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魔王の贖罪 第25話 辺境暮らしの元魔王1

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     二百年ほど前だろうか……。
     
     俺は、神々の命令で五百年に渡り務めていた、魔王という仕事を放棄した。
     命令に背き、魔王城に現れた少年少女からなる勇者パーティを殺さなかった。
     俺は彼らに、神々や魔人の情報を与え、魔法を教えた。
     そして妖精のティムとともに、この北の地へと逃亡したのだ。
     
     遂に逃亡したという高揚。
     もう人類を殺さなくて良いという安堵。
     神々からの報復に対する恐怖。
     魔人の社会からはぐれて生きることへの不安。
     それらがごちゃまぜになった気持ち。
     
     そしてあの子供たちと過ごしたわずかな時間の記憶。
     
     それらとともに、俺は何日も空を飛び続けた。
     
     遠く離れた魔人と対話する魔法である念波。
     魔王城を発った翌朝から、そいつが俺の右耳に何度も不吉な信号音を立てていた。
     その度に脂汗が流れた。
     相手はおそらくシェーヌ・ノワール商会の連中。
     あるいは神々だ。
     俺は念波に応じなかった。
     
     だが、その日の夕方以降、念波はピタリと止んだ。
     おそらくだが、念波が届く距離には限界があるのだろう。
     おかげでそれ以上、神経をすり減らさなくて済んだ。
     
     そして俺は飛行速度を緩めた。
     ティムの身体への負担を和らげるためだ。
     
     俺は狩りや食事、わずかな眠りの時間を除き、二十日の間、ずっと飛び続けた。
     結局、俺が飛行した距離は、1万キトラ(キロ)を優に超えるだろう。
     そうして俺たちは、北の最果ての地にたどり着いたのだ。
     まだ夏なのに、寒さを感じたことを憶えている。
     灰色の空がどこまでも広がり、遠くの地平線には暗い色の海が見えた。
     眼下の一面には、30メトラ(メートル)はあろう、暗い緑の葉を宿す樹々が連なっていた。
     
     俺は森の奥深くに着地した。
     静寂の中に様々な物音が聴こえた。
     動物や虫の立てる音だろうか。
     そして風が樹々と葉を揺らす音。
     
     俺は氷魔法で手頃な太さの木を切り倒し、それで簡単な小屋を作った。
     次いで鹿を狩り、山菜を摘み、俺とティムは食べた。
     魔人社会からはぐれた俺だが、なんとかやっていけそうだと感じた。
     
     そうやって、俺とティムの辺境暮らしが始まったのだ。
     
     だが、問題はいくつもあった。
     
     とりわけ困ったのは、生活に必要な品物の調達である。
     俺たちは人類の金を持っていなかった。
     さらに俺は、尖った耳の、魔王と同じ大男である。
     金があったとしても、人類と接触し、物資を買うのは避けたほうが無難だ。
     
     そこで俺がやったことは、盗みだ。
     夜中に近くの町まで飛び、商店などに忍び込む。
     そしてパンや塩、胡椒、油、石鹸といった品を頂戴するのだ。
     
     酒の蒸留所からは、酒樽を何度も盗んだものだ。
     人類の酒はどれも水のようだが、琥珀色の甘い酒はガブ飲みすれば少しは酔えた。
     俺はいつも神々に怯えていて、酔ってそれを忘れる必要があった。
     
     さらに、俺にとってだけの大きな問題もあった。
     この北の地には、魔獣がいないのだ。
     トレントという樹木の魔物やイエティという雪の魔物などはいる。
     だが、魔人の好物であるヒドラやワイバーンといった、食える肉の魔獣がいないのだ。
     血だけは飲めるゴブリンすらもいない。
     
     北の地は、食の楽しみが皆無の場所だった。
     魔人の住処である漆黒の森とは正反対に、である。
     どうりで魔人が住まないわけだ。
     
     俺は魔獣の肉に飢え続けていた。
     だが、その肉は夢の中にだけ出てくる、夢の食べ物となり果てていた。
     
     あっさりした食べ物を好むティムは、逆にいつも機嫌が良かったのだが。
     
     「北は美味しくて安全な食べ物ばかり」だそうだ。




     
     **********




     
     北の最果ての地に来て最初の冬。
     その時のことは良く覚えている。
     森の樹々には雪が降り積もった。
     俺たちの小屋の周りも、毎日、雪かきが必要だった。
     森の中は一層、静まりかえり、聴こえる物音は減った。
     
     ひどく寒く、手持ちの服ではとても耐えられなかった。
     俺たちは寒さをしのぐため、服を手に入れる必要があった。
     
     だが、背丈が2メトラ20セトラ(センチ)の俺と、50セトラのティムに合う服は、人類のどの店にもなかった。
     仕方なく毛布や毛糸を盗み、俺たちはそれで服を作った。
     それは服と呼べないような代物だったが、暖かくはあった。
     俺たちはそれを何枚も重ねて着た。
     
     厳しい冬だ。
     俺はティムが病気にならないか、いつも不安だった。
     
     だが、悪いことばかりではなかった。
     
     冬にはいく晩かに一度、オーロラが出たのだ。
     夜の空一面に緑や水色の光が、グラデーションを描きながらゆらめく。
     地平線からこちらへ向かう、緩やかな光の波だ。
     俺とティムは上空で寒さに震えながら、それを眺めたものだ。
     俺にとっては初めて見るオーロラだった。
     
     二百年の間にすっかり見慣れてしまったが、それでもオーロラは美しいものだ。

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    WEB小説「魔王の贖罪」を投稿しています。重く残酷で、悲しく切なく、けれどその先には救いと解放があり、突き抜けていく大河ファンタジー小説です。究極の魔王ファンタジーを、今、ここに。 【目次】 https://note.com/maouno/n/nd9ba4742e5a0

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