
お願い、迎えに来てね #035 (7-2) 友だちでもない、恋人でもない「よぉ」の呪縛
第1部 諦念編|第7章
Hello, again.
たった二文字から
あの頃と同じ 重なった声が
今も耳元に こぼれおちていく
境界線を融かす 微かなひかり
どこにもない場所で
ぼくたちは 立ち尽くしている
貴樹くんの気持ちを確かめたいとか、貴樹くんの彼女になりたいとか、そんなエネルギーは枯渇し切っていた。
貴樹くんのことはもう忘れたい。いつまでも好きが消えないことがつらい。心から貴樹くんを排除したい。
そんなおもいばかりが日に日に強くなっていく。
それなのに貴樹くんときたら、わけのわからない行動で、わたしのことを混乱させる。
先日は、翠明大の学園祭で貴樹くんの姿を見かけたばかりだ。一緒にいたのは知らない男子だったから、貴樹くんの学校の友だちなんだろう。
工業系の貴樹くんの学校は、共学とはいえ女子は数えるほどしかいない。翠明大は短大も併設しているから、構内の男女比は半々くらいだ。
貴樹くんの学校は、翠明大と同じ向陽市にあるんだもの。そこの男子学生が、翠明大の学園祭に足を運んだところで、何の不思議もない。
ただそれだけのことなのに、貴樹くんに過敏になっているわたしは、貴樹くんの行動ひとつひとつに意味付けをしてしまう。
わたしに逢うかもしれない。
わたしにに話しかけられるかもしれない。
そうは思わなかったのかな?
わたしがいるところに来るってことは、わたしに逢うのは嫌じゃないのかな?
少なくとも避けられてはいない。
そう思ってもいいのかな?
もっと追い討ちをかけるようなことを、貴樹くんは平気でやらかす。
駅で貴樹くんを見かけるのは、一ヶ月に一度くらいしかなかった。
……いや、もっと少ないかもしれない。
貴樹くんは先頭車両が好きみたいで、電車を待つホームの端っこにいるときか、改札を出て少し先を歩く人混みの中に見つけるときか、運よく貴樹くんに逢えるときは、そのどちらかだった。
基本的に逢えないと思って電車に乗っているから、こんなことは、まったくの想定外だった。
「よぉ」
肩をポンと軽く叩かれ、一瞬、何が起きたのかわからなかった。
急ぎ足でスタスタと前を歩く青年。
なんと、わたしに声をかけてきたのは貴樹くんだった。めずらしく、後ろの車両に乗っていたらしい。
改札から駐輪場に向かう途中で、呆気に取られるわたしの脇を、見覚えのあるフォルムが、風を切るような速さで追い抜いていった。
後方車両に乗っていたということは、おそらく時間ギリギリで電車に乗ったんだろう。そして、明らかに急いでいることがわかるあの歩き方。
きっと、電車を降りたホームで、先を歩くわたしを見つけた貴樹くんは、急ぐなら月桜を追い抜かなきゃならない、そう思ったことだろう。
もし、貴樹くんが無言でスタスタと行ってしまったら、自分の後ろ姿を見つけた月桜が悲しくなる。だから「避けてるわけじゃないよ」って、態度で示してくれたのだろうか?
それよりなにより嬉しかったのは、少しえらそうに、なんとなくかっこつけながら、それでいてフレンドリーな、愛着のある「よぉ」の言い方が、あの頃とまったく変わっていなかったことだ。
中学生の頃に、渡り廊下でバッタリ会ったときや、掃除の時間、ゴミ捨て場にゴミを出すタイミングが一緒だったときも、同じように「よぉ」って声をかけてくれたよね。
「よぉ」が「好きだよ」に聞こえていた、あの頃と同じなんだよ。
ねぇ。貴樹くん。
わたしたち、お互い好きだよね?
わたしたち、まだ好き合ってるよね?
それなら、どうして?
それなのに、どうして?
友だちはよくて、恋人はダメなの?
友だちでもない。恋人でもない。
友だち以上、恋人未満でもない。
わたしたちはどこにいるの?
わたしたちはどこに立っているの?
二文字だけで、忘れたはずの心が呼び戻される。
★ 応援のお願い
本作はオートフィクションにつき、執筆に全神経を注ぐためコメントへの返信は一律お休みしております。
いただいた想いへの答えは、すべてこれからの「物語」の中に込めてあります。
返信はできませんが、みなさまの「スキ」や感想が、わたしの止まっていた時間を動かす何よりの原動力になります。ぜひ、背中を押していただけたら嬉しいです。