父の不倫と、母の自殺と、再婚と②
前回
母が自殺した時、私は悲しいと思えなかった。
それなのに涙がぼとぼと溢れた。
どこか安心したような心地と、悲しむこともできない自分への自己嫌悪、悲しいわけではないと何度も繰り返し訴えているのに、そうと決めつけて慰めようとばかりする周囲への恐怖でただ泣いた。
父も泣いていた。
母の棺桶に縋り、妻に先立たれた悲劇の夫といった様子で声をあげて泣いていた。
その様子を私は冷めた目で見ていた。
父は散々母に嫌がらせをしていた。
頭が悪い、デブ、ブタ、センスがないなどと、わざと母に聞こえるように侮辱し、それを楽しんでいる様子で笑っていた。
明らかに嫌がるそぶりを見せていた母の様子を気にすることもなく、寧ろそうした反応こそが面白いといった様子で、何度も、何度も、わざと侮辱的で無神経な言動を繰り返すことをやめなかった。
母はそうした事柄に苦しみ、傷ついていた。
私を抱きしめ、泣いていたことさえあった。
挙句、いつからかは知らないが父は不倫に走り、不倫相手から送られてきた性行為を示唆するメールを娘である私に目撃されて尚、それを優先した。
母に、家庭に向き合うことを放棄し続けた父が、悲劇の夫として振る舞う様子に吐き気を催した。
嘆く権利がどこにあるのかと殺意すら覚えた。
あいつが、私が、不倫相手が、母を自殺に追い込んだようなものなのに?
母の死を身勝手だと、我儘で死んだ、子供を捨てたなどと父は侮辱した。
俺はあいつとは違うと、そう言って。
母の死を侮辱し、母と比べて自分の方が優れていると主張する権利が父の一体どこにある?
私が心を壊した一番の要因は父であるのに?
例え身勝手だったとして、母が選んだ死の選択を非難する権利は、この世の誰にもありはしない。
母は確かに苦しんでいた。
ずっと、ずっと、ずっと。
死んでしまうぐらいなら、全て捨ててしまってよかったのに。
何もかも捨てて、生きる道を選んだって、よかったのに。
その選択を選べないぐらい、母は追い詰められていたのだろう。
死ぬ必要がなかった人を、私達は死なせた。
私達が死なせた。
父から再婚の話を切り出さられたのは、母の死から1年ほど経った頃だったと思う。
