
チロル会音楽部~ロック青春記 第23話*奇妙な体験
その春、中学を卒業した僕らは、高校生となり、近所に住む日高君といつも連れ立って登校するようになった。
その高校は、「上町(かんまち)」と呼ばれる、かつて薩摩藩鹿児島城下の士族たちが住んでいた閑静な町にあり、そこに行くまでには、路面電車を利用し、護国神社前電停から繁華街『天文館』を通り抜け、竪馬場電停で降りて学校まで歩く。所要時間は1時間近かったが、それを「遠すぎる」と感じることはなかった。
登校途中には、日高君とのロック談義に花が咲いたし、学校帰りには、天文館で途中下車しレコードショップや楽器店を冷やかす。授業中も音楽のことばかり考えていて、一体何しに行っているのか分からないほどだった。
一日の生活スタイルが一新され、新たなフェーズへと突入し、気分的に、少しフワフワした状態だった。そこに加えて、コンテストでの優勝。ザ・レイクの名前も地元で少しは知られるようになり、僕らは有頂天になっていた。
ある日、学校帰りに日高君と天文館アーケードを歩いていると、後ろから追いついてきた若い男性に声をかけられた。
「レイクの方ですよね?」
バンド名と顏を覚えられていたことで、心をくすぐられた。
付近に開店したブティック《ブーケ》の企画部長だというその男性、店内でレイクのミニ・ライブを行いたいという。コンテストの優勝で、名が知られてきたので集客も見込めると言っていた。
― ついに仕事が来た! ―
この瞬間を待っていた。
他のメンバーも喜んでOKするだろうと伝えると、打ち合わせの日時を提案してきた。
さっそくその話を皆に伝えると、思ったとおり、皆すぐに乗って来た。演奏できるのであれば、どんな条件であれ、すっ飛んで行きたい奴ばかりだ。
指定された日に、意気揚々と店に出向き、若い女子店員さんに得意げにバンド名を告げた。
ところが、店員さんの対応は、どうも要領を得ない。ライブについては何も聞いておらず、歓迎されることを期待していた僕らは、肩透かしを食らった気分だった。
対応しかねた店員さん、店の奥にひっこみ、上役の男性を呼んできた。
― よかった! これでようやく話が通じる ―
こちらに向かって歩いた中年男性の姿が、救いの神のように見えた。これで、もどかしさから解放される。
そう思って、早速話しかけた。
「〇〇さんは、いらっしゃいますか? 今日この時間に来るように言われたんですけど」
「〇〇ですか? うちにはそういう者はおりませんが…」
「え? 名前を間違えたのかなぁ? 確か企画部の〇〇さんと、言ったと思うんですけど…」
「うちには、企画部という部署は無いですよ」
「え? 本当ですか? じゃあ、店自体じゃなくて、関係先のイベント屋の人でしょうかね? 中肉中背で、髪が長めの二十代の男の人だったんですけど・・・」
「いやぁ、そういう所とは、関わりはないですねぇ。コンサートをやるという話は全くないし、ご覧になっていただければおわかりいただけると思いますが、店には、演奏できるようなスペースはないです」
「じゃあ、あの人、一体誰だったんでしょうか?」
「さあ、わかりませんねぇ」
「騙されたっていう…、 ことですかね?」
「たぶん、そうだと思いますよ」
ぬぬぬ…
お・ちょ・く・られたのだ!
しかし、何のためにこんなことを?
顔を知っていたのだから、たぶんコンテスト会場にいた人間である。
高校一年のガキが優勝したことが、それほどまでに妬ましかったのだろうか?
それにしても、それらしい嘘まででっちあげて、暇な奴もいたものだ。ほかにすることはないのか?
まったく…。