
🇻🇳レールの先に、娘のいる街があった ①|まえがき
父の7日間。娘の289日間。
この作品は、その二つの時間が静かに交差する紀行エッセイです。
昨年8月末、娘はベトナムに留学しました。その留学生活が終わりに近づいた頃、私と娘はハノイからダナンまで列車で南下し、ホーチミンへと旅に出ました。
トレインストリート、ホーチミン廟、フエ王宮、ハイヴァン峠、戦争証跡博物館、タンディン教会。旅はベトナムを代表する場所を巡りながら進んでいきました。
しかし旅を終えて振り返ると、記憶に残るのはそうした観光地ばかりではありませんでした。
朝のフォー。Grabでの移動。ローカル食堂。大学近くのカフェ。お気に入りの雑貨店。大家さん夫妻との会話。そして娘の部屋。
この作品が描いているのは、観光地ではなく「暮らし」です。
各章の終わりには、娘の留学生活を描く短い文章が差し込まれています。もう一つの旅、と呼んでもいいかもしれません。
写真の片隅に写った風景。何気ない会話。SNSに残された断片。私が見ていなかった時間が、少しずつ立ち上がってきます。
読者の方には二つの旅を同時にたどっていただくことになります。
私はベトナムを旅する。娘はホーチミンで暮らす。7日間の現在と、289日間の過去。二つの時間は並行して流れながら、少しずつ重なり始めます。
旅の前半、娘は同行者に見えるかもしれません。しかし読み進めるうちに、その見え方は変わっていきます。Grabを手配するのも娘。店を選ぶのも娘。大学や街を案内するのも娘。私は旅人であり、娘はすでにこの街の生活者になっていました。
この作品は、娘の成長を語ろうとはしていません。語りたいのは、その痕跡です。
学食。カフェ。雑貨店。QR決済。大家さんとの関係。部屋に残された生活の跡。そうした何気ない断片を通じて、異国の街が少しずつ「留学先」から「自分の街」へ変わっていくことに、書いていて気づかされました。
戦争証跡博物館では、娘と一枚の写真の前で立ち止まりました。交わされたのは短い会話だけでした。しかし、その言葉は旅の後も私の中に残り続けています。
この作品にはそうした場面がいくつもあります。何かを説明するのではなく、読者の中に静かに残していきたいと思いながら書いた場面です。
終盤、私は大学を歩き、大家さん夫妻の家を訪れ、娘が暮らした部屋に足を踏み入れました。そこで見えたのは留学の成果ではありませんでした。一人の若者が異国で暮らし、悩み、学び、友人を作り、日常を築いてきた時間そのものでした。
そして私は、その痕跡をたどりながら、自分の知らなかった時間を、少しずつ発見していきました。
この作品はベトナム旅行記であり、私と娘の旅の記録であり、留学生活のドキュメントでもあります。
しかし書き終えたあとに残るのは、ベトナムの景色ではありません。
自分の知らないところで流れていた時間。そして、その時間を静かに見つめた日々のことです。
この作品は全4記事で構成されています。
『レールの先に、娘のいる街があった』
①|まえがき
②|本編(前半)
③|本編(後半)
④|制作ノート
(各記事のURLは投稿後に追記します)