
【もしもミュージアム】#6 第3回企画展「映画・わたしを忘れないで」(前編)
プロローグ・おわりとはじまり
エンドクレジットと一緒に流れる音楽が吸い込まれるように消え、静かに場内は明るくなった。
『映画・ポップカルチャー・カヲス。公開から十日後の金曜夜、満席で若者多め。二十年以上前の舞台のリバイバルだけど、Z世代には刺さるらしい。後半の演出は舞台版から大きく改変された。好みが分かれそう。役者の演技は上手でも、クレイジーさはミヤキヨ版舞台には敵わない。劇伴は最高⋯⋯総合評価は星三つ』
映画の感想をSNSに投稿すると、ケイは薄暗いロビーで缶コーヒーを飲み干した。
真新しいシアターとは違い、建物の中は湿気臭く、赤い椅子はすすけた色をしている。ケイが高校生の時から通ってきた映画館。来月には閉館する。
仕事帰り、ここで映画を観て短い記事を書く。地道だが、五年ほど続けていると、購読者も増えてきた。最近は感想を書いて欲しい作品のリクエストも届くようになった。
でも、それだけでは気持ちは満たされない。
本当に観たかった、またその世界に没入したかった作品があった。
『劇場版 フォゲットミー・ノット 制作中止のお知らせ』
今朝、制作会社の公式ホームページでその文字と謝罪文を読んだ時、ケイは仕事を休みたくなった。
(十年間待たされた結果が、これか)
『ごめん、劇場版フォゲミの制作中止で頭が回らない。フォゲミの劇評書きたかった。スポンサーのつかない自主制作でいいから、公開してくれ』
ケイが投稿をすると。コメントに返信が次々と届いた。
『私もフォゲミ世代、ケイさんの考察読みたかった』
『私も自主制作希望!◯◯社さんよろしくお願いします』
皆、公開中止を嘆いていた。その中に、ふと、変わったコメントがあるのに気づいた。
『では、書いていただいてもいいですか』
荒らしなのか、ケイは一息ついて返信した。
『書けるものなら書きたかったです。フォゲミ映画版が上演される世界があれば。貴方もそうなんですね』
すると、すぐに返信がきた。
『では、その世界にご案内します』
ケイが顔を上げると、映画館のロビーは一面、展示室になっていた。
アニメの原画、キャラクターデザインのラフスケッチ⋯⋯多くの資料の展示されている部屋の隅に、挨拶文が貼られていた。
『アニメ、フォゲットミー・ノットは、若いクリエイターが集まって制作されました。当初は、深夜枠の実験的な作品として放送されましたが、やがて『フォゲミ現象』と呼ばれる社会現象が巻き起こりました。こちらでは、フォゲットミー・ノットと、伝説となった劇場版を紹介します』
パネルの下には、小さなロゴで『もしもミュージアム』と描かれていた。
第0章 伝説のはじまり
「これ、第三話の潜入捜査の衣装だ。こっちは歌姫のステージ衣装だよね、裏地のレイヤー、こんなにキラキラしてたんだ」
キャラクターデザイン用の衣装見本の周りを何度も回りながら、ケイは興奮していた。
「ご満足いただけたようで、嬉しいです」
気づくと、そこにスーツ姿の人が立っていた。ケイが驚いて目を見開くと、その人は丁寧に頭を深々と下げた。
「申し遅れました、私は、もしもミュージアム館長です。本日は『劇場版 フォゲットミー・ノット』が公開された世界の展示にご案内させていただきました」
そう言うと、館長は左手をさっと広げた。そこに、新しい通路が続いていた。その先で、青みがかった照明がぼんやり光っていた。
「さあ、ここから先は、あなたの見たことのない世界です」
ケイの足は自然に吸い込まれていった。
アナウンスが通路から聞こえた。聞き覚えのある声優の声だった。
『アニメ最終回から五年後、劇場版の制作がスタートし、多くのファンを歓喜させました。しかし、時代背景の変化や、制作会社の経営不振など、制作をめぐる環境は過酷なものでした。一時期は制作中止も検討されましたが、熱狂的なファンたちによる支援活動や、制作陣の努力により、制作は継続されました。そして発表から十八年目の夏、ついに劇場版フォゲットミー・ノットが公開されました』
(つづく)
↓続きはこちら