もういない。

母親が自殺した時、私は悲しいと思えなかった。
どこか安心した。苦しい事が一つ減ったと思った。
同時に母親の死を悲しめない自分を酷いと思った。
それが苦しくて泣き、「可哀想に。悲しいんだね」と慰めようとする人たちに違う、違うと訴えて泣き、「大丈夫だよ、悲しくていいんだよ」と言われることに、誰にも訴えが通じないことに恐怖を覚えて更に泣いた。

好きだったのかと言われればそうだとは言えない。
けれど、嫌いかと言われればそうでもなかった。
祖父が病気で死んでから、家族という空間の中で好きと言える大人はいなかった。
好きだと思えていたのは兄だけだった。

墓参りにいこうとすれば胸の内が嫌な風にざわついた。
行きたくないというのが素直な気持ちで、それなのに人が「自殺なんかして恥晒しだ」と言うのを聞けば酷く腹が立った。
一体何が恥晒しなのか。
それは余りにも酷い侮辱だ。

「我が儘で死んだ、子供を捨てた」と言われれば酷く傷ついた。
間違いではないと思う。
けれど、人が自死を選ぶにはそれ相応の苦しみが付き纏うものだ。
穏やかな心持ちで、自らの人生に納得して幕を引いたのでもなければ。
彼女には彼女なりの悩みや痛み・苦しみがあったのだ。
例えそれが他人から見て、どんなにくだらなくてつまらないものであったとしても。

知っている。覚えている。
彼女は泣いていた。苦しんでいた。
「話し言葉に主語がない」「頭が悪いから何を言いたいかわからない」と聞こえるように馬鹿にされて、私を抱きしめて泣いていた。
「怒鳴り声が怖い」と私は言った。
「自分が怒鳴られるのも、別の誰かが怒鳴られるのも怖い」
「あの人は家族のことなんか何も考えていない」と彼女は言った。
そうではないと思った。そんなことは決してないと。
言えなかった。言ってはいけない気がした。
言えば怒られる、傷付けると思った。

苦しんでいたのは彼女だけではなかった。
家族という空間の中で、誰もが皆何かに苦しんでいて、それに気がついていたのはきっと、私ただ一人だけだった。
子供だからわからないわけではなく、きっと子供だからこそ気がついていた。

きっと、私のせいだった。
何に苦しんでいるのかわからなくても、何をするべきかわからなくても、何かを言わなければ、しなければいけなかった。
私が見殺しにした。

長い長い月日が経って、漸く自分が母親の死を悲しんでいることに気がついた。
それを認めてしまえば、誰かを傷付けるような気がしていた理由も。

ちゃんと好きになりたかった。
話を聞いて欲しかった。
聞いてあげればよかった。
きっと、もっと、何かを私がしなければいけなかった。

けれど、もう遅い。
どこにもいない。

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