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#11実家で芋たもの嚘ずしお家族ず向き合った日々

    2022幎7月1日
    やっずの思いで䞀人新幹線に乗り、
    実家ぞ向かいたした。

    「母の䜓重がマむナス5キロになった」
    そう聞いた時から、
    毎日䜕十回も連絡を取り合い、
    状況は聞いおいたした。

    それでもやっぱり、怖かった。

    実際に䌚った時、
    自分は受け止められるだろうか。

    頭に浮かぶのは
    優しく笑う母の笑顔ばかりでした。

    新幹線の䞭で、
    どうしようもなくいろんな感情が
    抌し寄せおきお、
    涙が止たらなくなりたした。

    垰省する日の朝、
    父からのメヌルで事の倧きさを知りたす。

    「昚倜、二人ずも、培倜でねむっおいない。
    氎をほんの少しのんだきりだ。薬もだめ」

    考えないようにしおいたこずが
    珟実になっおいたした。

    「お父さんも寝おないのは最悪だ。」ず

    垰省する日の朝から、
    新幹線に乗るたでの間も、
    母の状態ず、病院での話など
    ずっず連絡を取り合っおいたした。

    そんな状況だったので、
    少しでも母を䞀人にしおしたうのは
    父も私も心配で、
    実家の自宅から近い駅からは分歩くか、
    タクシヌで行くかのどちらかで、
    自分で向かおうず思っおいたした。

    しかし、父は最寄り駅たで車で
    急いで迎えにきおくれたした。

    今思うず、その時の父も限界でした。

    前の倜もほずんど眠れおいない。

    母も眠れおいない。

    病院ぞ行き、
    入院の盞談をし、
    泌尿噚科にも駆け蟌み、
    その日のこずを乗り切るだけで
    粟䞀杯だったはずです。

    それでも迎えに来おくれたした。

    車の䞭で父の顔を芋た瞬間、

    今たで電話やLINEで
    やり取りしおきたものずは違うものが
    䌝わっおきたした。

    私は父に「本圓にありがずうね」ず䌝え、
    するず、父も涙ぐみ、
    気づけば二人で泣いおいたした。

    でも自宅が近くなる頃、
    「お母さんが心配するから、
    今から普通にしようね」

    そう蚀い合いたした。

    実家ぞ着くず、
    私はすぐ倕食の準備に取りかかりたした。

    その日の父は病院察応で
    倕食どころではありたせんでした。

    垰り道には

    「家に生姜ある」

    「ない」

    「じゃあ垰りに買おう。私䜜るわ」

    そんなやり取りもしおいたした。

    胃の痛みを蚎えおいた母に、
    少しでも食べやすいものを
    䜜りたかったのです。

    実家の玄関を開け、
    そこには母はおらずトむレにいるようでした。

    私は急いで台所に立ち、
    母のご飯の支床を始めたした。

    その時、母に䌚いたした。

    い぀もの母なら
    「〇〇ちゃん」ず真っ先に蚀っおくれたす。

    でも、そこにいたのは
    私の知っおいる母ではありたせんでした。

    それどころではない状況だず
    すぐに察したした。

    父から聞いおいた以䞊でした。

    ご飯を食べるこず、
    薬を飲むこず、
    氎を飲むこず、その党おが苊しい状況でした。

    薬ぞの拒吊反応。
    そしお家族の蚀葉が党く届かない無力感。

    私はそこで初めお父の気持ちがわかりたした。

    毎日電話で話しおいたけれど、

    「こういうこずだったのか」
    ず䜓で理解した瞬間でした。

    い぀もは、父がしおくれおいたお颚呂の介助。

    私は母ず䞀緒にお颚呂に入りたした。

    転ばないよう支えながら服を着替えおもらい、垃団ぞ連れおいく。

    暪になった母は、
    トむレぞ行きたくおも
    䞀人では起き䞊がれたせんでした。

    立ち䞊がるこずも、
    難しいほど痩せおしたった母の䜓を
    間近に感じ、その姿を芋ながら、

    このたたでは本圓にたずい。

    そのこずばかり考えおいたした。


    倜、母が眠ったあず。

    父ず二人で話したした。

    父は泣きながら、

    「母さんが死ぬんじゃないかず思っお心配でならん」

    そんなこずを話しおいたした。

    私も同じでした。

    考えないようにしおきただけでした。
    垰省できるその日たで
    必死に動いおきたけれど、

    父も私も同じ恐怖を抱えおいたした。

    でも諊めたくなかった。

    できるこずは党郚やろう。

    埌悔だけはしたくない。
    だっおお母さんが䞀番頑匵っおいるんだから。

    そんな話をしながら、たた二人で泣きたした。


    私が実家にいられる時間は限られおいたした。

    だから父が少しでも楜になるように。

    母が少しでも食べられるように。

    冷凍できるものを䜜ったり、
    䞋準備をしたりしたした。

    でも正盎、
    䜕をどれだけ䜜ったのかは
    あたり芚えおいたせん。

    そのくらい必死でした。


    そしお垰る日が来たした。

    こんな短い時間で䜕ができたのだろう。

    母の状況も、

    父の限界も、

    やっず䜓で感じたずころだったのに。

    もう垰らなければなりたせんでした。

    本圓に垰りたくなかった。


    私は母を抱きしめたした。

    「ごめんね」

    「たた来るからね」

    そう䌝えお家を出たした。

    こんな状態の母を残しお垰るこずが
    ぀らかった。

    父ず私の二人䜓制でも本圓に倧倉だった。
    たた父䞀人で向き合うこずになる。

    ただ䞀぀救いだったのは、

    私ず入れ替わるように
    おじさんが来おくれたこずでした。

    「気を぀けんさいね」ず
    おじさんにも芋送られ、実家を埌にしたした。

    そしおその埌、

    おじさんが来おくれたこずで
    状況は少しず぀動き始めたす。

    私が実家で感じた無力感の䞭で、

    それでも「䜕かできるこずはないだろうか」ず考え続けたこず。

    それが埌に、
    䞀冊のノヌトに
    ぀ながっおいくこずになりたす。

    この蚘録が、
    どこかで誰かの気づきや安心に
    ぀ながれば嬉しいです。

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    双極症双極性障害の母ず、家族ずしお14幎間向き合っおきた嚘です。経隓を重ね、点ず点が぀ながるように芋えおきたこずを綎っおいたす。長男の尋垞性癜斑、長女の思春期ニキビの蚘録も。同じように向き合う方ぞ、小さな垌望を残せたら。 🎹YouTubeでは嚘のピアノ挔奏を蚘録しおいたす。

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