
【もしもミュージアム】#5 第2回企画展「浦沼の生きものと暮らし」(後編)
(前回の話は、こちらから↓)
展示室B・浦沼の暮らし
隣の部屋に進むと、誰かの笑い声が聞こえてきた。浦沼の残った生活を再現した音声らしい。保全された沼は、今は自治体の管理する公園として観光名所にもなっている。秋の渡り鳥の時期になると、近所の集落では、祭囃子も鳴り響いていたらしい。
入口の写真パネルには、沼の生き物を探す子どもたちの姿が写っていた。展示されているバケツや手作りの釣り竿にも見覚えがある。先程、遊んでいた子どもたちが手にしていたものだった。
「この子たちは⋯⋯」
ナオトが驚いていると、男はうなづいた。
「先程の子どもたちです。毎日いたずらばかりで、大変ですよ」
ぼやきながらも、男の目には笑みが浮かんでいた。彼は、ナオトの手に小さな馬の人形を渡した。
「ミュージアムショップの試作品です」
よく見ると、それは編み込んだ草でできていた。
「この辺りの子どもたちは、沼辺の草の葉を使って人形を作っていたそうです」
ナオトは、そっと人形を握りしめた。まるで、無くしていた宝物をもう一度見つけた時のような気持ちになっていた。
展望台・沼の景色
展示室を出ると、長いらせん階段が続いた。しばらく登り、ドアを開けるとつよい風が吹いた。
「ここから、今の浦沼が見渡せます」
視界の下に広がる風景を見て、ナオトは息を飲んだ。祖父の入院している病院や、その近くに建っている集合住宅や店が消えて、沼が広がっていた。
沼の中央には水鳥が何羽か浮かんでいる。岸りには売店や展望台ができて、双眼鏡を首にぶらさげた多くの観光客が沼を指さしている。
「にぎわってますね」
ナオトが言うと、男は寂しそうに笑った。
「そうですね」
展望台の真下に養殖池があるのにナオトは気づいた。
「沼には最近、ミドリガメが増えました。勝手に栽培種のスイレンを植えた方もいます。自生種は減っていくから、養殖池で育てて、育ってから放流しているんです」
水鳥の飛び立つ音がした。観光客が歓声をあげた。
「変わらない、ということは難しいですね」
出口アンケート
展望台をおりると、そこには大きなタッチパネルが置いてあった。
「最後にアンケート皆様にとっています。どれか好きなボタンを押してください」
男に促されて、ナオトはタッチパネルを見た。
『あなたが一番望むものを選んでください。
①もとの世界に戻る代わりに、この館の記憶を無くす
②この世界に残って学芸員として働く代わりに、元の世界では存在が消える
③大事なものを代償に、再来場パスを手に入れる(三回まで来場可能)』
ナオトは、一瞬ためらったが、すぐに①を押した。
「もう、行かなきゃ」
ナオトは顔を上げた。
「元の世界に戻って、また爺ちゃんの見舞いに来なきゃいけないから」
男は、寂しそうに笑った。
「ご来館、まことにありがとうございます」
気がつくと、ナオトは広場に立っていた。祖父の見舞いに行った帰り道、気晴らしに散歩をしていたところだった。
今、ナオトが立っている公園は、昔、浦沼の淵だった場所だらしい。国土地理院の古い地図を観て知った、
『浦沼公園 かつてここには沼があり、多くの生きものが暮らしていました』
公園には、立て看板が建っていた。
ナオトは、この沼のことをどこかでよく知っていたような気がした。
ナオトが帰ったあと草で編んだ人形が落ちていた。男は拾いあげて、寂しそうにため息をついた。そこに、足音を立てて近寄る人影があった。
「規則ですから、持ち帰ってもらうわけにいかないんですよ」
「館長⋯⋯」
館長、と呼ばれた人影は、男から草の人形を受け取った。
「しかし、よくできていますね」
「そりゃそうですよ。『あちら側』にいた時は、随分作っていましたから」
男は、寂しそうに人形を眺めた。
「まさか、弟の孫に会うなんて思いませんでした」
「もしかして、帰りたくなりましたか」
館長の問いに、男は首を振った。
「いいえ、私たちの役割は、この世界を保存し、資料を集めて記録することですから」
男の話を聞いて、館長はゆっくりうなづいた。
水鳥の羽音が遠くから聞こえた。
(第2回企画展 おわり)
↓次の物語へ