
お願い、迎えに来てね #002 (1-2) もしも、月桜がいなかったら
第1部 諦念編|第1章
Hello, little girl.
ねえ 消えようとしないで
きみが眩しすぎた ただそれだけのことなんだ
鈍く濁った世界には
きみの純粋さは あまりにも眩しすぎたんだ
でも きみは悪くないよ
きみはまだ そこで光り続けているの?
あれからずっと後になって、噂の発端は和乃の軽はずみな発言が原因だったことを知った。
「橘くん。かっこいいよね」
「知らないの? 橘は月桜と付き合ってるんだよ」
和乃はメガネが似合うインテリ女子で、恋愛にキャピキャピするような女子とは一線を画していた。だからこそ和乃の発言は、信憑性のある情報として広まったのかもしれない。
和乃の口から離れた噂は、勝手に一人歩きを始めた。やがてそれは、橘くんを想い続けてきた幸冬にまで辿り着いてしまった。そして、幸冬の抱く激しい怒りと融合して、大きな爆弾へと進化していった。
えっ? 誰?
知らない女子から次々と話しかけられる。
わたしはあなたのこと知らないのに、どうしてあなたはわたしのこと知ってるの?
中学生になって、新しい出会いがたくさんあって、わたしはいろんな子と仲良くなりたいのに、警戒心だけが強くなっていく。
たまたま学年が上だってだけで、そんなに偉いの?
小さくなってヘコヘコしているはずなのに、どうして睨まれるの?
先輩たちの無言の圧力は、ついに無言ではなくなった。
「アンタさぁ。橘と付き合ってるんだって?」
「一年のくせに生意気なんだよ」
言いたいことだけ言い放って切られる電話。 生意気だって偉そうに減らず口たたく前に、名前くらい名乗りなさいよ!
……なんて、言い返す勇気なんてない。
早く切って。早く終わって。
親には絶対に知られたくない。
お願い。もうかけてこないで。
その電話は、いつもの先輩からじゃなかった。 お決まりの「生意気なんだよ!」の方が、どんなによかったことか。
三ヶ月ぶりに聞いた橘くんの声は、遥か彼方に行ってしまった人みたいに遠く感じた。
「僕たちの噂。どういうこと? 月桜が何か言ったの?」
「わたしじゃない。何も言ってない。わたしにもわからない」
ガチャン。 受話器を置いた音から、橘くんの苛立ちと落胆が伝わってくる。 橘くん、わたしのこと疑ってる。 小学校の頃はもっとやさしかったのに。いつから、そんな目で見るようになっちゃったんだろう。
ずっと先輩に睨まれるのかな?
嫌がらせの電話が続くのかな?
もっとエスカレートするのかな?
もっと酷いことされるのかな?
わたし、どうなっちゃうのかな?
終わりの見えない恐怖は、ある日を境にあっけなく消えていった。
鬱を押し殺して笑顔を作る月曜日の朝。
ガラっと開けた教室のドアの向こうには、昨日までとは違う世界線が広がっていた。
「橘くんと四組の寿吏亜、付き合ってるんだって!」
「月桜が彼女じゃなかったんだね」
「ずっと隠してるのかと思ってた」
優等生の橘くんとヤンキーの寿吏亜。 新しい噂に簡単に飛びつく教室は、誰もが驚く異色カップルの話題で持ちきりだった。
その日から、先輩に睨まれることはなくなった。 嫌がらせの電話もかかってこなくなった。 まるで月桜という女の子の存在なんて、はじめからなかったみたいに。
ねぇ。謝ってよ。
勘違いしてたんでしょう?
わたし傷ついたの。
ねぇ。謝ってよ。謝ってよ。
寿吏亜も、幸冬と同じ四組だった。
そうか。そういうことか!
いや、寿吏亜だけじゃない。貴樹くんも、一年生のとき四組だったよね。
あのときの貴樹くん、みんなと同じように、興味本位でからかいたいだけだと思ってた。
もしかして貴樹くんは……
貴樹くん。あのね。
月桜、小学生のとき、幸冬に脅されたの。
「橘くんを取らないで」って。
薄暗い裏山に呼び出されて、怖くて、怖くて。
幸冬、ポケットにカッターを隠してる気がしたの。
何かされるんじゃないか。
そう思ったら、体が石みたいに固まって動かなかった。
「絶対だよ。約束して」
そう迫られて、頷くことしかできなかった。
橘くんに「好き」って言われてた。
でも、どうしていいかわからなかったの。
誰にも、何も言えなかった。
ねえ、貴樹くん。
もしも、月桜がいなかったら。
……ふたりは、しあわせだったのかな?
理不尽な噂や悪意にさらされて、消えてしまいたくなる夜って、あるのかな。
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