
まつ毛ブラシ未遂事件|雑サメ。〜勇者の隣で普通に暮らす……多分♯45|第8章 ときめかない棚活(だいたい未遂編)
――ときめきとは、閉まっておくもの。――
自室に帰るとミカルがいた。
いつも通りソファの定位置に寝転んでいて、金髪の毛先を午後の日差しが照らしている。
「ありゃ」
シオリは無防備な寝顔を覗き込む。
『トゥクン……』
急に胸が高鳴った。
まつ毛が長い。
影を落として整っている。
整いすぎている。
いや、右側の先端が一本絡まっていた。
シオリは黙って足早に鏡台に向かい、引き出しからあるものを取り出した。
まつ毛ブラシ。
ゴクリと喉を鳴らし、両手でそれを握りしめ、ミカルに向ける。
開いた窓のカーテンを揺らし、風が入る。
まつ毛を揺らした。
ダメ。動く。今はダメ。
踏み出した足を止める。
つま先に力が入った。
風がやみ、また一歩そっとまつ毛へと向かう。
上から見下ろせる距離までようやく近づく。
例の一本は、まだ絡まったままだった。
ブラシを握りしめたまま、自分の顔ごとミカルへと距離を詰める。
自分の鼻の穴が膨らむのがわかった。
止められない。
ミカルの目が開いた。
……あっ、まつ毛。
「近い」
「あ、ごめん」
シオリはパッと身を引き姿勢を正した。
その場で足指をもぞもぞ動かす。
「何やってたんだ」
「ううん、何も」
生唾が溜まり、喉奥へと落ちる。
ゴクリ
「すごく……綺麗」
ミカルがフリーズした。
シオリの視線が一点に集中する。
ミカルの視線はシオリ→手元→シオリ
「「……」」
「……何をしようとした」
「いえ!何も!事故未遂です!」
「要点を言え」
「私もわかんない!」
シオリは両手を上げてブラシを落とした。
ブラシは、ぽふっと音を立てて絨毯の上を跳ねた。
「……それ閉まっとけよ」
ミカルは壁を見た。