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Photo bykamome_neko_note

冷蔵庫の前に横たわる獣 ―母が私に授けた、愛より確実な実利という武器―

    実家の冷蔵庫の前には、母という名の獣が横たわっている。

    これは、愛されないことを嘆くより、奪いに行く強さを。冷蔵庫の前の獣(母)が私に授けた、血の通った武器の話である。

    「あの婆さん、哀れやな~」

    そう言いながら、怪しく笑う母。 一体、どの口がそんなことを言うのか? 幼子ながらに呆れていた私。 母にひれ伏すが如く接する祖母に、何とも言い難い感情が押し寄せた。

    母が帰省した途端、冷蔵庫の前に万年床が敷かれる。そこが母という獣の聖域だった。 布団カバーは真っ白で、殆どしわが無い。娘の帰省を念頭に、祖母の気遣いが痛いほど伝わってくる。

    母はその上に鎮座し、司令塔と化す。 「お母さん、お腹空いたな~、ご飯まだか~?」 冷蔵庫をジャックした上に、身の回りの世話まで要求する厚かましさよ。

    捨てられた「虎」の、八歳からの生存戦略

    母は一日のほとんどを、布団の上で過ごす。食事の時でさえもだ。 お行儀のよい祖母が、そんなことを娘に許しているのには、深い訳がある。

    母は、産まれたその日に祖母に捨てられた。 「女の子は、将来稼いで老後の面倒を見てくれないから」と。

    母は、祖母に過去のツケを払わせる気満々だ。罪悪感に苛まれ、苦悩の色を浮かべる祖母。素直に母の帰省を喜んでいるのかは、謎だった。驚くべきことに、この儀式は実家だけに留まらない。祖母が我が家にやって来た時でさえ、母は当然のようにあの万年床を再開させるのだ。

    母は黙って捨て子に甘んじているようなタマではなかった。 「クソー、いつか、実の両親の処へ帰ってやるんじゃわ~」

    こうして、母は小学校2年生で実の両親の処へ逃げ帰った。 母は、実の母親からの温かい抱擁を期待したが、それは見事に打ち砕かれた。祖母の愛情を独占していたのは、男の子である弟だったのだ。

    赤子の頃より「虎」とあだ名された母の闘争の日々はこうして始まった。 母の家には、有象無象がたむろしていた。

    「今日の昼飯代が無いから、五百円貸せ!」と言うヤツ。 「お布施をもっとしないから、不幸なんですよ!」とほざく宗教団体の輩。 「飯を食わせろ!」とたかりに来る親戚達。

    母は思った。 「変なヤツらとばっかり付き合っとるさかい、幸せになれへんのよ!」

    虎の実力行使はすぐに開始された。 母の「戦い」の歴史は、すでに8歳の時から始まっていたのだ。

    気に入らない客人がやって来ると、母はその爪でバリバリと引っかき、噛みつき、髪を引っこ抜きながら蹴りを入れた。 「早う、かえりやがれ!」と叫びながら。

    客人達は部屋中を追いかけ回され、悲痛な声を上げながら逃げ惑った。 「ヒ―、助けて~」「痛い、痛い」

    こうして、客人が追い出され、静まり返った部屋の中で戦慄を覚えて一人呆然と立ち尽くす祖母。その横で、母は誇らしげに、その勝利を噛み締めていた。 「やったたで!」

    悟りの境地と、手づかみの握り寿司

    戦場の後片づけをしながら、祖母は我が子の矯正を心に誓った。 だが、祖母の誓いなど、母にとっては取るに足らないものだった。

    家が極貧だろうが、そんなことは、母には関係なかった。寿司が食いたければ、食えるまで戦う。 ある日、母の手を引いてお寺にお参りに出かけた祖母は、古びた財布から百円玉を取り出して、お賽銭箱に投げ入れた。これが、母の逆鱗に触れる。

    「お母さんは、子供にリンゴのひとつも買わんくせに、何しよるんか!」

    お寺の帰りの道すがら、母は、すし屋の店の前で祖母の手を引っ張りながら騒いだ。 「お母さん、あれ、食べさせて~な!」

    すし屋の前の死闘は二時間以上にも及び、遂に祖母が根負けした。 「弟には、内緒やで!」

    すし屋で寿司を食らう娘を、祖母は半ば睨み付けるような眼差しで眺めていた。 「弟は、無理言わんのにな……」 母は平然と祖母に言い放った。 「お母さんも食べへんのか?」

    母は初めて目にする握り寿司を、手づかみで胃の中に流し込んだ。 「うまいな~」

    祖母は、母に「人間は諦めが肝心や!」と繰り返し説いた。 しかし、母がそれに従うことはなかった。もはや、母は祖母の愛情など必要とはしていなかった。祖母の愛情と引き換えに、空腹に耐える弟を見た母は、自分の欲望に忠実であることを決断した。

    祖母のイライラは募った。「貧乏人らしく大人しくしとけ!」 母は、その言葉を冷めた心で一蹴した。

    「この、アホが!」

    僅か八歳の母の悟りの境地であった。 やがて、このような母の悟り自体が、母自身に成功をもたらした。大手企業の受付嬢を経て、重役秘書にまで登り詰めた母。哀れな祖母を放ってはおけず、稼いだお金のほとんどすべてを祖母に渡して、家計を支えたのだ。

    一方、祖母に溺愛されて育った弟は、一円も家計に入れなかったというから、皮肉だ。 母が高らかに笑う。 「アイツはな~、傾いた嫁の実家へ行って『ご馳走食わせろ!』とか騒ぐ、もらい乞食に成り下がったんじゃわ~」

    母親文化の断絶と、自走する「男おしん」

    やがて、結婚して私を産んだ母が実家へ帰る。 重役秘書という華やかなキャリアを捨て、専業主婦という静かな檻に入ったはずの三十代の母。

    しかし、実家の敷居を跨いだ瞬間、彼女は一切の「役割」を脱ぎ捨て、冷蔵庫の前に横たわる一頭の獣に戻るのだった。母の滞在は決まって一ヶ月。

    母が実家へ着いた途端、冷蔵庫の前に布団を敷く祖母。そこへ、母がなだれ込む。 「花甘露育てて、疲れたわ!」と。

    母は、この先、一切の活動を停止する。この間、幼い私の面倒を見るのは祖母の役割だ。 十三時になると、祖母はおにぎりとお味噌汁を、母の枕元にそっと置く。すると、布団からにゅっと手が出て来て、おにぎりやお味噌汁が消えて行くのだ。

    母は言う。「寝食いが、いちばん旨いねんで!」

    祖母は私達のために、冷蔵庫をビールやご馳走で一杯にしている。母は、気が向いた時間に冷蔵庫を開けて、布団の上でビールを飲みご馳走を食らうのだ。 夜になると、祖母が風呂上がりの母のマッサージを始める。 「花甘露、抱っこし過ぎて、腰痛が治らんねん!」

    祖母は、私の手を引き、商店街へ向かいお買い物をする。時には、おままごとをし、針仕事を一緒にする。これを見た母。 「あの婆さん、因果応報やな! 私をちゃんと育てんかったさかい、孫の面倒、見る羽目になるんやわ!」

    当時幼子だった私は、この発言を半ば呆れながら聞いていた。 「あんたのお母さん、母親らしくないな~」 そう、私に嘆く祖母に、母は言い放った。

    「母親文化はな~、遠の昔に断絶しとんじゃわ~!」

    母が実家を離れる日。祖母の心配事と言えば…… 「アンタ、お父さんにお土産のひとつでも買って行かへんのか?」 これを聞いた母は、激怒。 「お父さんはな~、私に重たい思いをさせるようなしょうもない男じゃないんじゃわ~」

    父は、自走できる男。母がいない間に、家の中は片付き、ピカピカに。 父もまた、苦労人。両親から愛されなかったという点では、母と同じ境遇下だ。母は、そんな父の中に自分を見つけたのかも知れない。

    皮肉にも、祖母は父に「男おしん」というあだ名を授けた。 夏休み、親戚中をたらい回しにされる幼い父。背中には、自分とさほど歳の変わらぬ子供。 慣れない家事をこなし、ねんねこを着て泣く子をあやす日々。 父にとっての「居場所」とは、与えられるものではなく、そうして身を削って獲得するものだったのだ。

    甘えることが許されなかった父は、「女としての甘えがない!」との理由で母を妻に迎えた。

    独身時代、何も持たぬ父に車や衣服を買い与えた母は、与えてもらうことよりも与えることを良しとしていた。

    「欲しい」なら、言葉を尽くして奪い取れ

    一方、祖母の家は、孫の私を全肯定してくれる甘く優しい場所。 祖母の家を後にした途端、私はそのミルキーな世界から断絶され、再び「生存戦略」が問われる日常へと引き戻されるのだ。

    ある日のこと。母に「アイス、買って!」と言ったところ……。 母は、私を無視した。頭上から私を冷徹に見つめる母は、不気味ですらあった。普段から母の火山を目の当たりにしている私にとって、母の沈黙はまだ可愛い部類だった。

    私は、これを拒絶と解釈してそのまま引き下がった。家に着いた途端、母は激高した。 「アンタっちゅう子は、なんと物足りない子なんや!」 「なんで、言葉を尽くして、アイス買ってもらおうとせんのか?」 「アンタの『欲しい!』は、その程度のもんなんか! もっと、ガッツ出さんか~!」

    母の大袈裟な怒号が鳴り響くが、私は冷静だった。まさに私の欲望など、母が言うところの「その程度のもん」だったからだ。

    私が吐いた言葉は、大いに母を落胆させた。

    「お母さん、無いものは、出せませんよ!」

    この時の母の異様な表情を、私は忘れない。 母が、言葉を絞り出した。

    「そうか、無かったか……」

    落胆の色を浮かべた母は、しばらく固まったままだった。 しかし、母は諦めなかった。これ以後、母は私が主張しない限り、殆どのものを与えないという暴挙に出始めたのだ。

    我が家には当初からサンタさんなど来なかったのだが……。ある年のクリスマス。母は、私に囁いた。 「花甘露、クリスマスに何か欲しかったら、お父さんのところへ行って言うねんで!『プレゼント、くれ!』ってな!」

    それ以降、クリスマスになると、私は父の前に立って言った。 「お父さん、今日、何の日か知っとるか? 五千円くれる日やねんで!」

    すると、父は「覚えとったと?」と苦笑いしながら財布から五千円を取り出した。最終的に、この行事は私が大学を卒業するまで続けられ、その金額は一万円になっていた。

    愛より確実な「実利」という武器を抱えて

    祖母は、そんな可愛げのない私を見て驚愕した。 だが、一番恐ろしいのは、驚愕する祖母を見て甘美な喜びに浸る母なのかも知れない。

    母は、私に言った。 「花甘露、ばあちゃんはアンタにようしてくれとるけどな、ホンマに可愛いのはアンタやない! ばあちゃんがホンマに可愛いと思っとるのはな、男の子の孫や!」

    父は、笑いながら言った。 「これも、お母ちんの賜物たいね!」

    私は、幼子なりに悟っていた。 もはや、愛するとか、愛されるとか、そんなことはどうでもよい。目の前の実利を、淡々と受け取ればよいではないか。

    学生時代、私は複数の友人から「親の愛情を獲得できない!」とか「兄弟の中で一番になれない」という話を聞いたことがある。 だが、悩んだところで、それは獲得できるものなのか?

    無いものは獲得できない。 ならば、自ら獲得できるものを全力で掴みに行く。

    現在、社会人である私。上司に気に入られるのを待っていてはチャンスは訪れない。私は自ら志願して、バックオフィスの展示会参加の許可を取り付けた。今まで私が居る部署で、このような主張をした者はいなかったそうだ。周囲が上司の顔色を伺う中、私は母譲りの図々しさでチャンスを捥ぎ取った。

    関係者全員分の参加許可を取り付けたが、参加したのは私一人だけだった。誰かに嫌われることを恐れ、周囲と歩調を合わせる者たちを横目に、私は一人で最新の知識を独占した。

    その時、ふと思ったのだ。あの時、母が私に『ガッツ出さんか!』と怒鳴ったのは、こういうことだったのか、と。

    愛されようとするから、足が止まる。 認められようとするから、他人の顔色を伺う。

    私は、誰の承認もいらない。ただ、自分の手で実利を掴み取るだけだ。

    今日も私は、実家の冷蔵庫の前で転がり、堂々と「寝食い」を満喫している母から教わった、「実利」という名の研ぎ澄まされた武器を抱えて、戦場に立つ。


    ★このエピソードの原点となる【野生の継承 三部作】はこちら

    【野生の継承 三部作】

    第1弾
    エリート上司の毒を抜く、父の「そろばん」と「猛毒の直言」【野生の継承①】|花甘露

    第2弾
    真珠館の静寂を粉砕した、元重役秘書による「一撃」【野生の継承②】|花甘露

    第3弾
    真昼の銀河を履く女 ―母から授かった「狂気」という名のお守り―【野生の継承③】|花甘露

    ▼野生の継承三部作をまとめたマガジンはこちら
    真昼の銀河を履く ―わが家の野生生存記録―|花甘露|note


     
     
    産まれた日に実母に捨てられた母に育てられ、母性の代わりに「狂気」というお守りを授かった会社員。 2000日以上、日常に潜む銀河を掘り起こし続けています。 穴あきパンツから職場の泥棒まで、この世の理解不能を、愛と毒で物語にします。

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