
【雑サメ。#23】 勇者候補生家出する/第5章 危険物は排除しない前提(普通に隣にいる編)
「肉が売れないんです」
街のお肉屋のおじさんが泣いていた。
「サメ、いるもんね」
メンチカツを買いに来たおばちゃんがボソッと言う。
「コスパ良すぎるのよ。美味しいし。骨もないし」
わっ、と肉屋のおじさんは両手で顔を覆った。
「きょ、今日は沢山欲しいからくださいな」
シオリは気持ち多めに買って帰った。
◻︎◻︎
翌朝起きると、ベッドに手が生えていた。
ちょこんと、自分よりもふた周りほど小さな手。
シオリは寝ぼけてるのだろうと目を擦って二度寝した。
「シオリさん、起きてください」
懐かしい声。その人はここにいるはずがない。
夢だと思い、もう一段眠りに落ちる準備をした。
とてもいい思い出だったから。
「シオリさん、起きて」
今度はしっかり体を揺らされた。
目を開けるとF君がいた。
「飛び出してきた?王宮のオーブで?」
急いでミカルを呼んでくると、F君は詳細を話し始めた。
「ここに来るつもりなんてなかったんです。会いたいな、とは思ってましたけど」
F君はまだ自分用のオーブを持ってない。だけど、どこに置いてあるかは知っていた。手に取って眺めていたら
「私のとこに」
ミカルがF君の持つオーブを手に取り、透かすように眺める。
「座標がシオリになってるな」
「私?」
「できないことはない。無意識に合わせたんだな」
F君は居心地悪そうに肩を縮める。
「元の国に送ってくる。今ならバレないだろうし。座標も消せば問題ない」
「え?せっかく来てくれたのに?」
「それとこれは別の話だ」
「神官Bに相談すれば多分、調整してくれるよ。一日くらいいいじゃない」
ミカルはしばらくの間黙り込んで、
「……わかった。ただし泊めるのは俺の部屋な」と息を吐いた。
「想定内です」
「記録は残しません」
うん。神官Bなら多分こう言うはず。
「じゃあとりあえずご飯食べよ」
「食堂だな」
三人で食堂に向かった。
食事のあと、二人はまっすぐ部屋に戻って行った。
軽くノックして中を覗く。F君とミカルが道具の手入れをしていた。
「入っていい?」
気持ち小声で聞くと
「どうぞ」
ナイフをすんと眺めながら、ミカルが返事だけ寄越す。
「ミカルに教わってるの?」
「そんなんじゃない。並んでやってるだけだ」
即座にミカルの抑揚の無い声。
「分からないとこは聞いてます」とF君が言う。
「並んでると親子みたいだねえ」
なんとなしに口にすると、ミカルがすごく変な顔になった。
「そういえばF君のご両親って」
「いません」
F君は即答する。
「勇者には必要ないの」とミカルは淡々とナイフの柄を布で磨きながら答える。
「そう、なんだ」
よく分からないけど、シオリは納得することにした。
「そんな顔すんな。そういうものだから」
「そう、なの?」
困ってF君の方を見ると
「シオリさんには、分からない感覚かもです」
彼はにっこり微笑んだ。
シオリはぐにゃっとした違和感を飲み込み、声を掛ける。
「後で甘い飲み物持ってくるね。F君何が好き?」
彼は少し迷うように目を泳がせ、
「オレンジジュース」と答えた。
神官Bが通りすがりに、
「……今朝の件ですが、問題ありません」と去っていった。
夕飯を食べた後、F君を枕投げに誘うべくミカルの部屋に押しかけたが、追い返されてしまった。
ドアを後ろ手に閉めて、
「Fのことだが、子ども扱いはやめろ。あいつは本当は、独りに慣れといた方がいい人間なの」
「勇者だから?けど、ミカルだって気にかけてるから、泊めてるんじゃないの?」
ミカルは押し黙る。
「まだ十二歳だよ?全然親や大人を頼っても不思議な年齢じゃないよ」
ミカルは僅かに目を見開く。
「……そういう年齢、か」
ミカルは小さく息を吐いた。
「こっちじゃ、あんまり考えない。お前の世界ではそうなんだな」
そう言って、静かにドアを閉めた。
◻︎◻︎
翌日、神官Bが送ってくれることになった。
「ありがとうございました。楽しかったです」
F君が頭を下げる。
部屋で黙々と道具のお手入れとか本読んだりしてるだけだと思ってたけど、楽しかったのか。
ミカルはどうなんだろう?と横目で見たが、よく分からなかった。
神官Bがオーブを取り出す直前、「またね」と手を振るとF君も振り返してくれた。
「たまに遊びにおいで」と声を掛けると、F君は屈託なく笑った。
帰り道、
「まだ、言いたそうだな」とミカルが呟く。
「俺は俺の仕事をしてるだけだ」
ミカルは目を逸らした。
◻︎◻︎
お肉屋さんの前を通ると、おじさんはもう泣いてなかった。
「お惣菜多めにすることにしたんです」
自分へのお土産にメンチカツとポテトサラダを買って帰った。ミカルの分もついでに買った。