
お願い、迎えに来てね #027 (5-2) 期待という名の自傷、愛という名の戦略
第1部 諦念編|第5章
Hello, world.
この世界のどこかに
きみの呼吸が混じっている
ただそれだけで
ぼくの宇宙は意味を成す
何者にも なれない輪郭
「よぉ!男できたか?」
「うるさ~っい」
こんなやり取りが、瑞來くんとの挨拶代わりになっていた。六限まである火曜日だけは、いつもより帰りが遅く、紡利線の乗換駅から乗車する瑞來くんと、車内や駅でバッタリ会うときがある。
新しい出逢い。新しい恋。新しい月桜を目指しているふりも、そろそろ限界だ。
あの日、貴樹くんに逢って以来、すっかり心を奪われてしまった胸の内を、瑞來くんに話さずにはいられない。
「貴樹は今、恋愛をする気持ちはないと思うよ。月桜が好きとか嫌いとか、そういうことじゃなくて……」
「貴樹くんは……彼女いるんじゃ……」
「よく知らねえけど、なんかいろいろあったみたいでさ。別れたんだよ。『女なんてめんどくせぇ』って言ってた。たぶん、しばらくひとりがいいみたい」
それ以上詳しいことは訊かなかった。瑞來くんは、知ってることなら教えてくれるだろう。だけど、訊く必要性を感じない。会ったこともない女の子なのに、なんとなく彼女との日々に想像がつく。
毎日電話してほしい。
休みの日は必ず逢いたい。
約束は彼女優先。
誕生日はサプライズ希望。
髪を切ったら気づいてほしい。
好きだよって言って。
可愛いって言って。
今日は一日何してたの?
明日は誰とどこに行くの?
どうして連絡くれないの?
どうして逢ってくれないの?
わたしのこと好きじゃないの?
わたしのこと嫌いになったの?
誰か他に好きな人がいるの?
貴樹くんは、こういうの、ぜんぶダメな人。
束縛と干渉は貴樹くんの敵。
どんな些細なことも、貴樹くんは「支配」と感じてしまう。
ちょっと天然のふりでもして。
気づいても気づかないふりして。
心の中にズケズケと入り込まない。
過剰に期待はしない。
ないと思うくらいがちょうどいい。
決して自由を奪わない。
付き合うって、これがふつうだよね? そんなふうに、女の子の誰もが想い描くような恋愛に貴樹くんを当てはめたら、たちまち破局を迎えてしまうだろう。
付き合う約束は一度だけ。
「好き」は、一度でも聞けたなら奇跡。
バイト優先。友だち優先。
言葉も態度も求めない。
気まぐれにあけてくれる時間がすべて。
もし貴樹くんと付き合うことになったら……
貴樹くんと付き合うなんて許されないのに。そのときを夢みては、こんなふうに思っていた、高校時代の自分を思い出していた。
窓の外を流れる五月の新緑は、夕陽を弾いてまぶしく輝いている。あの「女なんてめんどくせぇ」が、頭の中に浮かんで離れない。紡利線のボックス席に揺られながら、「if」の続きを考えていた。
中学生のときからずっと、わたしは「貴樹くんだけでいい」と思っていた。
生涯ひとりの男性しか知らなくても、それでかまわない。
でも、貴樹くんは……貴樹くんも同じでいいの?
ひとりの男を、若いうちから、わたしひとりに縛り付けてはいけない。自由に、どこへでも行かせてあげなきゃ。他の女性と恋をしたって、それは、彼が彼であるために必要な経験。最後に戻ってきてくれれば。最後に選んでくれる人がわたしなら、それでいい。
そう自分に言い聞かせていた。
放っておかれてもいい。
わたしが彼の一番の理解者であるのなら。
何も求めないから、そばにいさせて。それしかなかった。
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