
お願い、迎えに来てね #005 (1-5) 幽霊じゃないよね?
第1部 諦念編|第1章
Hello, again.
ぼくがいなくなっても 世界はまわりつづける
きみが きみじゃなくなっても
何も変わらない 明日がやってくる
きみと ぼくの 時空が歪んだって
そんなことは どうでもいいのさ
だけど 約束だよ
きみは きみのままで
ちゃんと ここにきて
ぼくは ぼくのままで
ずっと 待っているから
今もずっと 待っているから
任意という名の強制加入である部活動は、運動が苦手なわたしには毎日が拷問みたいなものだ。引退まで後三ヶ月。なんとかのらりくらりやり過ごしたい。
学級新聞を作るという大義名分を使っては、放課後にひとり、教室に残っていた。廊下では数名の男子がうだうだしている。きっと同じように部活に行きたくないのだろう。
その中に、同じクラスの男子は貴樹くんしかいなかった。クラスメイトが他に誰もいないからか、貴樹くんが教室に入って近寄ってきた。
「月桜。ひとりで何やってるの?」
「これね。学級新聞。新聞コンクールに出したいの。もうすぐ締切だから忙しくて……」
忙しいだって。ほんとは部活サボってるだけなのに。
貴樹くんは前の席の椅子に、ひょいっと跨いで反対向きに座り込んだ。
貴樹くん……顔……近いよ……
貴樹くんまで机ひとつ分。西陽が差し込む放課後。ふたりきりの教室。 胸の高鳴りが止まらない。 あとから、あとから、好きが溢れてくる。
ねぇ。……キスして。
現実は、そんな甘いムードとはほど遠かった。きっと貴樹くんは、部活をサボる合間の、ただの暇つぶしに過ぎないのだろう。さっきからずっと他愛もないおしゃべりを続けている。
「月桜はさぁ。幽霊って存在すると思う?」
「うん。いるよ。いると思うよ」
幽霊はいるか、いないかって。そりゃいるでしょう。だって見たことあるもの。心の中でそうつぶやきながら、わたしは小さい頃に見た幽霊の話をし始めた。
「ちっちゃい頃の話なんだけどね。夜、ふと目が覚めたら枕元に立ってたの。白っぽく光っている、女の人が……」
寝ぼけてただけじゃない? 夢見てただけじゃない? 信じてくれない人も多いこの話を、貴樹くんは茶化しもせずに、黙って頷きながら聴いてくれた。
「オレ、死んじゃいたい」
貴樹くんのつぶやきが、透明な壁を突き破って不意打ちに飛んできた。幽霊の話なんかしていたからかな? 思わず口から溢れてしまった。気づいたときには言葉にしてしまった。そんなふうに見えた。
貴樹くんがいなくなったらわたし困るよ。毎日貴樹くんに逢えることが嬉しくて。それを支えに学校に来てるんだから。好きな人が死にたいくらい思い悩んでいるというのに、最初に浮かんできたのは「わたし困る」だよ。どこまでわたしは利己主義なんだろう。
「幽霊になっても学校に来てね」
……ナンダコレ?
ふつうは「どうしたの? 何か悩んでるの? よかったら相談にのるよ。死にたいなんて言っちゃダメだよ」こんなふうに心配するもんなんじゃないの?
わたしは、貴樹くんの死にたい気持ちを、とてもじゃないけど否定なんてできなかった。だってわたしだって、生まれてきてよかったなんて一度も思ったことないから。
死にたいなら死んだってかまわないけど。貴樹くんがどこの世界に存在してたってかまわないけど。わたしは貴樹くんに逢いたいんだよ。ただ、貴樹くんに逢いたいんだよ。
貴樹くんは「ふっ」と小さく笑ってこう答えた。
「うん。幽霊になっても、学校に来るよ」
目が合った。なんだか、すごく恥ずかしかった。照れてはにかんだ顔を隠すように、思わず大げさに笑ってしまった。貴樹くんも笑っていた。
「たかきぃ。そろそろ部活行くよぉ」
「おぅ。わかったぁ」
貴樹くんは透明な壁の向こうに戻っていった。
いつなら話しかけられるだろうか。朝からずっとタイミングを見計らっている。昨夜、何度も電話しようとしたけど、どうしても最後まで番号が押せなかった。
ひとりリベンジは、無情にも昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り始め、放課後までのタイムリミットとの闘いに変わっていた。
五時間目は、厳しくて有名な担任の理科だ。すっかりと担任に洗脳されきったわたしたちは、それが厳しいかどうかなんて麻痺している。アイツが作るノートの見本を、一字一句、イラストに至るまで完コピし、出された課題をできた順にひとりひとり見せにいくのが、お決まりの授業スタイルだ。
勉強できる組は、何番目にできたかっていうプレッシャーと引き替えに、その後の自由も約束されている。中盤ともなれば、アイツの前には行列ができ、優等生は自習し、できない奴は周りに助けを求め、列に行き交う生徒で出歩いても目立たず、理科室は地味にざわついている。
今なら絶好のチャンスだ。
ちょうど近くを通りかかった貴樹くんを呼び止めた。
振り向いた貴樹くんに、小声でボソッとつぶやく。
「幽霊じゃないよね?」
冗談で軽く流されると思った。「何言ってんの。バカじゃねえの」そう笑われると思った。それでもよかった。言えればそれでよかった。だけど貴樹くんは、一晩中、悩みに悩んで生み出した渾身のフレーズを、真っ正面から受け止めてくれた。
「そんなに心配しなくても、ちゃんと学校に来るから」
大切な人の「死にたい」という言葉。あれで、よかった、よね。
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