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チロル会音楽部~ロック青春記 第3話*チロル会音楽部、活動開始!

 チロル会の仲間意識は、日に日に強くなって行ったが、器楽部での単調なハーモニカ生活は、どう向き合っても、その退屈さを克服できそうになかった。
 ― それじゃあ、自分達で好きなようにやってみようではないか! ―
 というわけで、ある日ある時、皆でそれぞれ好きな楽器を持って末原君の家に集まり、独奏やアンサンブルなどを楽しんだ。
 六畳ほどの部屋に、日頃あまり目にしない楽器が次々と持ち込まれた。ギターケースが開き、ウクレレの乾いた音が鳴り、大正琴の金属弦が震えた。誰かがオルガンの電源を入れると、部屋に低い唸りが満ちた。

 さあ、いよいよ《チロル会音楽部》の活動開始である!

 などと、高らかに宣言してしまったが、実は、その誕生の瞬間を僕は知らない。
 話が持ち上がった日、チロル会には参加せず、直行で帰宅してしまっていたのだ。
 そんなわけで、その演奏に最初に接したのは後日、オープンリールのテープレコーダーから流れてくる、録音された音を聴いたときだった。
 演奏されていた曲が何だったか、しっかりは覚えていないが、映画音楽の『駅馬車』、そして、器楽部で打楽器を担当していた小牧君のボーカルで、ザ・タイガースの『花の首飾り』が含まれていたことだけは覚えている。
 末原君が、録音テープを音楽準備室に持ってきて、部活が始まる前、先生に内緒で備品のテープレコーダーを使って皆で楽しく聴いていた。ところが、その日に限って、いつもはそんな早い時間には姿を見せない指導の先生が入ってきた。
 ― ヤバい! ―
 備品の無断使用だけでもまずい。しかも流れているのは、学校には内緒で録った自分たちの演奏。しかも流行歌だ。
 相手は、決して穏やかな性格の持ち主ではない。いわゆる熱血教師タイプ。常日頃、特に男子生徒に対する指導には容赦がなく、言葉も辛辣極まりない。無暗に刺激すると危険な生物なのだ。僕ら全員、そんな彼とは、緊張感漂う一種の敵対関係にあると思い込んでいた。
 ところが…、
 自分らの予想に反して、彼の反応は悪いものではなかった。その様子から察するに、たぶん彼は胸の内で、こう呟いていたに違いない。
 ― 熱意あるオレの指導が、こんなに音楽好きな子供たちを育てたのか ―
 彼は、教え子たちの演奏に聴き入っていた。そして、いつもの練習を開始する前に、それを部員たちに聴かせた。それも好意的なコメント付きで…。
 ウクレレや大正琴など、中学生が演奏するには珍しい楽器もあったし、演奏者の一人、徳森君が電動オルガンで弾いた曲は、バッハのコラールという格調高いもの。それが、皆が抱いていた楽器へのチープなイメージを鮮やかに覆した。
 「へえ、これオルガンなの?」
 聴いていた器楽部員から、そんなささやきが聞かれた。
 1曲ごとに、「会長」山下君のナレーションが入っているのも面白かった。声に張りがあり、抑揚も豊かで茶目っ気があった。
 中でも、徳森君の演奏を、
 「普通のオルガンですよ。カッコいい!」
 と紹介していたのが、印象的だった。
 僕はそれを聴きながら、自分がそこに加わっていないことにジェラシーを感じていた。チロル会の活動に、もっと積極的に参加していれば良かったと悔やみ、2回目の練習からは、当然、僕もそこに参加するようになった。
 この寄せ集めの音楽遊びが、その二年後、ぼくら三年になるころには、急速にロック・バンドとしての方向性が固まっていく。だが、このころの僕らはまだ、そんな気配など微塵もなく、そのまま老人ホームの慰問にでも使えそうな、素朴でのどかな音を出していた。
 僕らが集まって演奏を楽しみ始めた1968年という年、イギリスのロック・シーンに目を移すと、大きな変革の波が押し寄せていた。ボーカルのみがヒーローだった時代は去り、エリック・クラプトンやジミ・ヘンドリックスなど、才能溢れるギタリストたちが新たな時代のヒーローとして台頭してきていた。僕らが、音楽雑誌などを通じてその情報を知るには、もう少しだけ時間が必要だった。

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