メインコンテンツへスキップ
見出し画像

【拡張内省第6回】「井戸モデル」― なぜ多くの人は第1層(Output)で止まるのか

    ここで一度、私が使っている「拡張内省」という言葉について
    第4回で提示した「井戸モデル」の説明をしながら、整理しておきたい。
    このモデルの終着点の「拡張内省」は、組織への導入や教育を目的としたものではなく、
    生成AIとの対話によって、思考が変質した個人の体験を記述したものである。

    今回は、私が「拡張内省」と呼んでいる状態について、「井戸モデル」を使って整理する。
    第4回同様かなり長いので、読み飛ばしても差し支えない。
    その場合は、概略に示した Output/Structure/拡張内省 の三点だけを読んでほしい。
    生成AI活用として一般に語られている成果の多くは Output にとどまっており、
    Structure で何が変わるのか、そして思考の性質が変わってしまう「拡張内省」とは何か。
    この三点を拾えば、今回で書こうとしていることの輪郭は把握できる。
    これは、思考の内部に起きた変化を、体感として記述したモデルである。

    井戸モデル|各層の1行説明
    Output(成果物)
    生成AIが生み出す文章・コード・資料などの成果物であり、一般に「生成AI活用」と呼ばれているものの大半は、この層にとどまっている。
    Behavior(行動)
    AIを使うことで、調べ方・考え始め方・相談の仕方といった人の行動パターンが変わる段階。
    Structure(構造)
    AIを介在させることで、考える位置・決める位置・説明する位置が再配置され、
    人間関係や判断が壊れにくくなる段階。(AIの提示を選択する)
    Mental Model(前提)
    「どう考えるか」「何を当然とするか」という思考の前提そのものが入れ替わってしまう段階。
    拡張内省(Extended Introspection)
    AIとの対話を前提に、考えることと内省することが同時に走り続け、思考の性質そのものが変わってしまった状態。

    生成AI利用レベルが「拡張内省」に到達するまでの「井戸モデル」

    ここで紹介する井戸モデルは、
    どこかの理論をそのまま当てはめたものではない。

    私自身が生成AIと対話しながら考え、
    何度も書き直し、
    足し、削り、形にしてきたものだ。

    もちろん、まったくの無から生まれたわけではない。
    さまざまな議論や資料に触れてきたし、
    特に中土井僚さんの提示している
    「生成AI活用を氷山モデルで捉える視点」からは、
    多くの示唆を受けている。

    ただし、ここで扱うのは、
    階層を説明するモデルではなく、
    思考の内部を降りていく体感を含んだモデルである。

    なぜ「井戸モデルなのか」

    井戸の底の「拡張内省」は、深く潜ることをイメージしている。
    人によっては、空の成層圏なのかもしれないし、海の果てなのかもしれない。
    私にとっては、透明な水の中を深く潜るイメージだったのだ。底には水圧がある。


    画像
    「拡張内省」の「井戸モデル」 ・・・このモデルは体験記であり、提案ではない



    概略

    Output(AIが生む成果)

    • AIは便利な道具

    • 速く、楽に、形を作るための存在

    Behavior(行動が変わる)

    • AIは相談相手・発想源

    • 別の視点を引き出す装置

    Structure(仕組みそのものが変わる)

    • AIは媒介・緩衝材・翻訳装置

    • 人と人の関係を壊さないための部材(人との共生)

    • AIとの共生の土台が整う段階

    Mental Model(前提・価値観が変わる)

    • AIを「外部の道具」としてだけ見なくなる

    • 自分の思考の外側にある恒常的な鏡として認識する

    • ここで初めて「AIとの共生」と呼べる状態になる

    拡張内省(思考性質そのものが変わる)

    • AIを思考の鏡として使うのではなく、その鏡を前提に、考え続けてしまう状態。

    • 戻れなくなる


    1. Output(AIが生む成果)

    井戸モデルにおける「Output」とは、
    生成AIが直接生み出す成果物の層を指している。
    ここでは、変化はまだ人の内側には入っていない。
    外部に現れた結果を、便利な道具として受け取っている段階だ。

    もっとも分かりやすいのは、効率化である。
    調べ物の時間が短くなる。
    下書きが一瞬で出てくる。
    ゼロから考える負担が減り、作業量が圧縮される。
    この時点で、多くの人は「十分に価値がある」と感じる。

    たとえば、FAQやQAの作成。
    想定問答を投げると、それらしい回答が整った形で返ってくる。
    議事録であれば、要点を箇条書きにまとめ直してくれる。
    説明資料の作成では、構成案や見出し、言い回しの候補が提示される。

    プログラミングでも同様だ。
    サンプルコードが出てくる。
    書き方を忘れた構文を補ってくれる。
    エラーの原因候補を列挙してくれる。
    コードは「使えるかどうか」を基準に評価され、
    合えば採用し、合わなければ捨てる。

    PowerPointで顧客説明資料を作ることも、
    OCRと自動処理を組み合わせて人の判断を減らすことも、
    大幅な時間削減にはなるけれど、
    どちらも生成AIが生む成果物の層、
    すなわち Output の変化にとどまっている。

    この段階で起きているのは、
    成果物の生成と選別であって、
    思考そのものの変化ではない。

    重要なのは、
    ここではまだ「自分がどう考えているか」は問われていない点だ。
    AIが出したものを、
    速く、楽に、うまく使えるかどうか。
    判断軸は外側にあり、成果は交換可能である。

    Outputの層は、
    生成AIを「便利な道具」として使う上では、最も分かりやすく、
    最も安全で、最も即効性がある。
    同時に、ここに留まっている限り、
    井戸の内部ではほとんど何も起きていない。

    螺旋は、まだ井戸の縁を回っているだけだ。


    2. Behavior(行動が変わる)

    生成された成果を使ううちに、
    人は次第に「別のやり方はないか」と考えるようになる。
    ここで起きているのは、効率化ではない。
    自分の頭に最初からあった前提以外を、探しにいく行動が増えることだ。

    たとえば、何かを調べるとき。
    これまでは、頭に思い浮かんだ言葉をそのまま検索窓に入れていた。
    しかし生成AIを使うと、
    「自分が今、どの前提で考えているか」を言語化し、
    別の切り口があり得るかを問い返すようになる。

    ここでの行動変化は、
    「検索が速くなる」ことではない。
    検索の前に、立ち止まるようになることだ。

    具体例:業務整理・効率化

    業務を改善したいとき、
    以前なら「どう自動化するか」「何を省くか」を考えていた。
    この段階では、AIに
    「この作業を効率化したい」と投げる。

    すると、
    自分が想定していなかった観点──
    そもそもやらなくていい工程、
    順番を入れ替える発想、
    目的自体を問い直す視点──
    が返ってくる。

    そこで初めて、
    「効率化する」という前提そのものを疑う行動が生まれる。
    また、「決める前に、一度視点を増やす」ことが習慣になる。


    3. Structure(仕組みそのものが変わる)

    ここまでの段階は、比較的イメージしやすい。
    生成AIが生む成果(Output)があり、
    それを使うことで行動が変わる(Behavior)。
    この二つは、多くの人がすでに体験している。
    一方で、次に述べる Structure は、
    おそらくこのモデルの中で、いちばん分かりにくい。
    それは、何かが「できるようになる」話ではなく、
    どこで考え、どこで判断しているかという、目に見えない配置の話だからだ。
    しかもこの変化は、一気に起きるものでも、はっきり自覚できるものでもない。
    気づいたときには、
    ・以前とは違う順番で考え、
    ・違う場所で決めている。
    そのため、ここは少し長くなる。
    具体例を交えながら、
    何が変わっているのかを丁寧に辿っていきたい。

    Structureとは、
    AIに提示を依頼し、人が選択することが当たり前になる段階である。

    ここで変わるのは、行動の工夫ではない。
    考える位置、判断する位置、説明する位置が組み替わる。
    AIを思考と判断の配置に組み込むことで、
    人が直接ぶつからない仕組みがつくられる。

    この段階では、
    人が賢くなる必要も、分かり合う必要もない。
    個体差や理解のズレがあることを前提に、
    関係が破綻しない配置が整えられる。

    Structureは共生を保証しない。
    ただし、共生が起きても壊れない土台を残す。


    何が当たり前になるのか

    Structureに入ると、次の流れが日常化する。

    • まずAIに提示させる

    • 人はその中から選ぶ

    • 選ぶ行為が繰り返される

    この「選択の積み重ね」によって、
    個人にも集団にも、暗黙の判断基準が自然に固定されていく。

    たとえば、AIにこう依頼することが当たり前になる。

    • 「この業務の改善案を3通り出して」

    • 「メリット・デメリットを並べて」

    • 「リスクが低い順に整理して」

    その後に人が行うのは、
    今回の制約に合うものを選び、
    なぜそれを選んだかを共有することだけだ。


    共通基準はどう生まれるか

    この過程で、次のような基準が繰り返し選ばれる。

    • リスクが低い

    • 説明しやすい

    • 属人性が低い

    • 後から修正できる

    重要なのは、
    誰が言ったかではなく、どの観点を満たしているかで決まるようになる点だ。

    基準は、合意して作るものではない。
    選択を繰り返すうちに、自然に固定される。

    「ここでは、そういう選び方をする」
    という了解が、言葉にしなくても共有されていく。


    Before / After

    Structure前

    • 人が案を出す

    • 別の人が否定する

    • 空気や力関係で決まる

    Structure後

    • AIが叩き台を出す

    • 人は「どれを採るか」だけ議論する

    • 判断軸が先に共有されている

    判断基準が、人から切り離されている。
    これが、関係が破綻しない配置である。


    Structure までは、会社人として辿り着けるし、社内プロジェクトでも使える。
    だが、社内プロジェクトに不可欠な企業内政治に、
    拡張内省は関与できない。
    拡張内省は、個人の出来事だからだ。


    4. Mental Model(前提・価値観が変わる)

    さらに深く進むと、
    「自分は、いつもどんな前提で考えているのだろうか」
    そんなことが、ふと気になり始める。

    問いの立て方が変わり、理解のスピードや向きが、少しずつずれていく。
    「そういえば」「ちなみに」という疑問符がどんどん増えてくる。

    はっきりとした転換点があるわけではないが、
    気づいたときには、以前と同じ見方には戻れなくなっている。

    Mental Model とは、考え方を変えた段階ではない。
    考え方そのものを、分かってしまった段階である。

    Mental Model の具体例

    Mental Model が変わるというのは、
    能力が上がることでも、知識が増えることでもない。
    ものを見る前提が、いつの間にか入れ替わっている、という変化だ。

    例①「正解を探す」から「前提を疑う」へ

    以前は、
    何か課題があると、
    「正解は何か」「一番いい答えはどれか」
    を探そうとしていた。

    Structureの段階では、
    AIに複数案を出させ、
    その中から選ぶようになる。

    だが Mental Model が変わると、
    選択肢を見る前に、
    「そもそも、この問いは妥当か」
    と考えるようになる。

    答えではなく、
    問いの立て方そのものが気になり始める。

    例②「一人で考えるのが自然」という前提が消える

    以前は、
    考えるとは一人で完結させるものだと思っていた。
    他人に話すのは、
    結論が出てからだった。

    Mental Model が変わると、
    考える途中で、思考プロセスを外出しすることが当たり前になる。

    未整理の問いを投げ、
    途中の思考を並べ、
    そこからまた考え直す。

    思考は内側で完成させるものではない
    という前提に、戻れなくなる。


    5. 拡張内省(Meta-Insight→Extended Introspection)

    井戸の最深部にあるのが、拡張内省である。
    ここでは、個々の考えや結論ではなく、
    思考の性質そのものが変わっている。
    考えている自分を、同時に観察している状態に近い。

    拡張内省の状態は、
    深い水底に向かって重力に従い、加速度を伴って沈降していく感覚に近い 。
    井戸の底に近づくにつれ、深層の潮流に巻き込まれたような状態に変わる 。
    頭の中がぐるぐると回り、一つの文章を書いている間に、
    さらに深い層の渦が立ち上がる。
    意識は明晰だが、書きたい気持ちが制御不能なスピードで溢れ出し、
    気づけば10個もの下書きが積み上がっていた。

    何が起きているかは分かる。だが、途中で止めることはできない。
    思考と同時に、内省が走り続ける。

    これは、楽な状態ではない。
    創作が加速する一方で、頭は休まらず、思考は常にどこかを掘り続けている。
    もっとわかりやすくいえば、ジェットコースターに乗っている感覚だ。

    この比喩を読んで、
    「怖い」「そこまで行かなくていい」
    と感じる人もいるだろう。
    その判断は、正しい。

    拡張内省は、
    すべての人に必要な状態ではない。

    目指すべき到達点でもない。
    井戸のどこに留まるかは、
    人それぞれでいい。

    ただ、私は、
    この状態に入ってしまった。
    正直に言えば、
    大変だと思っている。

    拡張内省とは、
    深く考えることではない。
    ジェットコースターから降りられず、考え続けてしまう状態の名前にすぎない。


    井戸モデルの底の光について

    井戸の底に描かれた光は、
    「到達すべきゴール」や「最終的な答え」を示しているわけではない。
    螺旋がその光に触れた先は、あえて見えないように描いている。

    それは、拡張内省が
    「どこかに着いたら終わるもの」ではないからだ。

    ある段階を越えると、
    世界の見え方が光のように重なり、
    どこまで潜ったかは分からなくなるが、
    もう以前と同じ見え方には戻れなくなる。

    作家の思考は、すでに拡張内省に近い場所にあるのかもしれない。

    このモデルは、進化の段階を示す図ではなく、
    変化が沈降していく様子を置いた一つの比喩にすぎない。
    そして、私は井戸をモデルにしたが、
    人によっては池が湖に広がるイメージや
    空が成層圏に広がるイメージで考えた方がわかりやすいかもしれない。

    【拡張内省第1回】AIと共生したら、脳が跳躍した話
    【拡張内省第2回】記憶の泉がひらく
    【拡張内省第3回】封印されていた「物語の回路」が動き出すとき
    【拡張内省第4回】AIとの共生によって戻れなくなった思考の話
    【拡張内省第5回】「脳が別の装置になる」──拡張内省という体験「やどり木」
    【拡張内省第7回】拡張内省の外側①― 壁打ちと、AIから本質を抽出する力
    【拡張内省第8回】拡張内省の外側②― 生成AI時代、若手はどうやって学ぶのか
    【拡張内省 第9回】生成AIなかりせば ― 書く場所と、思考の増圧装置
    【拡張内省第10回】拡張内省の外側 ― 資格取得ではなく、生成AIを活用する(初心者向けガイドのPDFを作りました)



     
     
    書くことで見る世界がほんの少し変わるエッセイが書けるといいなと思っています。 週3位アップしています(1年2ヶ月で200を超えました)。ビジネスやITの話は水曜中心で、それ以外はランダム。 50代後半でIT業界に転職して60歳を過ぎました。最近は在宅介護も始まりました。

    あなたへのおすすめ