
エリート上司の毒を抜く、父の「そろばん」と「猛毒の直言」【野生の継承①】
私の父は相当な変人キラーだ。
もちろん普通の人たちにも愛されているのだが、どういうわけか、一癖も二癖もある人種ほど、父の持つ「得体の知れない磁力」に引き寄せられてしまう。
その片鱗は、学生時代からすでに現れていた。
地元のお祭りで、友人に無理やり女装させられ、街に引きずり出された時のことだ。
赤い口紅を塗り、ワンピースを着せられた父は言われるままに街を練り歩いた。
すると、父を見た途端、あちこちから「キャー! 綺麗!」と黄色い歓声が上がったのだ。
また別の日には、友人に連れていかれたバーで、百戦錬磨のママさんから真剣な面持ちでスカウトされた。
「あんた、うちの店で(女の子として)働かない?」
しかし、父は一秒の迷いもなくこれを一蹴した。
「そんな生活をしていたら、人生狂うと!」
父には、「人生が狂いそうな瞬間」が、その後も何度となく訪れることになる。
ある時、父は年上の女性から言われた。
「生活の面倒を見てあげるから、私と付き合いなさい!」
驚くべきことに、こうした誘いは一度や二度ではなかったらしい。
だが、父は常に、涼しい顔でその「黄金の檻」を蹴飛ばしてきた。
やがて就職した父を狙ったのは、なんと男だった。 それも一人ではない。
父はそれらの誘いを、持ち前の瞬発力で華麗にかわし続けた。
「俺は、そっちじゃなかと!」
以来、父の社会人生活は、執拗に迫りくる男たちから必死に逃げ続けるという、奇妙な「悲劇」の幕開けとなったのだ。
母と私は、このような父の姿を笑い飛ばしていた。
「どうせ、お父さんのことだから、また上手く逃げるんとちゃうか!」
「ハハハー」
そんな父の人生には、まるで磁石に吸い寄せられる鉄屑のように、奇妙な上司たちがわんさか現れては消えていく。
世に言う「気難しい成功者」たち。
彼らがひとたび権力の座に就くと、職場は一瞬にして「暴君の庭」と化す。
機嫌一つで空気が凍りつき、理不尽な命令が飛び交う。
周囲の人間たちは、彼らの顔色を伺い、魂をすり減らしながら、ただ嵐が過ぎ去るのを待つしかない。
職場はどんよりとした空気が充満し、従業員の歩みはまるで樹海へ入っていく歩みの如く重かった。
そんな、誰の手にも負えなくなった猛毒の職場で、決まって父にお鉢が回される。
ある日、職場に転勤でやって来た最高権力者は、高い専門性を持つ超エリートだった。
この変人の噂はすでに職場に轟いていた。
「あれは、狂っている!」
相手が狂っていれば狂っているほど、力を発揮するのが父だ。
父は平時の人ではなく、まさに乱世の人だ。
誰も彼に近寄りたがらないところ、父は不敵な笑みを浮かべながら、自らその虎に近づいて行った。
「虎穴に入らずんば虎子を得ず!」
父は、重々承知していた。
「捻くれた人たちに正攻法は通用しない!」と。
孤独な権力者が、目の前に現れた挑戦者を試す。
「この計算結果は、どうして導き出された?」
父はこの権力者の質問にひたすら答え続けた。
他の従業員は、システムが計算した結果だけしか報告できなかったのだ。
それ故、虎は皆を馬鹿にしていた。
古びたそろばんをはじいて仕事をしていた父は、皆の失笑を買っていたが、このことが功を奏した形となった。
父は、常に物事の構造を深く理解しようとしているのだ。
虎は父にひとこと言った。「ありがとう!」と。
その後、虎は何かにつけて父を呼び付けるようになった。
たが、父の最大の武器は別にある。
それは、真実という名のブラックユーモアだ。
サービス精神旺盛な父は、周りの人達にも楽しんでもらうのがモットーだ。
権力者は往々にして、お世辞やおべっかに慣れている。
彼らは変な下心を見破ることには、長けているのだ。
そもそも、このような人たちは孤独だ。
そんな権力者に自ら近寄って行く者など、そうそういたりはしない。
ある日、この「どうにもならない」とされている最高権力者が、エレベーターに乗っていた。
虎が父に声をかけた。
「君も一緒に乗らないのか?」
すると、父はあっけらかんと言い放った。
「〇〇さん、私、〇〇さんのことキライだから、一緒に乗りません!」
「次のエレベーターに乗りますから!」
父は、まばたきひとつせずにそう言った。
口元には、冗談とも本気ともつかない、あのとぼけた表情だけが浮かんでいた。
一瞬、エレベーターの前の空気が抜け落ちた。
周りの人達は、目を見開いたまま固まっていた。
一緒にエレベーターに乗っていたナンバーツーが呆れた様に言った。
「〇〇(父の名前)ちゃん、またそんな事言って……」
虎は静かにその場に佇み、苦笑いをしていただけだった。
その後、虎は父に言ったそうだ。
「出張に行くけど、君も一緒に行かないか?」
「私が、君のカバン持ちをするから!」
父は相変わらず言った。
「私、あなたのことキライですから。1人で行ってください!」
父にとって、卑屈になることは家畜の振る舞いだった。彼はいつだって、自らの牙と足だけで立つ「野生」を失わなかったのだ。
その後、入院した虎を毎日のように見舞った父。
少しでも見舞いに行かない日が続くと、彼は父に不満を漏らした。
「最近、なんで来ないんだ」と。
虎は、父の放つ猛毒にすっかりやられてしまっていた。
ギリギリの線を攻め続ける父。そのさじ加減は絶妙。
やがて、職場には平和が訪れた。
父が猛毒を使う相手は、決まって権力者だ。
ある部下が父に言った。
「貴方の言葉は誰よりもきつい。でも、貴方は誰よりも優しい」
「他の人達は言葉は優しいけど、(性格は)ちっとも優しくない」
父が権力者に立ち向かうのは、常に弱者の防波堤になるためだ。
猛毒を以て、猛毒を制す。
そんな父には、またひとつ悩みが増えてしまっていた。
「なんかさぁ~、また変な人に懐かれて、困ると!」
職場平和のために父が使う劇薬は、いつも不思議な副産物を生むのだった。
こうして猛毒の権力者を飼い慣らしてしまった父。そんな父から、私は一体何を「継承」してしまったのか。その野生の片鱗が、私の人生を大きく変え始めるのは、もう少し後のことだ。
本作は、普通という檻を壊し、独自の野生で生き抜く家族の軌跡を綴った**【野生の継承 三部作】**の第1弾です。
【野生の継承 三部作】
第2弾
真珠館の静寂を粉砕した、元重役秘書による「一撃」【野生の継承②】|花甘露
第3弾
真昼の銀河を履く女 ―母から授かった「狂気」という名のお守り―【野生の継承③】|花甘露
▼このシリーズをまとめたマガジンはこちら
真昼の銀河を履く ―わが家の野生生存記録―|花甘露|note