
バチの健康日記 〜1.ピンとこない。レーシックで取り戻した輝きに曇り〜
創刊にあたって
もうすぐ54歳。いわゆる「団塊ジュニア」世代。最近、身体のあちこちが「使い込みによる味」を出してきました。老化と呼ぶと寂しいけれど、衰えを「あるある」と笑い飛ばして明るく向き合っていきたい。そんな思いで、このエッセイを立ち上げます。
第一話 ピントこない
見えない…当時の視力は0.03。
10年以上前、スポーツを楽しむためにレーシックを受けた。
当日、不安で質問を山ほど準備していたが、病院は朝から100人以上の大行列。ベルトコンベヤーのような流れ作業を前に、「ビビっていると思われたくない」という変なプライドが邪魔をして、結局一言も発さぬまま手術台へ。
強制的に開かれた目にレーザーが数秒。「痛っ!」と思った瞬間には終わっていた。暗い部屋で痛みに耐える時間を経て、私は「2.0の無敵の視界」を手に入れた。
眩しすぎる!解放感半端ねー!しばらくはサングラスが手放せない生活。
まるで無敵のスーパースター気分。「おいおい、サインはあとにしてくれ」感。
世界は驚くほどクリアになった。
しかし50歳を過ぎた頃、来たっ、、、。呼んでもいないのにアイツが、、、「老眼」。
あの「無敵の目」が、手元の文字にだけはストライキを始めた。遠くの看板は見えるのに、スマホの画面だけが霧の中に消えていくのだ。
【あるある】
あの『メガネ、メガネ』を実際に体験した!
笑った。
【個人的な向き合い方】
1. 老眼鏡に頼ることを「負け」ではなく「知的なカスタマイズ」と捉える。
2. ブルーライト対策として画面を暖色系にするだけで、おじさんの目はホッとする。
3. 目薬はご褒美。1分だけ目を閉じる。それだけで世界は少し優しくなる。
【おじさんの独り言】
若い頃は「見えすぎること」を追い求めたけれど、今は「見えないこと」をネタに笑える余裕が。それが、おじさんの「ちょうどいいピント」なのかもしれません。