
パパメンデルスゾーンとプレゼント
数年前の9月のこと。誕生日が近いウェールズ人の夫と私宛に、英国で暮らす義父から誕生日プレゼントが届いた。開けてみると、たくさんの古いポストカード、義父方の遠い血縁にあたるFelix Mendelssohn(作曲家・メンデルスゾーンとして知られる)の肖像と、その顔が刻まれた記念コインが出てきた。
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結婚する前、英国人の義父からの初めてのプレゼントは、「ウミユリ」の化石だった。前期ジュラ紀、約2億年前の生物らしく、とてもロマンがあって、自然をこよなく愛する元生物の先生の義父らしいプレゼントだった。
でもウミユリなんて知らないし、彼と初対面だった私は、直径5ミリ・薄さ1ミリ程度のちっちゃい星のような化石を受け取って、なんと言ったらいいのかわからず、英語でとっさに反応することができなかった。
結婚報告で渡英して再会したときも、また化石をくれた。同じ種類の化石だったけれど、このときは厚さが8ミリくらいあった。「プレゼントしたくて探したら、こんなに大きいのが見つかったよ!」と手渡され、彼にとって特別なものだったのだとわかって、そのワクワクした様子が可愛らしくて嬉しくなった。
夫からはよく、「パパはけちなんだ」と聞いていた。あまりお金を使いたがらないのだという。
結婚祝いの化石をもらった数日後、義父がオックスフォードにつれていってくれた。戦時中、夫の祖父がドイツから逃れて定住したこの土地で義父は生まれ育ち、愛着ある故郷の大学で学んだ。
いかにも英国のイメージの霧雨模様の中、夫にとっても子ども時代の思い出がある界隈を歩き、義父はカレッジの入構パスのような「卒業生カード」をちょっと誇らしげに守衛さんに見せてキャンパスに入ると、ハリー・ポッターの映画のような古めかしい食堂などを案内してくれた。
ご当地出身者がガイドの無駄のないコンパクトなツアーの仕上げは、お土産選び。自分で着るためのカレッジ公認Tシャツを吟味していると、「買ってあげるよ」と義父。
彼が取り出した財布に、私の目はくぎ付けになった。
いったい、何年使っていたんだろう!? 今にも“崩壊”しそう!
四隅に金属の装飾が施された財布の革の表面は傷つき、縫い糸もほつれて全体的にヨレヨレのペラペラ。私の頭に浮かんだのは、金具がとれたらまるで柱が倒れて家が崩壊するかのように、お財布がバラバラになってしまうシーン。
まだ使えるのだから、お財布の見た目なんてまったく気にならない。
そんなことよりも、身の回りで日々、色や形を変える草木や生物、見つけた鉱物などの観察にいとまがなく、大好きな自然の世界に生きている義父のことが、もっと好きになった。
帰国してまもなくの義父の誕生日に、私は財布をプレゼントすることに決めた。
閉店セール中の店に出かけ、黒の本革の財布を探し出した。義父が持っていたのと同型の二つ折り財布で、質実剛健のノーブランド。3千円程度だったと思う。
ブランドには興味がないだろうし、第一、物質的な価値以上の部分にお金を使うことを義父は嫌うはず、というのが義娘の理解だった。きっとこれなら納得してくれるだろう。値段を伝えるわけでもないのに、そこにはこだわった。
届いたと義父から連絡がきて、夫は「すごく喜んでた」と言った。でも、「長年使っている財布が気に入っているのに余計なことを」と思っていないかなと、義娘は少し心配していた。
しかし、義父は本当に、心から喜んでくれていた。3年後、渡英して再会したとき、財布を取り出して用を済ませようとしていた義父がふと手を止めて、水戸黄門の印籠よろしく、私にその財布を見せつけてきたのだ。
言葉はなかったけれど、その ぴかーん! とした笑顔で、通じ合えた瞬間だった。
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私たちへの誕生日プレゼントに届いた古いポストカードの宛名のほとんどは、夫宛だった。夫が子どもの頃、祖母や伯母、ゴッドファーザーなどが旅先から送ってくれたポストカードだという。
そして、「このカードのことをShieに説明するのを楽しんで」というメッセージが書かれた、義父の手作りバースデーカードが添えられていた。
中に1枚、たどたどしい筆跡で義母と義兄弟に宛てたカードがあった。夫が嬉しそうにそれをピックアップすると、「10歳のとき、パパとブルガリアに行って僕が家族に送ったカードだ!」。
義父は、出張があるたび、三兄弟の誰か1人を連れていったのだという。
少年時代の夫が書いたカードは宛先だけが義父の筆跡で、最後に見慣れない文字が書かれていた。
「これ、わかる? ブルガリア語で「イタリア」って書いてあるんだよ」。
夫は5歳から10歳までイタリアで育った。
私は、カードのかわいらしい文字をたどり、英語の文面を声に出して読み上げた。イタリアの家で待つ家族に宛てて、ブルガリアでのその日の他愛もない出来事をつづった、子供らしい手紙だった。
ただ、いくつか読めない単語があった。知らない言葉かと思ったら、「スペルが間違ってる」と夫が自分で指摘する。
「この頃はイタリア語のほうが強くなっていたから、英語は話せても、書くのが難しかったんだよね」。
一文字、一文字、丹念に文字を書きつける、不器用そうな少年の映像が頭を通り過ぎていった。
時間と空間を超え、夫の懐かしい思い出の中に私たちをトリップさせてくれた義父からの贈り物。
送料以外は、ほぼ無料。