pyramid is understood as a royal tomb and as the center of a funerary complex. That interpretation has sufficient grounds. I do not intend to simply deny it here.

    But being a tomb and being a device do not contradict each other.

    In antiquity, the death of a king was not merely the death of an individual.

    Kingship, the sun, the stars, rebirth, the earth, the underworld, and the gods were all connected there.

    If so, the pyramid was more than a box for containing a body. It was a device for connecting the earth and the heavens.

    Place.

    Orientation.

    Shape.

    Mass.

    Stone.

    Interior space.

    Relationship with the heavenly bodies.

    Relationship with the Nile.

    Relationship with the western desert.

    Relationship with the direction of the setting sun.

    The pyramid is not a pile of stones placed at an arbitrary location.

    It is placed in a meaningful location, designed with precision, given orientation, given form, and fixed within a field.

    Here, the similarity with UFOs appears.

    If a UFO is not a machine that moves by fuel and engines, but a device that moves by connecting to a field, then the pyramid is a field device fixed to the earth.

    No engine is visible in a UFO.

    No engine exists in a pyramid.

    No fuel is visible in a UFO.

    No fuel exists in a pyramid.

    Seen from the outside, one does not understand why a UFO moves.

    There is a story that an American engineer once happened to find an unmanned UFO that had made an emergency landing on the ground. He eagerly went inside and searched for an engine, fuel, and a control system, but found none. He concluded that the UFO could not fly unless it was paired with its occupant.

    The pyramid, too, when seen from the outside, does not reveal why it was built with such precision.

    If a UFO is a moving field device, then the pyramid is a fixed field device.

    In other words, the pyramid is a UFO that does not fly, and a UFO is a moving pyramid.

    The two are extremely similar.

    They look like the same technological system.

    This is an inference.

    But as a model of a technological system, it is fascinating.

    Modern mechanical civilization packs function into the inside of a device.

    Engines, circuits, wiring, software, sensors, cooling systems.

    The interior of the device becomes complex.

    But a pyramid-like device is different.

    It does not function through internal machinery.

    It functions through place and form.

    It does not function by fuel.

    It functions through its relationship with the field.

    It does not function through moving parts.

    It functions through its very existence.

    This is extremely ecological.

    Once it is built,

    it requires no fuel.

    It produces no waste heat.

    It has little wear.

    Its management burden is light.

    It continues to exist for thousands of years.

    The enormous devices of modern civilization continue to consume electricity.

    They require cooling.

    They require parts replacement.

    They require software updates.

    They require specialists.

    But the pyramid forms a field simply by existing.

    This direction is closer not to modern mechanical civilization, but to a UFO-like technological system.

    9.Technology That Manipulates the Gravitational System

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    Isaac Newton biting an apple — the birth of the iPhone?

    Then what is this “field”?

    The most important candidate is gravity.

    Modern flight is a technology that resists gravity.

    An airplane creates lift with its wings.

    A helicopter pushes air downward with its rotors.

    A rocket burns and ejects propellant.

    A jet aircraft burns fuel and pushes air backward.

    In other words, gravity itself is left unchanged, and we force ourselves to oppose it with fuel and machinery.

    In this method, fuel is always necessary.

    Engines are necessary.

    Heat is produced.

    Wear occurs.

    Maintenance becomes necessary.

    Accidents happen.

    But if gravity itself can be manipulated, the meaning of flight changes.

    One does not fly upward.

    One falls upward.

    One does not propel oneself sideways.

    One falls sideways.

    One does not push with fuel.

    One changes the gradient of the field.

    In this way of thinking, wings, jet engines, and rocket fuel are no longer essential.

    What is necessary is a technology that manipulates the gravitational field, or the properties of space itself.

    Of course, modern science has not put this into practical use.

    Gravity seems familiar, yet it has not been fully understood.

    In general relativity, gravity is explained as the curvature of spacetime.

    But its integration with quantum theory remains incomplete.

    In cosmology, the problems of dark matter and dark energy also remain.

    Gravity is extremely close to us, and yet it still contains deep mysteries.

    If the gravitational system can be controlled in another direction, the movement technology of civilization changes from its foundation.

    There is no longer any need to fly by burning fuel.

    There is no longer any need to push with engines.

    Gravity can be reversed,

    and one becomes able to fall upward.

    There is no need to force the aircraft to be light.

    There is no need to discard enormous amounts of propellant.

    UFO-like flight is not propulsion.

    It is the control of the direction of falling.

    Here, we see a technological thought completely opposite to the B-52 and the F-35.

    Modern military aircraft oppose gravity with fire, machinery, and software.

    UFO-like technology reads gravity itself and moves within the field.

    The former is strong, but heavy.

    The latter, if it is established, is strong, quiet, and light in management.

    This is the core of the civilization of field.

    10.Technology That Draws Cyclical Energy from Plants

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    If a bulbous plant of the lily family is healthy, it continues to emit non-thermal light even after sunset.

    If the key to movement lies in gravity, then the key to life and energy lies in plants and living systems.

    Modern civilization uses plants by destroying them.

    Burn wood.

    Eat crops.

    Ferment them.

    Extract oil.

    Turn them into chemical raw materials.

    Turn them into biofuel.

    All of these are useful.

    But fundamentally, they are technologies that first cut off, decompose, and consume the life activity of plants.

    Plants, however, originally receive sunlight, create organic matter from carbon dioxide and water, grow, breathe, and circulate matter with the environment.

    The plant itself is already an advanced energy-conversion device.

    Modern civilization sees plants as fuel.

    But another civilization saw plants as converters of field and life.

    The weak electric potential differences possessed by plants.

    The process of photosynthesis.

    Chemical reactions.

    Luminescence.

    Fragrance.

    Growth rhythms.

    The movement of water.

    Underground fungal networks.

    Connections with the sun, soil, water, and atmosphere.

    A technology that uses these without destroying them changes the very view of energy in civilization.

    This is not “burning plants.”

    It is a technology of connecting to plants.

    If the Light of Dendera is read in this direction, then it is not an incandescent bulb.

    It is not fire.

    It is not electricity.

    It is a device that connects plants, life, and light.

    It draws life energy from bulbous plants.

    It manifests that energy as light without heat.

    Without using fire, without destroying the object, it obtains light within the circulation of life.

    Of course, this is not a technology established by modern science. No actual device has been found. It cannot be asserted as a physical artifact.

    But as a model of civilization, it is important.

    Modern civilization thinks of energy as something to be “extracted from outside.”

    Dig up fuel.

    Transport it.

    Burn it.

    Generate electricity.

    Transmit it.

    Consume it.

    Discard it.

    Another civilization thinks of energy as something to which one connects through circulation.

    Do not burn.

    Do not destroy.

    Do not transport it from far away.

    Do not require an enormous power grid.

    In a place where life exists, the field itself functions.

    This is the civilization of life.

    If the manipulation of the gravitational system solves the problem of movement, then the cyclical energy of plants and living systems solves the problem of daily life and the maintenance of place.

    Field and life.

    These two become the keys to stepping down from the civilization of fire.

    11.From the Civilization of Fire to the Civilization of Field and Life

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    A comparison between the civilization of fire and the civilization of field, and their energy-generating devices.

    Let us organize what we have seen so far.

    Modern civilization is a civilization of fire.

    Burn.

    Break.

    Turn into heat.

    Push.

    Cool.

    Replace.

    Manage.

    This civilization is strong.

    Through this civilization, humanity has flown through the sky, crossed the seas, gone into space, built cities, operated computers, and created AI.

    The civilization of fire cannot be denied.

    Fire is a great technology for humanity.

    But fire is the entrance to civilization, not its completed form.

    The civilization of fire is extremely effective when its scale is small.

    But when an entire civilization comes to depend on fire, heat, and enormous management, its limits begin to appear.

    Fuel becomes necessary.

    Waste heat increases.

    Wear increases.

    Maintenance becomes heavy.

    Parts supply becomes complex.

    Software management becomes heavy.

    The front line can no longer keep up.

    As systems become more advanced, their management becomes too heavy.

    This is the disease of modern civilization.

    Then another model of civilization can exist.

    As hints, this essay has examined several examples.

    The Wright Flyer.

    Low-technology, but close in distance between human being and machine.

    The hot-air balloon.

    Rising into the sky with only cloth, fire, and wind.

    Nazca.

    The problem of enormous geoglyphs and the aerial viewpoint.

    Dendera.

    Light that is not fire, and the integration of plants, life, and light.

    The pyramid.

    A UFO that does not fly, functioning through place and form.

    The UFO.

    A moving device connected to a field, with no visible engine and no visible fuel.

    These are not being lined up as proof.

    They are hints for relativizing modern civilization.

    What they share is that they are not a civilization that pushes with fire.

    Read the field.

    Read gravity.

    Read orientation.

    Read form.

    Read place.

    Read plants.

    Read the circulation of life.

    Here, the outline of another civilizational model appears.

    From the civilization of fire

    to the civilization of field and life.

    This does not mean abandoning fire.

    It means removing fire from the central role.

    Fire will be used.

    But it will not be placed at the center of civilization.

    What is placed at the center is the field.

    Gravity, terrain, orientation, heavenly bodies,

    space, form, resonance.

    The other center is life.

    Plants, photosynthesis, circulation,

    growth, luminescence, connection with the environment.

    A civilization that places these two at its center will take a form different from modern civilization.

    Low destruction.

    Low waste heat.

    Low wear.

    Low management burden.

    High circulation.

    High integration.

    No opposition between life, environment, and device.

    If a long-lived advanced civilization exists, it must satisfy these conditions.

    A civilization that keeps burning will eventually suffer from its own waste heat, waste products, and management burden.

    A civilization that keeps destroying will eventually lose the very objects it destroys.

    A civilization that keeps expanding will eventually become unmanageable.

    Therefore, a mature civilization must become quieter.

    Seen from the outside,

    it will look as if it is doing nothing.

    And yet, by existing, it functions.

    It does not burn fuel.

    It connects to the field.

    It rides on the circulation of life.

    The pyramid looks this way.

    The UFO looks this way.

    The Light of Dendera looks this way.

    What these actually were as historical facts is not the point here.

    But as technological thought, they are important.

    If modern civilization continues to expand in this way, the problems of the B-52, the F-35, and AI data centers will only increase.

    They are not mere accidents or malfunctions.

    They are problems in the design philosophy of civilization itself.

    Make it higher-performance.

    Make it bigger.

    Make it faster.

    Make it more multifunctional.

    Manage it more.

    This way of thinking is approaching its limit.

    What is necessary is not an even larger machine of fire.

    What is necessary is another technological system built from the opposite set of requirements.

    Do not destroy.

    Do not burn.

    Do not produce too much heat.

    Do not wear down easily.

    Keep management light.

    Circulate.

    Do not stand against life.

    Connect to the field.

    In this direction,

    there is room to think about the technological system of the future.

    Conclusion: The Question That Began with the B-52

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    A Boeing B-52 Stratofortress air-launching a BGM-109 Tomahawk, in the style of a model-kit box illustration

    The crash of the B-52 is, on one level, an aviation accident. Its cause should be clarified by investigation. But sometimes a single accident opens up a larger question.

    A fundamental question.

    Can this really be sustained?

    Layer new technology onto an old airframe.

    Raise performance.

    Make it electronic.

    Turn it into software.

    Make it more complex.

    Management grows heavier.

    The front line can no longer keep up.

    Judgment becomes harder.

    An accident occurs.

    This is not only a problem of military aircraft.

    Modern civilization as a whole is moving in the same direction.

    The same is true of AI.

    The same is true of data centers.

    The same is true of power grids.

    The same is true of cities.

    The same is true of administrative systems.

    As systems become more advanced, their management becomes too heavy.

    This question cannot be answered simply by saying, “Then let us manage more.” If management increases, the system only becomes heavier. That is why the problem must be approached in the opposite direction.

    What is a technology that does not easily break even without constant management?

    What is a technology that moves without burning?

    What is a civilization that does not endlessly produce waste heat?

    What is a device that does not stand against life?

    What is an architecture in which the field itself functions?

    What is a form of flight that does not push back against gravity,

    but reads gravity?

    From the civilization of fire

    to the civilization of field and life.

    This is not a technological proposal that can be realized immediately.

    It is, rather,

    a replacement of the civilizational model.

    But unless the model changes,

    the direction of technology will not change.

    Everything begins with thinking.

    Everything begins with thought.

    The question that began with the crash of the B-52

    ultimately leads here.

    How long will humanity continue a civilization that places fire in the leading role?

    And can it imagine the technological system that comes after fire?

    The future does not necessarily lie beyond even larger machines.

    It lies within a technological system that is quieter, lighter, and closer to field and life.

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    A fluffy orange tabby mixed-breed cat meditating on the fate of civilization

    End.


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    De la civilisation du feu à la civilisation du champ et de la vieーRepenser les limites des systèmes technologiques après le crash du B-52

    Cet article est un essai expérimental.
    Lisez-le comme une expérience de pensée.
    Ce n’est qu’une idée venant de moi.
    Et c’est précisément ce qu’est « Note ».
    Un lieu où l’on peut écrire librement.
    Alors j’ai écrit librement.
    J’ai exploré le type de modèle civilisationnel qui peut exister en dehors de la civilisation moderne.
    Le problème de la civilisation moderne est que ses systèmes sont devenus trop lourds. Ils sont devenus si lourds qu’ils sont désormais difficiles à exploiter. Incapables de supporter leur propre poids, ces systèmes commencent à s’effondrer sur eux-mêmes. Cet essai examine quels autres modèles de civilisation peuvent être conçus afin d’éviter cet effondrement.
    Le premier ingénieur système de la civilisation moderne fut Aristote. Le plan qu’il dessina fut repensé par Newton et Kant, puis achevé sous la forme de la civilisation du feu. C’est la civilisation du feu et de la raison. Voilà pourquoi la bombe atomique est née.
    Puis Goethe apparut en chemin. Il développa une philosophie naturelle singulière qui voyait les minéraux et les pierres précieuses comme des êtres vivants dotés d’une longue durée de vie. La vision de la nature chez Schelling se tient près de cette idée. Goethe marcha sur un chemin de profond silence qui, d’une certaine manière, ramène à Laozi dans la Chine ancienne. C’est le Tao du taoïsme.

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    Johann Wolfgang von Goethe (28 août 1749 – 22 mars 1832)

    Quand je lis le Faust de Goethe, je pense qu’il était du même type que Newton. Newton n’était pas un scientifique. Il était le dernier alchimiste. Goethe n’était pas un homme de lettres. Il était un magicien. Non — il était Laozi, avançant plus profondément dans la philosophie naturelle.
    Confucius avait lui aussi un visage caché. Tout le monde a un visage caché. Tout le monde a un visage de nuit. À minuit, un autre visage apparaît. Le jour, les gens se disent scientifiques, écrivains ou politiciens. Mais la nuit, ils étudient les étoiles. Swedenborg fut l’homme qui perdit pied dans la cinquantaine et s’envola bien au-delà du monde ordinaire.
    Il existait aussi des chemins secondaires à l’intérieur de la civilisation actuelle.
    Je commencerai d’abord, comme d’habitude, par un sujet d’actualité.
    C’est la confirmation de notre position actuelle.
    La confirmation de nos coordonnées.

    Introduction : Le Tomahawk n’est pas cher. Il est lourd.

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    BGM-109 Tomahawk

    Il a été rapporté que l’administration Trump avait utilisé quarante-neuf missiles de croisière Tomahawk comme moyen de pression contre l’Iran. Cette attaque avait une signification politique.
    Dans la phase finale des négociations, les États-Unis ont montré qu’ils étaient encore prêts à tirer. Ils ont montré à l’Iran qu’une résistance supplémentaire aurait un coût. Ils ont montré au public américain, à leurs alliés et à leurs adversaires que l’Amérique possédait encore la volonté d’agir.
    En ce sens, ces quarante-neuf missiles n’ont pas été tirés en vain. Politiquement, ils ont été rentabilisés. Les résultats commencent à apparaître. Mais ce n’est pas là le vrai problème.
    Le vrai problème est celui-ci : après avoir tiré ces quarante-neuf missiles, comment récupérer ces mêmes quarante-neuf missiles ?
    Combien coûte donc un Tomahawk ?
    Grosso modo, un missile coûte environ 1,8 à 2 millions de dollars. En yens japonais, cela représente environ 270 à 300 millions de yens.
    Mais si l’on ne regarde que le prix, on se trompe sur le véritable problème de cette arme.
    Le Tomahawk n’est pas cher.
    Il est lourd.
    Son poids n’est pas une question de prix.
    C’est le poids des matériaux.
    Le poids de l’approvisionnement.
    Le poids de la reproduction.
    Le poids de l’entame des stocks.
    Et le poids qui contraint la décision politique.
    Le Tomahawk n’est pas simplement un missile.
    C’est un paquet compressé de civilisation globale.
    Dans un seul missile sont comprimés un moteur, du carburant, des systèmes de guidage, des semi-conducteurs, des composants de précision, des actionneurs, des équipements de communication, des logiciels, des processus d’inspection, des usines militaires, des ouvriers qualifiés, des certifications de qualité et des chaînes d’approvisionnement.
    Et plus profondément encore, derrière tout cela, se trouvent les terres rares.
    Néodyme, dysprosium, terbium et samarium.
    Ces terres rares sont profondément liées aux aimants puissants et aux composants électroniques nécessaires aux armes de précision guidées.

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    Le néodyme, le dysprosium, le terbium et le samarium sont tous largement contrôlés par la Chine continentale.

    En particulier, le dysprosium et le terbium sont importants pour maintenir la force magnétique même dans des environnements à haute température. Le samarium est utilisé dans les aimants samarium-cobalt, qui résistent aux conditions extrêmes.
    Et le problème ne se résout pas simplement en extrayant du minerai du sol.
    Extraction.
    Séparation.
    Raffinage.
    Métallisation.
    Production d’aimants.
    Conversion en composants conformes aux normes de défense.
    Tout le processus est nécessaire.
    Les armes modernes ne sont pas faites seulement de fer et de poudre. Pour produire un seul missile, il faut mettre en mouvement des mines, des raffineries, des usines d’aimants, des usines de semi-conducteurs, des contractants militaires et des installations d’inspection dans le monde entier.
    Tirer prend un instant.
    Restaurer ce qui a été tiré ne prend pas un instant.
    Des rapports et des analyses ont suggéré que, dans une guerre avec l’Iran, l’armée américaine aurait déjà pu utiliser plus de mille Tomahawks sur un stock d’environ 3 100. Les niveaux de stock et les chiffres exacts d’utilisation sont proches du secret militaire ; on ne peut donc pas l’affirmer avec certitude.
    Mais même si le chiffre de mille n’est qu’une estimation, la consommation d’au moins plusieurs centaines de missiles est parfaitement plausible.
    Ici, la question n’est pas : « Combien coûte un missile ? »
    La question est : quand, avec quels matériaux, dans quelles usines, par quels ouvriers qualifiés et à travers quelles chaînes d’approvisionnement ces centaines de missiles peuvent-ils être restaurés comme puissance militaire ?
    Si le Congrès approuve le budget, les dollars peuvent être imprimés.
    Mais le dysprosium ne peut pas être imprimé.
    Les aimants samarium-cobalt n’apparaissent pas dans les entrepôts au moment où une loi budgétaire est adoptée. Les semi-conducteurs, les actionneurs, les pièces de moteur et les missiles finis dûment inspectés n’augmentent pas non plus immédiatement.
    C’est ici que se trouve le poids de la civilisation moderne.
    Pour les responsables politiques, le Tomahawk est une arme facile à utiliser. Un politicien comme Trump, si son entourage ne fixe pas une limite inférieure à cinquante missiles, l’utiliserait sans retenue. Il les tirerait les uns après les autres. Même avec des contraintes, il irait jusqu’au plafond et tirerait quarante-neuf missiles.
    Les missiles de croisière sont pratiques.
    Ils peuvent être lancés de loin sans mettre des soldats en danger.
    Ils sont très précis.
    Ils produisent des images.
    Ils servent d’avertissement à l’autre camp.
    Ils ajoutent de la pression aux négociations.
    Politiquement, ils apparaissent comme une option légère.
    Mais du point de vue de la civilisation, ils sont extrêmement lourds.
    Ce qui disparaît au moment du tir n’est pas seulement le missile lui-même.
    La marge de stock disparaît.
    Une dette s’ajoute à la capacité de reproduction.
    Un missile conservé pour une crise autour de Taïwan est perdu.
    Le nombre d’options disponibles dans la prochaine guerre diminue.
    Et cela donne à l’adversaire une question :
    L’Amérique peut-elle vraiment continuer à tirer ?
    Voilà le point effrayant.
    Si une crise autour de Taïwan survenait, l’armée américaine consommerait en peu de temps de grandes quantités d’armes de précision à longue portée. Missiles antinavires, missiles de croisière, missiles de défense aérienne, missiles intercepteurs, torpilles, armes planantes — tout serait entamé en même temps.
    À ce moment-là, les États-Unis peuvent manquer de Tomahawks. Même s’ils parviennent à combattre, leurs stocks peuvent être vidés une fois la guerre terminée.
    Ce n’est pas seulement un problème logistique.
    C’est un problème de dissuasion.
    On peut gagner en combattant.
    Mais après avoir combattu, le stock peut avoir disparu.
    Et si le stock a disparu, la crise suivante ne peut pas être gérée.
    Russie. Corée du Nord. Iran. Mer de Chine méridionale. Mer Rouge.
    Lorsque la prochaine étincelle surgira quelque part dans le monde, l’armée américaine devra prendre des décisions devant des dépôts de munitions vides.
    À ce moment-là, une option terrifiante apparaît.
    Si combattre vide les stocks, alors ne pas combattre devient la meilleure option.
    Dès que cette pensée apparaît, la dissuasion est blessée.
    La dissuasion ne consiste pas simplement à posséder des armes puissantes.
    Elle ne consiste pas non plus seulement à posséder des armes que l’on peut tirer.
    La dissuasion consiste à faire croire à l’adversaire que, même après avoir tiré, on peut encore continuer à tirer.
    Même si un pays possède des armes de haute performance, si ces armes sont rares, lentes à reproduire, dépendantes de matériaux instables et si chaque tir réduit les options disponibles dans la prochaine guerre, alors ces armes alourdissent la décision politique.
    Ici apparaissent les limites de la civilisation du feu.
    La civilisation moderne a réussi à créer des frappes uniques puissantes. Elle peut détruire avec précision des cibles lointaines. Elle brûle du carburant, fait tourner des moteurs, voit avec des capteurs, calcule avec des semi-conducteurs et guide les armes vers leurs cibles.
    Mais cette frappe unique est beaucoup trop lourde.
    Brûler.
    Détruire.
    Voler.
    Jeter.
    Puis, pour la fabriquer de nouveau, mobiliser des matériaux et des processus venus du monde entier.
    C’est la forme extrême de la civilisation du feu.
    Le Tomahawk est un dispositif jetable de haute performance créé par la civilisation du feu.
    Et pourtant, dans ce dispositif jetable, la complexité de la civilisation moderne est comprimée.
    Voilà pourquoi le Tomahawk n’est pas cher.
    Il est lourd.
    Un missile contient une portion de civilisation globale équivalente à un missile.
    Ce missile est lancé vers une cible, fait exploser, et transformé en quelque chose qui ne reviendra jamais.
    Ce luxe ne peut pas être mesuré par le prix seul.
    La question n’est pas de savoir combien de centaines de millions de yens il coûte.
    La question est de savoir si la civilisation peut produire de nouveau le même missile après l’avoir tiré.
    Combien de missiles de ce type peut-elle restaurer ?
    À quelle vitesse ?
    Avec quel degré de certitude ?
    La faiblesse de la civilisation moderne n’est pas qu’elle ne peut pas produire.
    C’est qu’elle ne peut pas continuer à produire.
    Sa faiblesse n’est pas qu’elle ne peut pas tirer.
    C’est qu’elle ne peut pas continuer à tirer.
    Et lorsque naît la crainte que combattre puisse vider les stocks, l’option de ne pas combattre naît à son tour.
    À ce moment-là, le problème des armes devient un problème de civilisation.
    La civilisation du feu est forte.
    Mais elle est lourde.
    En échange de la possession d’une frappe unique puissante, elle doit porter le poids des matériaux, des processus, du carburant, des réseaux d’approvisionnement, de la gestion et de la reproduction qui soutiennent cette frappe.
    Le Tomahawk est le symbole de ce poids.
    Ce n’est pas simplement un missile de croisière.
    C’est un dispositif qui montre jusqu’où la civilisation du feu est arrivée.
    En même temps, c’est aussi un dispositif qui montre à quel point la civilisation du feu est devenue lourde.
    Pour tirer un seul missile, des matériaux, des usines, des ouvriers qualifiés, du carburant, des composants électroniques, des logiciels, des budgets militaires et des stratégies d’alliance venus du monde entier sont mobilisés.
    Et au moment où il atteint sa cible, tout cela est jeté.
    C’est une miniature de la civilisation moderne.
    Forte.
    Mais lourde.
    Alors pourquoi la civilisation moderne est-elle devenue si lourde ?
    Cette question ne s’arrête pas au Tomahawk.
    Le B-52.
    Le F-35.
    L’IA.
    Les centres de données.
    Les réseaux électriques.
    Les infrastructures urbaines.
    Une grande partie de la civilisation moderne avance dans la même direction.
    À mesure que les systèmes deviennent plus avancés, leur exploitation devient trop lourde.
    Leur gestion devient trop lourde.
    À partir d’ici, je vais reconsidérer la civilisation du feu elle-même.

    Discussion principale : De la civilisation du feu à la civilisation du champ et de la vieーLes limites des systèmes technologiques vues à travers le crash du B-52

    Le 15 juin 2026, un bombardier stratégique B-52 de l’US Air Force s’est écrasé peu après son décollage de la base aérienne d’Edwards, en Californie. Les huit membres d’équipage ont été tués. Lorsque j’ai appris cet accident, j’ai décidé d’écrire cet article.

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    ABC World News Tonight with David Muir Full Broadcast — 16 juin 2026

    Le Boeing B-52 Stratofortress a effectué son premier vol en 1952 et est entré en service en 1955. L’US Air Force remplace actuellement ses moteurs et met en œuvre un plan visant à le maintenir en service au-delà des années 2050. Le programme B-52 vise cent ans de service.
    Est-ce vraiment acceptable ?
    Dans Nausicaä de la Vallée du Vent, il existait des aéronefs lourds vieux de trois cents ans, mais tout de même…

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    ABC World News Tonight with David Muir Full Broadcast — 16 juin 2026

    L’objectif du vol était un vol d’essai destiné à la modernisation et à l’amélioration des performances, notamment du radar.

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    ABC World News Tonight with David Muir Full Broadcast — 16 juin 2026

    Il semble avoir décollé, effectué un virage serré à droite, puis être tombé.

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    ABC World News Tonight with David Muir Full Broadcast — 16 juin 2026

    Voici le site du crash. Il ne reste même pas de débris.

    Le B-52 est une cellule ancienne. Qu’il tombe n’a rien d’étrange. Mais selon ABC World News Tonight, l’épouse de l’un des membres d’équipage a déclaré que son mari défunt lui avait dit que le vol avait été reporté à plusieurs reprises en raison de problèmes mécaniques, et que le jour était enfin venu.
    Il faut attendre les résultats de l’enquête sur l’accident pour que les détails deviennent clairs, mais il y a forcément eu plusieurs causes. Les avions ne tombent pas sans raison. Quand un avion tombe, il y a toujours une raison. Cette raison ne se limite pas aux facteurs physiques. Elle peut même inclure une pression politique.
    Le B-52 est une cellule ancienne sur laquelle se superposent un nouveau radar, de nouveaux équipements électroniques, de nouveaux systèmes de communication, de nouveaux logiciels et de nouveaux équipements d’essai. C’est un vieil avion. En même temps, c’est un énorme système modernisé.
    Cet accident est un symbole.
    La technologie moderne est devenue hautement performante. En conséquence de cette haute performance, elle est devenue trop lourde à gérer.
    Ce n’est pas seulement un problème d’avions militaires. L’IA, les centres de données, les réseaux électriques, la médecine, la finance, l’administration, la logistique, les infrastructures urbaines — une grande partie de la civilisation moderne avance dans la même direction. Parce que ce sont des systèmes. Et ces systèmes brûlent du feu et consomment du carburant.
    Augmenter les performances.
    Ajouter des fonctions.
    Électroniser.
    Transformer en logiciel.
    Connecter aux réseaux.
    Rendre énorme.
    En conséquence, la maintenance devient lourde.
    Les mises à jour deviennent lourdes.
    La surveillance devient lourde.
    Les validations deviennent lourdes.
    Les spécialistes deviennent insuffisants.
    Les pièces deviennent insuffisantes.
    Les gens sur le terrain ne peuvent plus comprendre l’ensemble.
    À la fin, même la question de savoir qui a jugé qu’il n’y avait « aucun problème », et sur quelle base, devient difficile à voir. Ce n’est pas un problème d’insuffisance technologique. C’est l’inverse. C’est le problème d’une technologie empilée trop haut.
    À partir de ce point, cet essai devient une expérience de pensée destinée à mettre en perspective le système technologique moderne lui-même.
    La civilisation moderne s’est développée autour du feu, de la chaleur, de la combustion, de la propulsion et d’une gestion énorme.
    La question est donc de savoir si un autre système technologique peut exister.
    De la civilisation du feu
    à la civilisation du champ et de la vie.
    En prenant le crash du B-52 comme entrée,
    je vais pousser la pensée un peu plus loin.

    1.Les avions militaires sont devenus d’immenses actifs informatiques

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    Boeing B-52 Stratofortress

    Commençons par reprendre l’article précédent.
    Les avions militaires modernes ne sont plus de simples machines.
    Il y a une cellule.
    Il y a un moteur.
    Il y a des systèmes hydrauliques.
    Il y a des systèmes électriques.
    Il y a un radar.
    Il y a des communications.
    Il y a des armements.
    Jusque-là, les avions plus anciens possédaient eux aussi ces éléments.
    Mais les avions militaires modernes ne s’arrêtent pas là.
    Intégration des capteurs.
    Liaisons de données.
    Communications chiffrées.
    Guerre électronique.
    Ordinateurs de mission.
    Systèmes d’autodiagnostic.
    Journaux de maintenance.
    Mises à jour logicielles.
    Historiques des pièces.
    Chaînes d’approvisionnement.
    Contrats avec les industriels de défense.
    Données d’essai.
    Certification.
    Autorisation opérationnelle.
    Ce n’est que lorsque tous ces éléments sont entremêlés qu’un seul avion militaire peut enfin partir en mission.
    Autrement dit, un avion militaire moderne est à la fois une machine qui vole dans le ciel et un immense actif informatique.
    Le F-35, que j’ai abordé dans l’article précédent, en est l’exemple typique.
    Le F-35 est un chasseur de haute performance. Il possède des capacités furtives, intègre des capteurs, partage des informations avec les forces alliées, détecte l’ennemi avant d’être détecté et frappe le premier. Comme concept, c’est extrêmement rationnel dans la guerre moderne.
    Mais être hautement performant signifie aussi qu’il y a davantage de choses à gérer.
    Il ne suffit pas que l’avion soit simplement capable de voler.
    Les capteurs peuvent-ils être utilisés ?
    Peut-il communiquer ?
    Ses armes peuvent-elles être utilisées ?
    Peut-il fonctionner dans un environnement de guerre électronique ?
    La configuration logicielle est-elle correcte ?
    L’historique des pièces peut-il être retracé ?
    Le système de mission est-il complet ?
    Être capable de voler
    et être capable d’accomplir toutes les missions
    ne sont pas la même chose.
    Cette différence est l’essence de l’avion militaire moderne.
    Le B-52 est dans le même cas.
    Le B-52 est vieux.
    Mais pour compenser cet âge, des couches de modernisation ont été ajoutées.
    Et puis cet accident est survenu.
    Remplacer le radar.
    Remplacer les moteurs.
    Remplacer l’électronique.
    Remplacer les systèmes de communication.
    Prolonger la durée de vie opérationnelle.
    Ce sont des modernisations nécessaires.
    Tant que l’on continue à utiliser de vieilles cellules, la modernisation est inévitable.
    Cependant, la modernisation rend aussi l’avion plus complexe.
    Les anciennes structures se superposent aux nouveaux systèmes électroniques.
    Les problèmes mécaniques se superposent aux problèmes logiciels.
    Les problèmes de maintenance se superposent aux problèmes d’essai.
    Les jugements militaires se superposent aux jugements des constructeurs.
    En conséquence, les questions ne sont plus simples.
    Il ne suffit pas de demander : « Était-il en panne ? »
    Il ne suffit pas non plus de demander : « A-t-il été réparé ? »
    Il faut aussi demander :
    « A-t-on confirmé qu’il avait bien été réparé ? »
    « La méthode de confirmation était-elle appropriée ? »
    « Qui a jugé que l’avion était apte à voler ? »
    « Ce jugement a-t-il été partagé dans toute l’organisation de première ligne ? »
    Ces questions doivent être posées.
    C’est un problème de maintenance aéronautique, mais c’est aussi, en même temps, un problème de gestion des actifs informatiques.
    Les avions militaires modernes sont devenus des registres de gestion de configuration volants.
    Lorsque ce registre de gestion devient trop vaste, un accident n’est plus seulement une panne mécanique.
    Il devient un problème de l’ensemble du système technologique.

    2.La civilisation moderne est une civilisation du feu

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    Un réacteur nucléaire en bord de mer rejetant de la chaleur résiduelle

    Élargissons un peu notre perspective à partir des avions militaires.
    La civilisation moderne est souvent décrite comme une civilisation de l’information.
    Une civilisation électronique.
    Une civilisation de l’IA.
    C’est ainsi qu’on en parle souvent.
    Mais à sa base,
    il y a encore le feu.
    Brûler du charbon.
    Brûler du pétrole.
    Brûler du gaz.
    Brûler de l’essence.
    Brûler du kérosène.
    Brûler de la poudre.
    Chauffer les villes.
    Faire fonctionner les usines.
    Faire tourner les centrales électriques.
    Même l’énergie nucléaire, structurellement parlant, reste une extension de la civilisation du feu.
    On divise des noyaux atomiques pour produire de la chaleur.
    Cette chaleur fait bouillir l’eau.
    La vapeur fait tourner les turbines.
    Le principe est avancé,
    mais au bout du compte,
    cela reste une machine thermique.
    Elle se situe dans le prolongement de James Watt.
    Autrement dit, le fondement de la civilisation moderne est ceci :
    Briser la matière.
    Extraire la chaleur.
    La transformer en pression.
    La transformer en mouvement.
    La transformer en électricité.
    Puis verser cette électricité dans les villes, les machines et les ordinateurs.
    C’est un système extrêmement puissant.
    C’est une civilisation de l’énergie électrique.
    Le feu fut la première grande technologie de l’humanité.
    Avec le feu, les êtres humains ont cuit la viande,
    résisté au froid,
    éloigné les bêtes,
    cuit la poterie,
    et fondu les métaux.
    Le feu fut l’entrée de la civilisation.
    Mais le feu est aussi brutal.
    Quand quelque chose brûle, le combustible est perdu.
    Quand la température s’élève, ce qui l’entoure est endommagé.
    La chaleur se dissipe.
    Des gaz d’échappement sont produits.
    Des cendres sont produites.
    Des déchets sont produits.
    L’usure apparaît.
    Le refroidissement devient nécessaire.
    Autrement dit, la civilisation du feu est puissante, mais brutale.
    Les avions à réaction sont rapides.
    Mais ils consomment du carburant.
    Les fusées peuvent aller dans l’espace.
    Mais elles rejettent d’énormes quantités de propergol.
    Les centres de données possèdent une immense puissance de calcul.
    Mais ils continuent de consommer de l’électricité et du refroidissement.
    L’IA soutient le travail intellectuel.
    Mais derrière elle se tiennent les GPU, l’électricité, le refroidissement, les centres de données et les chaînes d’approvisionnement des semi-conducteurs.
    En surface, la civilisation moderne semble être une civilisation de l’information.
    Mais à un niveau plus profond,
    c’est une civilisation du feu.
    Quelque part, toujours,
    un feu est entretenu.
    Comme chez les zoroastriens de l’ancienne Perse,
    il ne faut jamais laisser le feu s’éteindre.
    Et plus la civilisation du feu devient grande,
    plus sa gestion devient lourde.
    Parce qu’elle produit de la chaleur, il faut la refroidir.
    Parce qu’elle s’use, il faut remplacer les pièces.
    Parce qu’elle utilise du carburant, il faut transporter ce carburant.
    Parce qu’elle produit des déchets, il faut traiter ces déchets.
    Parce qu’elle est dangereuse, il faut la surveiller.
    Parce qu’elle est complexe, il faut former des spécialistes.
    Cette structure est ce qui rend la civilisation moderne tout entière si lourde.

    3.À mesure que les systèmes deviennent plus avancés, leur gestion devient trop lourde

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    Une salle de serveurs dans un centre de données.

    Ici, revenons à l’axe central de cet essai.
    À mesure que les systèmes deviennent plus avancés, leur gestion devient trop lourde.
    N’est-ce pas ce qui se produit aujourd’hui dans de nombreux domaines ?
    Les avions militaires sont devenus hautement avancés.
    Mais leur maintenance est devenue lourde.
    L’IA est devenue hautement avancée.
    Mais son exploitation exige désormais d’énormes ressources de calcul, de la surveillance, des mesures de sécurité, du travail juridique, de l’évaluation et de la gestion des données.
    Les systèmes informatiques des entreprises sont devenus plus pratiques.
    Mais les SaaS, les API, l’authentification, les autorisations, les journaux, les audits, la sécurité, les renouvellements de contrats et la réponse aux incidents se sont multipliés.
    La médecine est devenue plus avancée.
    Mais les appareils médicaux, les médicaments, les examens, les données, les assurances, les réglementations et l’obligation de rendre des comptes se sont multipliés.
    L’administration a été numérisée.
    Mais l’intégration des systèmes, les informations personnelles, l’authentification, la gestion des prestataires et la réponse en cas de panne système sont devenues lourdes.
    Chaque technologie individuelle progresse.
    Et pourtant, le système technologique dans son ensemble ne devient pas plus léger.
    Au contraire, il devient plus lourd.
    C’est étrange.
    À l’origine, la technologie était censée rendre la vie humaine plus facile.
    Et pourtant, la technologie moderne exige des êtres humains de nouvelles charges de gestion.
    Introduire un nouveau système.
    Surveiller ce système.
    Gérer le système de surveillance.
    Documenter les procédures de gestion.
    Mettre à jour les documents.
    Configurer les autorisations.
    Répondre aux audits.
    Préparer la réponse aux incidents.
    Et même après tout cela, des accidents se produisent encore.
    Alors de nouveaux éléments de gestion sont ajoutés.
    Un accident se produit.
    Les contre-mesures augmentent.
    Les procédures augmentent.
    Les validations augmentent.
    Les journaux augmentent.
    Les frontières de responsabilité augmentent.
    Le système devient encore plus complexe.
    La civilisation moderne est clairement entrée dans ce cycle.
    N’est-ce pas une spirale de mort ?
    Une spirale d’effondrement ?
    Augmentation des performances.
    Complexification.
    Alourdissement de la charge de gestion.
    Épuisement sur le terrain.
    Accidents.
    Contre-mesures supplémentaires.
    Complexité supplémentaire.
    Le crash du B-52 en est un exemple.
    Le problème de disponibilité opérationnelle du F-35 est le même.
    Le problème de la reproduction des Tomahawks est le même.
    L’expansion des centres de données de l’IA est le même phénomène.
    La question n’est pas la supériorité ou l’infériorité de chaque technologie prise séparément.
    La vraie question est que le système technologique lui-même commence à dépasser les limites de ce qui peut être géré.
    Alors pensons dans la direction opposée.
    Si une civilisation avancée doit durer longtemps,
    de quelles conditions aurait-elle besoin ?

    4.Les conditions nécessaires à une civilisation durable

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    Conditions nécessaires à une civilisation durable

    Si une civilisation avancée doit durer longtemps, alors plusieurs conditions seront nécessaires, au minimum.
    Premièrement, elle doit être peu destructrice.
    Chaque fois qu’elle obtient de l’énergie, elle ne doit pas détruire l’objet dont cette énergie est tirée.
    Brûler, diviser, faire exploser, racler, jeter.
    Si de telles méthodes restent au centre de la civilisation, alors plus cette civilisation devient grande, plus sa charge sur l’environnement devient lourde.
    Deuxièmement, elle doit produire peu de chaleur résiduelle.
    À mesure qu’une civilisation grandit, sa chaleur résiduelle grandit elle aussi.
    Centrales électriques, usines, villes, centres de données, systèmes militaires.
    Si tous continuent d’émettre de la chaleur, alors le refroidissement lui-même devient une charge pour la civilisation.
    Troisièmement, elle doit impliquer peu d’usure.
    Un système technologique à forte usure dépend du remplacement des pièces, de la maintenance, de l’approvisionnement et des chaînes d’approvisionnement.
    Même s’il est avancé, une civilisation qui exige constamment des pièces de rechange est lourde à long terme.
    Quatrièmement, elle doit avoir une faible charge de gestion.
    Spécialistes, surveillance, journaux, validations, mises à jour, contrats, frontières de responsabilité.
    Si ces éléments augmentent trop, la civilisation verra ses ressources consommées par sa propre gestion.
    Cinquièmement, elle doit être hautement circulaire.
    Elle ne doit pas consommer les ressources dans une direction à sens unique, mais fonctionner sous une forme plus proche des cycles de la nature et de la vie.
    Elle ne doit pas être une civilisation qui prend, brûle et jette.
    Elle doit être une civilisation qui circule.
    Sixièmement, elle doit être hautement intégrée.
    Les êtres humains, les dispositifs, les environnements, les champs et l’énergie ne doivent pas être trop séparés les uns des autres.
    Plus ils sont séparés, plus la gestion des connexions devient nécessaire.
    Et lorsque la gestion des connexions augmente, les accidents et l’usure naissent à cet endroit.
    Septièmement, la vie, l’environnement et les dispositifs ne doivent pas s’opposer les uns aux autres.
    Si faire fonctionner les dispositifs détruit l’environnement, et si protéger l’environnement signifie que la technologie ne peut plus être utilisée, alors une telle civilisation ne peut pas durer longtemps.
    Une civilisation durable ne doit pas être une civilisation puissante mais brutale.
    Elle doit être une civilisation puissante mais silencieuse.
    À partir de ces conditions, les contours d’un système technologique différent de la civilisation moderne commencent à apparaître.
    Non pas une civilisation qui brûle le feu et pousse vers l’avant,
    mais une civilisation qui se connecte aux champs.
    Non pas une civilisation qui détruit la vie pour l’utiliser,
    mais une civilisation qui nourrit la circulation de la vie.
    Non pas une civilisation qui gère d’énormes machines,
    mais une civilisation dans laquelle la forme et le lieu eux-mêmes fonctionnent.
    Pour penser ce modèle alternatif,
    je vais présenter plusieurs exemples.
    À partir d’ici commence l’expérience de pensée que j’ai mentionnée plus haut.

    5.Le Wright Flyer : basse technologie, et pourtant futuriste

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    Le 17 décembre 1903, les frères Wright américains — l’aîné Wilbur et le cadet Orville — réussirent le premier vol motorisé habité de l’histoire avec leur avion motorisé construit par eux-mêmes, le Wright Flyer.

    Vu depuis notre époque, le Flyer des frères Wright relevait de la basse technologie.
    Une structure en bois.
    Des ailes recouvertes de tissu.
    Des câbles.
    Un petit moteur.
    Des hélices.
    Un système de contrôle actionné directement par le corps humain.
    Du seul point de vue du niveau technologique,
    il ne peut pas être comparé aux avions militaires modernes.
    Du point de vue moderne,
    c’était une machine presque aussi simple qu’un vélo électrique.
    Et pourtant, il y avait en lui quelque chose que la technologie moderne a perdu.
    Sa structure était visible.
    On pouvait comprendre comment il se casserait.
    La distance entre l’être humain et l’avion était courte.
    Son objectif était simple.
    Il n’existait que pour voler.
    Le Wright Flyer était peu performant.
    Mais sa gestion était légère.
    Bien sûr, je ne dis pas que nous devrions revenir au Wright Flyer.
    Il ne s’agit pas d’affirmer que nous devrions abandonner la technologie aéronautique moderne et retourner au bois et au tissu.
    Ce qui importe est ceci : la maturité technologique ne signifie pas nécessairement l’augmentation de la complexité.
    La simplicité de la basse technologie.
    La complexité de la haute technologie.
    Et au-delà,
    il existe la simplicité de la technologie ultra-avancée.
    Une technologie avancée,
    mais simple du point de vue de ceux qui l’utilisent.
    Sa charge de gestion externe est légère.
    La distance entre les êtres humains et les outils est courte.
    On peut comprendre comment elle se casse.
    Son existence même fonctionne.
    La technologie future n’est pas un immense actif informatique comme un avion militaire moderne.
    Elle retrouve plutôt la simplicité du Wright Flyer à un niveau différent et plus avancé.
    Le Wright Flyer relevait de la basse technologie,
    mais il indique la direction de la technologie future.
    Si nous pensons ainsi,
    l’histoire du vol commence à apparaître un peu autrement.

    6.Les montgolfières et Nazca : obtenir un point de vue aérien avec du tissu et du vent

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    Il existe des expériences dans lesquelles de grands morceaux de tissu trouvés dans les Andes anciennes ont été utilisés pour faire voler de véritables montgolfières.

    Les êtres humains s’étaient déjà approchés du ciel avant les frères Wright.
    Comme technologie de vol, la montgolfière est assez simple.
    Un grand morceau de tissu.
    Le feu.
    L’air.
    Le vent.
    Une nacelle.
    Des cordes.
    Il n’y a pas de moteur.
    Il n’y a pas de système de contrôle complexe.
    Un combustible, comme du bois de chauffage, est nécessaire,
    mais mécaniquement parlant,
    elle est extrêmement simple.
    La montgolfière est proche d’une version aérienne du voilier.
    Un navire utilise l’eau et le vent.
    Une montgolfière utilise l’air et la chaleur.
    Les deux sont des technologies qui chevauchent un milieu naturel.
    Une fois que les êtres humains avaient acquis la technologie permettant de tisser des voiles pour les navires,
    les conditions techniques nécessaires à la fabrication de l’enveloppe d’une montgolfière étaient déjà largement réunies.
    Maîtriser le feu.
    Tisser le tissu.
    Fabriquer des paniers.
    Lire le vent.
    Pour une civilisation possédant ce niveau de technologie,
    s’élever dans le ciel lui-même n’aurait pas été impossible.
    Ici, les lignes de Nazca entrent en scène.
    Les immenses géoglyphes de Nazca sont difficiles à saisir comme images complètes depuis le sol.
    On peut voir des parties des lignes.
    On peut aussi les parcourir comme des chemins.
    Certains peuvent être vus depuis des collines ou des pentes.
    Mais les formes d’ensemble des animaux et des figures géantes sont incomparablement plus faciles à comprendre depuis le ciel.
    Si tel est le cas, il est naturel de considérer qu’un point de vue aérien a été utilisé au cours de leur réalisation.
    Les géoglyphes géants et le point de vue depuis le ciel appartiennent clairement au même champ de problèmes.
    Ils peuvent être réalisés depuis le sol.
    C’est vrai.
    À l’aide de piquets et de cordes, de grandes figures peuvent être agrandies et tracées au sol.
    Mais le fait qu’elles puissent être réalisées depuis le sol ne signifie pas qu’elles n’ont jamais été vérifiées depuis le ciel.
    Même aujourd’hui, de grandes publicités au sol et des figures de relevé peuvent être réalisées entièrement par un travail au sol.
    Et pourtant, normalement, elles sont vérifiées depuis le ciel.
    Drones.
    Hélicoptères.
    Photographies aériennes.
    Images satellites.
    Pour confirmer l’image d’ensemble,
    un point de vue vertical est incomparablement pratique.
    La même possibilité peut être envisagée pour Nazca.
    Le tissu, le feu, le vent et l’œil humain.
    Avec cela seulement,
    un point de vue aérien pouvait être obtenu.
    Ici encore, nous trouvons une direction différente de la technologie moderne.
    Il ne s’agit pas de dominer le ciel avec d’énormes moteurs.
    Il s’agit de se connecter au ciel par le tissu et le vent.
    Comme un voilier qui prend la mer.
    Faible performance,
    mais gestion légère.
    Par rapport à son objectif,
    le système technologique n’est pas excessif.
    Cela ne dépasse pas simplement la civilisation du feu.
    Cela révèle une autre possibilité, antérieure au moment où la civilisation du feu est devenue énorme.

    7.La Lumière de Dendérah : une pensée technologique de la lumière sans feu

    画像
    Une image quelque peu embellie de la Lumière de Dendérah. Cherchez-la en ligne si nécessaire.

    Dans le temple d’Hathor à Dendérah, dans l’Égypte ancienne, il existe un relief mural qui ressemble à une ampoule électrique.
    Lorsque les modernes le regardent, ils y voient une forme semblable à une ampoule, une ligne qui ressemble à un filament, quelque chose qui ressemble à un câble, et quelque chose qui ressemble à un support.
    Pour cette raison, on dit souvent que l’Égypte ancienne aurait pu posséder des ampoules électriques.
    Mais ici, il n’est pas nécessaire de le considérer comme une ampoule à incandescence.
    Au contraire, le voir comme une ampoule à incandescence, c’est imposer l’imagination technologique des modernes au monde ancien.
    Ce qui est intéressant, c’est qu’il ressemble à une lumière qui n’est pas le feu.
    Une lumière qui n’est pas la chaleur.
    Une lumière qui n’est pas l’incandescence.
    Une lumière liée aux plantes et à la vie.
    La lumière des lucioles, par exemple.
    Les plantes à bulbe.
    Le lotus.
    L’énergie serpentine.
    La vie.
    La régénération.
    La génération.
    La lumière.
    Dans l’imagerie de l’Égypte ancienne, le lotus est important.
    Il est lié à l’eau, au soleil, à la régénération et à la naissance de la vie.
    Le serpent, lui aussi, est lié à la force vitale et à la puissance divine.
    Si tel est le cas, cette image n’est pas une simple représentation d’une ampoule électrique. Elle est la trace d’une pensée technologique qui intègre les plantes, la vie et la lumière.
    Même lorsque la civilisation moderne utilise les plantes, elle les utilise fondamentalement en les détruisant.
    Les brûler.
    Les manger.
    Les fermenter.
    Les décomposer.
    Les transformer en matières premières chimiques.
    Autrement dit, elle détruit d’abord la vie de la plante, puis en extrait l’énergie.
    Mais les plantes sont, en premier lieu, des êtres qui convertissent la lumière du soleil en activité vitale.
    Là se trouve l’indice d’un système énergétique différent du feu.
    Photosynthèse.
    Faibles différences de potentiel électrique.
    Courants bioélectriques.
    Réactions chimiques.
    Luminescence.
    Résonance.
    Croissance.
    Circulation.
    S’il existe une technologie capable de tirer de l’énergie des plantes ou des systèmes vivants sans les détruire, alors elle avance dans une direction complètement différente de celle de la civilisation moderne.
    Elle n’utilise pas le feu.
    Elle ne brûle pas.
    Elle ne détruit pas l’objet.
    Elle ne produit presque pas de chaleur.
    Elle se connecte à la circulation de la vie.
    Ce n’est pas la civilisation du feu.
    C’est la civilisation de la vie.
    Bien sûr, nous ne pouvons pas affirmer que l’image de Dendérah montre réellement un tel dispositif.
    Selon l’interprétation standard, il s’agit d’une image religieuse et mythologique.
    Mais on ne peut pas dire que, parce qu’il s’agit d’une image religieuse, elle n’a rien à voir avec la technologie.
    Dans les civilisations anciennes, la religion, l’observation de la nature, la technologie, les visions de la vie et la cosmologie n’étaient pas séparées comme elles le sont aujourd’hui.
    Les modernes les séparent et demandent : « Est-ce de la religion, ou est-ce de la technologie ? »
    Mais pour les anciens, la lumière, la vie, les plantes, les dieux, le cosmos, le rite et la technologie pouvaient exister à l’intérieur d’un seul et même système.
    En ce sens, la Lumière de Dendérah est importante.
    S’il existe une lumière qui n’est pas le feu,
    alors il peut aussi exister une civilisation qui n’est pas le feu.

    8.La pyramide est un OVNI qui ne vole pas

    画像
    La pyramide n’est pas une tombe. N’est-elle pas un dispositif générateur d’énergie ?

    Ici, je vais passer à un exemple encore plus audacieux.
    La pyramide.
    N’est-il pas beaucoup trop simple de voir la pyramide seulement comme une tombe ?
    N’était-elle pas, à l’origine, autre chose qu’une tombe ?
    N’était-elle pas un dispositif construit pour un autre objectif ?
    Ne peut-on pas la comprendre comme un dispositif générateur d’énergie ?
    Bien sûr, en égyptologie, la pyramide est comprise comme une tombe royale et comme le centre d’un complexe funéraire. Cette interprétation possède des bases suffisantes. Je n’ai pas l’intention de la nier simplement ici.
    Mais être une tombe et être un dispositif ne se contredisent pas.
    Dans l’Antiquité, la mort d’un roi n’était pas simplement la mort d’un individu.
    La royauté, le soleil, les étoiles, la renaissance, la terre, le monde souterrain et les dieux y étaient tous connectés.
    Si tel est le cas, la pyramide était plus qu’une boîte destinée à contenir un corps. Elle était un dispositif destiné à connecter la terre et les cieux.
    Lieu.
    Orientation.
    Forme.
    Masse.
    Pierre.
    Espace intérieur.
    Relation avec les corps célestes.
    Relation avec le Nil.
    Relation avec le désert occidental.
    Relation avec la direction du soleil couchant.
    La pyramide n’est pas un tas de pierres placé dans un lieu arbitraire.
    Elle est placée dans un lieu porteur de sens, conçue avec précision, dotée d’une orientation, dotée d’une forme, et fixée dans un champ.
    Ici apparaît la ressemblance avec les OVNI.
    Si un OVNI n’est pas une machine qui se déplace par carburant et moteurs, mais un dispositif qui se déplace en se connectant à un champ, alors la pyramide est un dispositif de champ fixé à la terre.
    Aucun moteur n’est visible dans un OVNI.
    Aucun moteur n’existe dans une pyramide.
    Aucun carburant n’est visible dans un OVNI.
    Aucun carburant n’existe dans une pyramide.
    Vu de l’extérieur, on ne comprend pas pourquoi un OVNI se déplace.
    Il existe une histoire selon laquelle un ingénieur américain aurait un jour découvert par hasard un OVNI sans occupant qui avait effectué un atterrissage d’urgence au sol. Il serait entré avec empressement à l’intérieur et aurait cherché un moteur, du carburant et un système de contrôle, mais n’aurait rien trouvé. Il aurait conclu que l’OVNI ne pouvait pas voler s’il n’était pas associé à son occupant.
    La pyramide, elle aussi, vue de l’extérieur, ne révèle pas pourquoi elle a été construite avec une telle précision.
    Si un OVNI est un dispositif de champ mobile, alors la pyramide est un dispositif de champ fixe.
    Autrement dit, la pyramide est un OVNI qui ne vole pas, et un OVNI est une pyramide mobile.
    Les deux sont extrêmement similaires.
    Ils ressemblent au même système technologique.
    C’est une inférence.
    Mais comme modèle de système technologique, c’est fascinant.
    La civilisation mécanique moderne enferme la fonction à l’intérieur d’un dispositif.
    Moteurs, circuits, câblage, logiciels, capteurs, systèmes de refroidissement.
    L’intérieur du dispositif devient complexe.
    Mais un dispositif de type pyramidal est différent.
    Il ne fonctionne pas par une machinerie interne.
    Il fonctionne par le lieu et la forme.
    Il ne fonctionne pas par le carburant.
    Il fonctionne par sa relation avec le champ.
    Il ne fonctionne pas par des pièces mobiles.
    Il fonctionne par son existence même.
    C’est extrêmement écologique.
    Une fois construit,
    il ne nécessite aucun carburant.
    Il ne produit aucune chaleur résiduelle.
    Il comporte peu d’usure.
    Sa charge de gestion est légère.
    Il continue d’exister pendant des milliers d’années.
    Les énormes dispositifs de la civilisation moderne continuent de consommer de l’électricité.
    Ils nécessitent du refroidissement.
    Ils nécessitent le remplacement des pièces.
    Ils nécessitent des mises à jour logicielles.
    Ils nécessitent des spécialistes.
    Mais la pyramide forme un champ simplement en existant.
    Cette direction est plus proche non pas de la civilisation mécanique moderne, mais d’un système technologique de type OVNI.

    9.Une technologie qui manipule le système gravitationnel

    画像
    Isaac Newton mordant dans une pomme — la naissance de l’iPhone ?

    Alors, qu’est-ce que ce « champ » ?
    Le candidat le plus important est la gravité.
    Le vol moderne est une technologie qui résiste à la gravité.
    Un avion crée de la portance avec ses ailes.
    Un hélicoptère pousse l’air vers le bas avec ses rotors.
    Une fusée brûle et éjecte du propergol.
    Un avion à réaction brûle du carburant et pousse l’air vers l’arrière.
    Autrement dit, la gravité elle-même est laissée inchangée, et nous nous forçons à nous y opposer avec du carburant et des machines.
    Dans cette méthode, le carburant est toujours nécessaire.
    Les moteurs sont nécessaires.
    La chaleur est produite.
    L’usure apparaît.
    La maintenance devient nécessaire.
    Les accidents arrivent.
    Mais si la gravité elle-même peut être manipulée, le sens du vol change.
    On ne vole pas vers le haut.
    On tombe vers le haut.
    On ne se propulse pas latéralement.
    On tombe latéralement.
    On ne pousse pas avec du carburant.
    On change le gradient du champ.
    Dans cette manière de penser, les ailes, les moteurs à réaction et le carburant de fusée ne sont plus essentiels.
    Ce qui est nécessaire, c’est une technologie qui manipule le champ gravitationnel, ou les propriétés de l’espace lui-même.
    Bien sûr, la science moderne ne l’a pas mise en pratique.
    La gravité nous semble familière, et pourtant elle n’a pas été pleinement comprise.
    Dans la relativité générale, la gravité est expliquée comme la courbure de l’espace-temps.
    Mais son intégration avec la théorie quantique reste incomplète.
    En cosmologie, les problèmes de la matière noire et de l’énergie noire demeurent également.
    La gravité est extrêmement proche de nous, et pourtant elle contient encore de profonds mystères.
    Si le système gravitationnel peut être contrôlé dans une autre direction, la technologie du mouvement de la civilisation change depuis ses fondations.
    Il n’est plus nécessaire de voler en brûlant du carburant.
    Il n’est plus nécessaire de pousser avec des moteurs.
    La gravité peut être inversée,
    et l’on devient capable de tomber vers le haut.
    Il n’est pas nécessaire de forcer l’aéronef à être léger.
    Il n’est pas nécessaire de rejeter d’énormes quantités de propergol.
    Le vol de type OVNI n’est pas une propulsion.
    C’est le contrôle de la direction de la chute.
    Ici, nous voyons une pensée technologique complètement opposée au B-52 et au F-35.
    Les avions militaires modernes s’opposent à la gravité par le feu, les machines et les logiciels.
    La technologie de type OVNI lit la gravité elle-même et se déplace dans le champ.
    La première est forte, mais lourde.
    La seconde, si elle est établie, est forte, silencieuse et légère en gestion.
    C’est le cœur de la civilisation du champ.

    10. Une technologie qui tire une énergie cyclique des plantes

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    Si une plante à bulbe de la famille des lys est saine, elle continue d’émettre une lumière non thermique même après le coucher du soleil.

    Si la clé du mouvement se trouve dans la gravité, alors la clé de la vie et de l’énergie se trouve dans les plantes et les systèmes vivants.
    La civilisation moderne utilise les plantes en les détruisant.
    Brûler le bois.
    Manger les récoltes.
    Les fermenter.
    Extraire l’huile.
    Les transformer en matières premières chimiques.
    Les transformer en biocarburant.
    Tout cela est utile.
    Mais fondamentalement, ce sont des technologies qui commencent par couper, décomposer et consommer l’activité vitale des plantes.
    Les plantes, pourtant, reçoivent à l’origine la lumière du soleil, créent de la matière organique à partir du dioxyde de carbone et de l’eau, croissent, respirent et font circuler la matière avec l’environnement.
    La plante elle-même est déjà un dispositif avancé de conversion énergétique.
    La civilisation moderne voit les plantes comme du carburant.
    Mais une autre civilisation voyait les plantes comme des convertisseurs du champ et de la vie.
    Les faibles différences de potentiel électrique que possèdent les plantes.
    Le processus de photosynthèse.
    Les réactions chimiques.
    La luminescence.
    Le parfum.
    Les rythmes de croissance.
    Le mouvement de l’eau.
    Les réseaux fongiques souterrains.
    Les connexions avec le soleil, le sol, l’eau et l’atmosphère.
    Une technologie qui utilise cela sans le détruire change la vision même de l’énergie dans la civilisation.
    Ce n’est pas « brûler les plantes ».
    C’est une technologie de connexion aux plantes.
    Si la Lumière de Dendérah est lue dans cette direction, alors elle n’est pas une ampoule à incandescence.
    Elle n’est pas le feu.
    Elle n’est pas l’électricité.
    C’est un dispositif qui connecte les plantes, la vie et la lumière.
    Il tire l’énergie vitale des plantes à bulbe.
    Il manifeste cette énergie sous forme de lumière sans chaleur.
    Sans utiliser le feu, sans détruire l’objet, il obtient de la lumière à l’intérieur de la circulation de la vie.
    Bien sûr, ce n’est pas une technologie établie par la science moderne. Aucun dispositif réel n’a été trouvé. On ne peut pas l’affirmer comme artefact physique.
    Mais comme modèle de civilisation, elle est importante.
    La civilisation moderne pense l’énergie comme quelque chose à « extraire de l’extérieur ».
    Extraire le carburant du sol.
    Le transporter.
    Le brûler.
    Produire de l’électricité.
    La transmettre.
    La consommer.
    La jeter.
    Une autre civilisation pense l’énergie comme quelque chose auquel on se connecte par la circulation.
    Ne pas brûler.
    Ne pas détruire.
    Ne pas la transporter depuis un lieu lointain.
    Ne pas exiger un immense réseau électrique.
    Dans un lieu où la vie existe, le champ lui-même fonctionne.
    C’est la civilisation de la vie.
    Si la manipulation du système gravitationnel résout le problème du mouvement, alors l’énergie cyclique des plantes et des systèmes vivants résout le problème de la vie quotidienne et du maintien du lieu.
    Champ et vie.
    Ces deux éléments deviennent les clés pour descendre de la civilisation du feu.

    11.De la civilisation du feu à la civilisation du champ et de la vie

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    Une comparaison entre la civilisation du feu et la civilisation du champ, ainsi que leurs dispositifs générateurs d’énergie.

    Organisons ce que nous avons vu jusqu’ici.
    La civilisation moderne est une civilisation du feu.
    Brûler.
    Briser.
    Transformer en chaleur.
    Pousser.
    Refroidir.
    Remplacer.
    Gérer.
    Cette civilisation est forte.
    Grâce à cette civilisation, l’humanité a volé dans le ciel, traversé les mers, atteint l’espace, construit des villes, fait fonctionner des ordinateurs et créé l’IA.
    La civilisation du feu ne peut pas être niée.
    Le feu est une grande technologie pour l’humanité.
    Mais le feu est l’entrée de la civilisation, non sa forme achevée.
    La civilisation du feu est extrêmement efficace lorsque son échelle est petite.
    Mais lorsqu’une civilisation entière en vient à dépendre du feu, de la chaleur et d’une gestion énorme, ses limites commencent à apparaître.
    Le carburant devient nécessaire.
    La chaleur résiduelle augmente.
    L’usure augmente.
    La maintenance devient lourde.
    L’approvisionnement en pièces devient complexe.
    La gestion logicielle devient lourde.
    Le terrain ne peut plus suivre.
    À mesure que les systèmes deviennent plus avancés, leur gestion devient trop lourde.
    C’est la maladie de la civilisation moderne.
    Alors un autre modèle de civilisation peut exister.
    Comme indices, cet essai a examiné plusieurs exemples.
    Le Wright Flyer.
    Basse technologie, mais faible distance entre l’être humain et la machine.
    La montgolfière.
    S’élever dans le ciel avec seulement du tissu, du feu et du vent.
    Nazca.
    Le problème des immenses géoglyphes et du point de vue aérien.
    Dendérah.
    Une lumière qui n’est pas le feu, et l’intégration des plantes, de la vie et de la lumière.
    La pyramide.
    Un OVNI qui ne vole pas, fonctionnant par le lieu et la forme.
    L’OVNI.
    Un dispositif mobile connecté à un champ, sans moteur visible et sans carburant visible.
    Ces éléments ne sont pas alignés comme des preuves.
    Ce sont des indices pour relativiser la civilisation moderne.
    Ce qu’ils ont en commun, c’est qu’ils ne relèvent pas d’une civilisation qui pousse avec le feu.
    Lire le champ.
    Lire la gravité.
    Lire l’orientation.
    Lire la forme.
    Lire le lieu.
    Lire les plantes.
    Lire la circulation de la vie.
    Ici apparaît le contour d’un autre modèle civilisationnel.
    De la civilisation du feu
    à la civilisation du champ et de la vie.
    Cela ne signifie pas abandonner le feu.
    Cela signifie retirer le feu du rôle central.
    Le feu sera utilisé.
    Mais il ne sera pas placé au centre de la civilisation.
    Ce qui est placé au centre, c’est le champ.
    Gravité, terrain, orientation, corps célestes,
    espace, forme, résonance.
    L’autre centre, c’est la vie.
    Plantes, photosynthèse, circulation,
    croissance, luminescence, connexion avec l’environnement.
    Une civilisation qui place ces deux éléments en son centre prendra une forme différente de celle de la civilisation moderne.
    Faible destruction.
    Faible chaleur résiduelle.
    Faible usure.
    Faible charge de gestion.
    Forte circulation.
    Forte intégration.
    Aucune opposition entre la vie, l’environnement et le dispositif.
    Si une civilisation avancée à longue durée de vie existe, elle doit satisfaire ces conditions.
    Une civilisation qui continue de brûler finira par souffrir de sa propre chaleur résiduelle, de ses propres déchets et de sa propre charge de gestion.
    Une civilisation qui continue de détruire finira par perdre les objets mêmes qu’elle détruit.
    Une civilisation qui continue de s’étendre finira par devenir ingérable.
    Par conséquent, une civilisation mûre doit devenir plus silencieuse.
    Vue de l’extérieur,
    elle aura l’air de ne rien faire.
    Et pourtant, par son existence même, elle fonctionne.
    Elle ne brûle pas de carburant.
    Elle se connecte au champ.
    Elle chevauche la circulation de la vie.
    La pyramide ressemble à cela.
    L’OVNI ressemble à cela.
    La Lumière de Dendérah ressemble à cela.
    Ce qu’ils furent réellement comme faits historiques n’est pas le point ici.
    Mais comme pensée technologique, ils sont importants.
    Si la civilisation moderne continue de s’étendre ainsi, les problèmes du B-52, du F-35 et des centres de données de l’IA ne feront qu’augmenter.
    Ce ne sont pas de simples accidents ou dysfonctionnements.
    Ce sont des problèmes dans la philosophie de conception de la civilisation elle-même.
    Rendre plus performant.
    Rendre plus grand.
    Rendre plus rapide.
    Rendre plus multifonctionnel.
    Gérer davantage.
    Cette manière de penser approche de sa limite.
    Ce qui est nécessaire n’est pas une machine de feu encore plus grande.
    Ce qui est nécessaire, c’est un autre système technologique construit à partir de l’ensemble de conditions opposé.
    Ne pas détruire.
    Ne pas brûler.
    Ne pas produire trop de chaleur.
    Ne pas s’user facilement.
    Garder la gestion légère.
    Faire circuler.
    Ne pas s’opposer à la vie.
    Se connecter au champ.
    Dans cette direction,
    il y a de la place pour penser le système technologique de l’avenir.

    Conclusion : La question qui a commencé avec le B-52

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    Un Boeing B-52 Stratofortress lançant en vol un BGM-109 Tomahawk, dans le style d’une illustration de boîte de maquette

    Le crash du B-52 est, à un certain niveau, un accident aérien. Sa cause doit être clarifiée par l’enquête. Mais il arrive qu’un seul accident ouvre une question plus vaste.
    Une question fondamentale.
    Cela peut-il vraiment durer ?
    Superposer de nouvelles technologies à une vieille cellule.
    Augmenter les performances.
    Électroniser.
    Transformer en logiciel.
    Complexifier.
    La gestion devient plus lourde.
    Le terrain ne peut plus suivre.
    Le jugement devient plus difficile.
    Un accident se produit.
    Ce n’est pas seulement un problème d’avions militaires.
    La civilisation moderne dans son ensemble avance dans la même direction.
    Il en va de même pour l’IA.
    Il en va de même pour les centres de données.
    Il en va de même pour les réseaux électriques.
    Il en va de même pour les villes.
    Il en va de même pour les systèmes administratifs.
    À mesure que les systèmes deviennent plus avancés, leur gestion devient trop lourde.
    On ne peut pas répondre à cette question simplement en disant : « Alors, gérons davantage. » Si la gestion augmente, le système ne fait que devenir plus lourd. C’est pourquoi le problème doit être abordé dans la direction opposée.
    Qu’est-ce qu’une technologie qui ne se brise pas facilement, même sans gestion constante ?
    Qu’est-ce qu’une technologie qui fonctionne sans brûler ?
    Qu’est-ce qu’une civilisation qui ne produit pas sans fin de la chaleur résiduelle ?
    Qu’est-ce qu’un dispositif qui ne s’oppose pas à la vie ?
    Qu’est-ce qu’une architecture dans laquelle le champ lui-même fonctionne ?
    Qu’est-ce qu’une forme de vol qui ne repousse pas la gravité,
    mais qui lit la gravité ?
    De la civilisation du feu
    à la civilisation du champ et de la vie.
    Ce n’est pas une proposition technologique réalisable immédiatement.
    C’est plutôt
    un remplacement du modèle civilisationnel.
    Mais tant que le modèle ne change pas,
    la direction de la technologie ne changera pas.
    Tout commence par le fait de penser.
    Tout commence par la pensée.
    La question qui a commencé avec le crash du B-52
    conduit finalement ici.
    Combien de temps l’humanité continuera-t-elle une civilisation qui place le feu dans le rôle principal ?
    Et peut-elle imaginer le système technologique qui vient après le feu ?
    L’avenir ne se situe pas nécessairement au-delà de machines encore plus grandes.
    Il se trouve à l’intérieur d’un système technologique plus silencieux, plus léger, et plus proche du champ et de la vie.

    画像
    Un chat tigré roux, croisé, duveteux, méditant sur le destin de la civilisation

    Fin.


     
     
    母星から遠く離れ、この星の辺境に棲息。地球文明と言語を学ぶ。公開中の『シン・聊斎志異』は、善悪の短編小説集。国際情勢、洋書の原書購読、その他投稿。

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