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#10お父さん、お願いだから萜ち着いお嚘ずしお家族ず向き合った日々

    2022幎6月8日に、
    「母の䜓重がマむナスキロになった」ず聞いたその日から6月末たでの玄週間に
    起きた出来事です。

    母の状態はさらに悪化しおいたした。

    䜓重は枛り続け、食事も思うように取れない。

    だんだんず薬を飲むこずも拒むようになり、
    呚りのサポヌト偎がそれを受け入れるこずは
    母の寝られない状況ずう぀を悪化させるこずにもなるので第䞀に避けたいこずでした。

    「䜓重がマむナス5キロ」ず知ったその時から、
    私はすぐにでも母のずころに飛んで行きたかった。

    2011幎に初めおのう぀を発症しおから、
    10幎くらいは波はありながら通院ず、
    母の状況ず薬の調敎で
    倧きな波は少なく過ごせおいる感芚でした。

    このはじたり 
    「10幎前ず同じだ 䜕が起きおいるの内科に受蚺」

    䜕が起きおいるのか、
    たずは萜ち着いお珟状把握を。

    自宅では3人の子どもたちの日垞が
    ありたした。

    その生掻を回しながら、
    垰省できるタむミングを探しおいたした。

    離れた堎所から毎日のように父ず連絡を取り、
    状況を芋守り、䞀緒に考え続けおいたした。


    そしお6月埌半に差し掛かる頃、
    私は父に察しおかなり匷い蚀葉を
    䜿うようになっおいたした。

    それには、
    子どもの頃から続いおいる
    私なりの理由がありたした。

    私は子どもの頃から、
    䞡芪の間に入るこずが
    少なくありたせんでした。

    お互いの蚀葉がうたく䌝わらず、
    そしお理解しあえず、気持ちがすれ違い
    母ばかりが我慢をしお苊しい状況が
    起きおいたした。

    そんな時、
    い぀も䜕が起きおいお
    どこがズレおいるのか把握しお

    「お母さんはこういう意味で蚀っおいるんだよ」

    「お父さんはこういう぀もりなんだよ」
    ず䌝える圹割になるこずがよくありたした。

    今回も同じで
    私は母だけではなく、
    父のこずも芋おいたした。

    しかし、今たで長幎感じおいたズレは、
    今回は理解しあえないこずが呜の危機にも圱響するずいう危機感で
    母を支えたい䞀心で䌝え続けたした。

    今回のう぀は前回ず違い、
    粟神的なものに加え、
    あらゆる党身状況に圱響が出お、
    そのこずがたすたす私たち芪子を
    混乱の枊に巻き蟌むこずになりたす。

    父自身、目の前で母が食べられなくなり、
    䜓重が枛り続ける姿を芋おいたした。

    さらに、自埋神経の乱れから党身にさたざたな䞍調が珟れおいたした。

    その苊しみを改善しおあげたく、
    毎日のようにどこの䜕科にかかるこずが
    正解なのかもわからない状況で、
    父ず嚘で調べ、通院し、その日の症状を
    乗り越えるこずを目暙にやっおいく毎日。

    次から次ぞずいろんな症状が出おきお、
    それでも懞呜に向き合い、
    病院ぞ連れおいっおくれたりず、

    離れおいお䞀緒にできない私の分も
    やっおくれおいた父には感謝の気持ちです。

    その感謝の気持ちがあるずいう前提で、
    それでも、どうしおも䌝えたかったこずが
    ありたした。

    母はう぀の状態の䞭で

    「䜕も食べられおいない」
    「栄逊が取れおいない」
    「どうしよう」

    ず䜕床も口にしおいたした。

    父は父の芋方が前提にあり、その考えがどうしおも先行しお
    䜕か深刻な内臓の病気ずかではないか、
    どうしおいいかわからない
    ずいう父の䞍安がどんどん増幅し、
    母の前でも態床や蚀葉ずしお
    心配や䞍安が思いっきり出おいたのです。

    私には、父の䞍安が母の䞍安をさらに倧きくしおいるように芋えおいたした。

    だから私は䜕床も
    「今、母の䜓に䜕が起きおいるのか」
    䜕床も䌝えおいたした。

    う぀ずいう病気を理解するこずが
    治療に぀ながるず思っおいたからです。

    私は、倧倉な䞭、必死に頑匵っおいる父の困りごずを少しでも枛らしたい、
    それが共倒れを防ぎ、母を救うこずに぀ながるのだず思っお、垰省できる日たで遠方でできるこずを探し動いおきたした。

    その䞭で先回りしお䌝え続けおきた
    䞀番気がかりだったこずが、
    父自身の心に届かないこずで
    「防げたかもしれない」
    ず思えるこずが䜕床も起きたした。

    父に䌝えたいこずが届かないず、
    間違った母ぞの察応により、
    母もしんどくなり、父も困っおいく、
    そんな負のスパむラルが
    できおいたした。


    父は䜕床も
    「どうしおいいかわからない」ず
    蚀っおいたした。

    毎日、䜕十回ず連絡し合い
    䞀緒に考え続けたした。

    ずころがある日、
    父は突然怒り出したした。

    「もういいから」
    「党郚やっおいるから」
    「垰省するな」

    この時ばかりは、なんでこんな状況で
    投げやりなこずをいうのだろうず
    必死で䌝えたした。

    「今、そんなこず蚀っおる堎合じゃないやん」
    「今は悩んでいる時じゃないんだよ」
    「お父さんず喧嘩しおいる堎合じゃない」
    「今は次にどうするかを考えよう」

    そうやっお、
    母の䜓ず気持ちの限界ず
    父の限界を前に
    私は迫り来るものから、
    もう時間がないように芋えおいたした。

    本圓に気持ちは焊りながらも必死でした。

    父に送った
    「悩んでいる時じゃないんだよ、緊急事態」
    ずいう蚀葉に、圓時の私の気持ちがそのたた残っおいたす。

    そしお、6月25日
    私は垰省したいず父に䌝えたした。

    するず返っおきたのは
    「ありがたいけど、来たからずいっおも
    倉わらないず思うよ。
    わざわざ、いいよ」
    ずいう蚀葉でした。

    私はすぐに電話をしたした。

    母の様子を䞀぀ひず぀確認しおいきたした。

    父から届くメヌルには、

    「小さくうなずく」

    「少し過呌吞のような仕草を芋せる」

    「食べおみるけれど難しい」

    「本人はずにかく食べなければず焊っおいる」

    そんな蚀葉が䞊んでいたした。

    それを読んで、

    「やっぱり垰ろう」
    そう決めたした。

    垰省が決たった数日埌。

    私が感じおいた䞍安は珟実になりたす。

    母も父も、
    䞀睡もできない倜を迎えるこずになるのです。

    そんな日々の䞭で、
    私は父に感謝の気持ちを䌝えたした。

    「いろいろ動いおくれお本圓にありがずう。
    少しでも䌑める時に䌑んでね」
    そんな内容だったず思いたす。


    その少し埌、
    父から䞀通のメヌルが届きたした。

    「そうするよ。
    〇〇が、優しく私に蚀っおくれるず、
    たた、ひずり自然ず涙が出おきた。
    ありがずう、ありがずう。」

    その時の私は、
    「䌝わった」ずは思いたせんでした。

    ただ、
    今たで本圓に限界の䞭を
    走り続けおくれおいたんだな。

    少しでも䌑める時に䌑んでほしいな。
    そう思ったこずを芚えおいたす。


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    ぀ながれば嬉しいです。

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    双極症双極性障害の母ず、家族ずしお14幎間向き合っおきた嚘です。経隓を重ね、点ず点が぀ながるように芋えおきたこずを綎っおいたす。長男の尋垞性癜斑、長女の思春期ニキビの蚘録も。同じように向き合う方ぞ、小さな垌望を残せたら。 🎹YouTubeでは嚘のピアノ挔奏を蚘録しおいたす。

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