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「答えをくれる人」を探していた私が、見つけた“答え”

    「この人なら、生きづらさの答えを知っているはず」

    そんなふうに、誰かについて行きたくなったことはありませんか。

    ちゃんと生い立ちから理解してもらえたら。
    こころの専門家にたどり着けたら。
    そうしたら、私はきっと元気になれる。

    昔の私は、本気でそう思っていました。

    不登校、適応障害、産後の心の不調。
    人生の中で「どうしたらいいかわからない」状態が、長く続いていた頃のことです。

    SNSを開くと、

    「お話聞きます」
    「自己理解できます」
    「生きづらさの理由がわかります」

    そんな言葉が、やさしく差し出されている。

    正直、惹かれました。

    「ここに行けば、何かがわかるかもしれない」
    「私の生きづらさに、名前をつけてもらえるかもしれない」

    理由がわかれば、対策がわかる。
    これからどうすればいいかも、この人なら知っているかも。

    そんな期待を胸に、無料のコンテンツを渡り歩いていました。


    「答えがある」と言われている気がした

    生きづらさのタイプ。
    トラウマ。
    アダルトチルドレン、HSP。

    知識はたくさん教えてくれる。

    でも、
    「私はどれ?」
    「じゃあ、どうしたら楽になるの?」
    そこは、いつも曖昧なままでした。

    じゃあ、カウンセリングを受けたら。
    お金を払えば、今度こそ答えがもらえるのかも。

    そう思いながらも、私はどうしても一歩を踏み出せませんでした。


    依存してしまいそうで、怖かった

    もしそこで、
    「あなたはこういうタイプです」
    「原因はここです」
    「だから、こうしましょう」
    そう言われたら。

    私はきっと、それを“正解”にしてしまう。

    もし、その答えがしっくりこなかったとき、
    「助けてくれると思っていたのに」
    そんなふうに幻滅してしまう自分の姿が、簡単に想像できました。

    弱っているときほど、期待値は跳ね上がる。
    だからこそ私には、その関係性がとても危うく感じられたんです。


    答えを渡す側にも、なれなかった

    実は一時期、
    「カウンセラーになる側」も考えたことがあります。

    でも、学びながら気づきました。

    答えを求められること。
    依存されること。
    ブレないこと。

    それ自体が、私には重たかった。

    もし答えを渡す存在になってしまったら、
    それはもう、教祖と信者の関係。

    「この人が言うこと=全部正解」
    思考停止したまま、判断を明け渡してしまう構図。

    私は、そのどちら側にも立ちたくなかったから。


    「正解探し」に疲れていた

    思い返せば、若い頃から私は、
    ずっと「正解探し」をしてきました。

    「私はHSS型HSP」
    「アダルトチルドレンのケアテイカー」
    「境界性パーソナリティ障害かも」

    「答えっぽいもの」は、確かに手に入ります。

    でも、心の奥の違和感は消えなかった。

    あれでもない、これでもない。
    探し続けて、疲れきっていました。


    答えは、最初からあった

    元気になってきた今、
    はっきり思うことがあります。

    私を一番救ってくれたのは、
    誰かの言葉じゃなくて、
    自分が書いた言葉でした。


    noteやInstagramで、
    自分の体験、迷い、引っかかりを
    ごまかさずに言葉にしてきた時間。

    「あ、私はこう感じてたんだ」
    「本当は、これが苦しかったんだ」

    答えは、最初から自分の中にあった。
    ただ、それを直視するのが怖かっただけでした。


    もし今、答えを探している人がいたら

    カウンセリングやコーチングを否定したいわけではありません。
    それで楽になれる人も、たくさんいると思います。

    ただ、もし今、
    「誰かに答えをもらいたい」
    「ここに行けば救われるかも」
    そんな期待が大きくなっているなら。

    少しだけ、立ち止まってみてほしい。

    答えは、誰かの口から渡されるものじゃなくて、
    自分の中で、少しずつ言葉になるものだから。

    急がなくていい。
    今はまだ、見えなくてもいい。

    あなたの中にある感覚は、
    たぶん、もう知っているはずです。

    今日も、ちょうどいいを探してる🪴


    最後まで読んでくださって、ありがとうございました!


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    🪴こんな記事を書いています


     
     
     
    「どちらか」ではなく、「どちらも」を探す人。 「これしかない」と思っていたものを一度ほどいて、自分に合う形に編み直していく庭。日常の出来事を、少し違う角度から見つめるエッセイを書いています。 🥖食べられる気づきを置く、思想パン屋 2児の母|Kindle2冊📚

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