
魔王の贖罪 第28話 北の教会
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北の地に来て、二百年が経った頃だろうか。
俺はいつものごとく、仕事をする町を変えた。
これまでと同じ、寂れて薄汚れた町だ。
例のチラシを夜中に家々の前に置き、町外れの平原に小屋を作った。
一週間ほど待つと、人類が小屋に現れた。
いつもと同じ魔獣の駆除の依頼だ。
俺はそれを済ませ、わずかな金を受け取り、その町の商店に買い物に向かった。
するとわずかな商店の間に、ボロボロの小さな建物があった。
屋根には薄汚れた水色の旗が立っている。
これも教会なのだろうか。
俺が上空から見た水色の旗を掲げた建物。
それらは、もっと大きなものと感じられたが……。
そして人類の男が、その建物の前に立っていた。
魔人で言えば七千歳前後、人類で言えば五十歳くらいだろうか。
ひどく痛んだ服を着ている。
それは人類の魔法使いが着る服にどことなく似ていた。
俺は商店に買い物に来るたびに、その建物の前を通った。
その男はいつもそこに立っていた。
そのうちに、男は俺に話しかけてくるようになった。
「あんた、いつも一人だな」
ティムがいるので、俺は一人ではない。
だがティムは、人類の前には出ない。
だから人類から見ると、俺はいつも一人、ということになる。
「あんた、祈ってみないか?」
その男はある時、そう言った。
その言葉に、俺の心のどこかが揺さぶられた。
だが、人類と必要以上に関わってはならない。
俺はそう思い、目を逸らして、道を進んだ。
その男は、その後も俺が通りかかるたびに、声を掛けてきた。
次第に俺は、その男に興味を持つようになった。
どう言ったら良いだろうか……。
寂しそうで、力なく、貧しそうで、打ちひしがれたような表情。
それがすっかり板についちまってる。
俺が知る北の最果ての人類の一つの典型だ。
だが何故だか、そいつの顔は、穏やかで、満ち足りているようにも見える。
「中に入ってみるか?」
ある日、その男はそう言って、俺の前でその古びた建物の扉を開いた。
中には高さ2メトラ(メートル)ほどの絵画が見えた。
慈悲深い表情で穏やかに微笑む、若く美しい男と女が描かれている。
二人は、淡い光のような衣をまとい、手を繋いでいた。
「……あれは誰だ?」
「神が創られた私たちの父と母だろ……なんだあんた、知らないのか?」
その男女に誘われるようにして、俺は建物の中に入った。
絵画の手前には粗末なテーブルがあり、小さな肖像画が置かれていた。
俺は絵画をしばらく眺めた。
そして、肖像画に目をやった。
金色の長い髪の中年の女が描かれていた。
穏やかで、控えめで、包み込むような笑顔を浮かべる女。
小さな碧眼。
鼻も口も目立たず、地味な顔つき。
どこかで見覚えがある……。
そしてわずかな後、俺は息を呑んだ。
これは……エミリアか?
あの魔法使いの少女?
エミリアである気がしてならない。
俺の胸が大きく震えた。
「あんた……どうかしたか?」
「……いや」
その男は「まあ、座れよ」と言い、床の擦り切れた赤い敷物を指さした。
男は先に敷物に座り、目を閉じ、両手を組んで言った。
「多くを持つ者と何一つ持たない私、そのそれぞれの心に安寧が訪れますように」
そして男は「あんたも好きに祈れ」と言ったきり沈黙し、動かなくなった。
俺は敷物に座り、肖像画に描かれたその中年の女を見つめ続けた。
あの子供たちと過ごしたわずかな記憶が、ゆっくりと蘇る。
しばらくしてから、その男は立ち上がった。
サウラだと名乗り、「これでも牧師だ」と言った。
俺はハルクと名乗った。
それから俺は買い物のついでに、その教会に寄るようになった。
俺とサウラは並んで座る。
サウラはぶっきらぼうな口調で願いを言い、目を閉じて祈る。
俺は肖像画の中年の女を見つめる。
俺はごくわずかな金を敷物の端に置くようになった。
そして何度目かに、俺はサウラに、肖像画の人物について尋ねた。
「あんた、本当に知らないのか?」
「……ああ。ずっと森の中で一人だったんでな」
サウラは訝し気な顔をして答えた。
「大聖女エミリア様……我々の教会の誇り……かつて魔王を討伐した御方でもある……誰でも知ってるだろ?」
エミリア……。
俺の胸に万感の想いが込み上げた。