
【デジタルと子ども】 デジタルと子どもの距離について考えてきた15年間。
※子どもの「デジタルとの関わり方」について
母親としての視点で、これまで感じてきたことをまとめていくシリーズです。
・「デジタルと子どもの距離について考えてきた15年間」
・「なぜ私は、子どもにスマホを急いで渡さなかったのか?」
・「“スマホを取り上げる”ことで、問題は本当に解決するのか?」
・「我が家のゲーム解禁は、少し遅かった」
・「ガチャガチャを“一度も解禁しなかった”理由」
・「デジタル化の裏で私が子どもに渡したかったもの」
・「漫画ばかり読んでいた我が家の話」
・「“自分軸”は、暇な時間から育つ」
・「親がブレないこと」
・「うちはうち、よそはよそ」
〜デジタルと子どもの距離感について〜
ここ数年
子どもたちの世界は大きく変わった。
スマホ、ゲーム、動画、SNS。
それらは今や特別なものではなく
生まれた時から
生活の一部として当たり前に存在している。
私自身
否定的に見ているわけではない。
むしろ大人である私たちの生活も含めて
便利になることに変わりはない。
もはや生きていく上で切り離すことができないものだと思う。
ただ一方で
子どもたちがそれと出会う
「時期」と「距離感」については
ずっと私が考えてきたテーマでもある。
便利さの中には必ず
子どもが本来成長の過程で経験するはずだったものが
静かに失われていく側面もある。
それに気づいた時から
私は「与える・与えない」ではなく
付き合っていく前提で
「どう渡すか」「いつ渡すか」を
考えるようになった。
かれこれ15年ほど
子どもたちと一緒に生活をしながら
スマホやゲーム
デジタルとの関係性について
試行錯誤を重ねてきた。
正解があったわけではないし
誰かに教えてもらったわけでもない
今も答えが出ているわけではない。
ただひとつ言えるのは
その時私が
“どう考え、どう選んできたか”
その意図だけは明確にあって
子どもの今に
確かに繋がっているということだ。
ここで
正解を語るつもりはない。
誰かを否定するつもりもない。
ただ一人の親として
私がこれまでみてきた視点を記録として残しておきたい。
これを読んでくれた誰かが
焚き火に当たるように。
ぼんやりと何かを感じて
少しでも視点がクリアになれば、それで十分だと思う。
それでは、はじめていこう。
Hatsu