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アップルパイになりたいりんごのお話 #9

    →第1話はこちらからお読みいただけます。
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    するとインターホンが鳴り、家主のタナカは玄関に向かった。

    「タナカさん、明日のクリスマス会はどうする?」
    来客は、りんごが一度きいたことのある声をしていた。青森りんごたちと出逢わせてくれた隣人の声だった。

    「あぁ、お返事が遅くなってすみません」
    「それはいいんだよ」
    「まだ咳が……」
    「そうかい。じゃあ、ケーキをもらってくるから、帰りに寄るよ」
    「ありがとうございます。いつも気にかけてくださって」
    「ところで栄養は? りんごは、食べたかい?」
    「はい、いただいてます」
    「毎日、何をしてるの?」
    「……そうですね。相変わらず、仏像の絵を描いてますよ」
    「そうか」
    「はい」
    「仏像の絵ばかりじゃなくて、サチコさんの絵も描いたらいいじゃない?」


    しずかな風の音が、通り過がりに二人を振りかえった。


    「いや、すまない。余計なことを」
    「いいえ、そうですね、サチコの絵は、いつか、その時が来たら」
    来客は門を閉めた。


    目を覚ましたじゃがいもに、りんごはたずねた。

    「じゃがいもの夢はなに?」

    「オレの夢? そうだなぁ。特にないかも」
    「そんなにおいしそうなのに?」

    りんごは驚いた。

    「あえていうなら、まだ小さかったころの夢は芽を咲かせることだった。でもここはエチレンガスだらけだし、もう芽を咲かせることができるなんて思ってないよ」
    「芽を咲かせることだったの?」
    「うん」
    「夢って、どんなふうに人間に食べさせるかじゃないの?」
    「夢のかたちは青果それぞれ、いろいろだと思うよ」
     じゃがいもは微笑んだ。

    「オレはさ、北海道をはなれるなんて、想像してなかったんだ。北海道で生まれて、その土地で生きて、仲間たちとしあわせに暮らす。いま思えば、それも夢だったのかもしれない」

    すると、タナカの足音が近づいてきた。

    「ちょっと、あなただいぶ熟してきたわね。信じられない速さだわ。もう、食べさせごろになってしまっているわ」
    最後に残っていた青森りんごが、じゃがいもにきこえないよう、りんごに小さな声で話しかけた。
    「ねぇ、おぼえてる? りんごの実がなるまえの、りんごの花の花言葉」
    「何だったかしら。もう忘れたわ」


    「選ばれた恋」


    そうりんごに思い出させた青森りんごは、タナカの手に乗ると、ダンボールの屋根の上から叫んだ。
    「じゃあ、わたしもそろそろ逝(い)かなくちゃ。お先に」
     
    次の日、和室の壁時計が四時をまわったころ、タナカが苦しそうに咳をしながら和室へ入ってきた。りんごはダンボールの穴からタナカの様子をうかがった。彼は、仏壇に飾られたサチコの写真に向かって、

    「メリー・クリスマス」

    と声をかけた。前日よりも、少し声があかるくなっていたようだった。タナカが仏壇に置いた皿には、一人分にカットされたショートケーキが盛られていた。彼は皿の位置を確かめると、部屋を後にした。

    りんごは、そのケーキにのったいちごに、どこか見覚えがあるような気がした。

    あの堂々としたすがたは! テラヘルツの振動で、いついつの瞬間も踊っているあのすがたは! あぁ! わくわくスーパーマーケットで出逢った、いちご兄弟の弟だわ!

    「あまおうの弟さん、覚えていますか? わくわくスーパーマーケットでお会いしたりんごです」
    「あぁ、あの時の! もちろん! こんなところでまた会えるなんて!」
    「あいかわらず、踊ってるんですね!」
    「ええ、最期(さいご)まで、踊りますよ!」

    クリスマス・ツリーに飾られたクラブアップルが、柔らかな白色に染まりかけていたころ、いちごの弟は、和室から居間へ引っ越した。それから間もなく、ゆめさんも普段タナカのいる居間へ引越しをした。ゆめさんとタナカがどんなふうにして仲直りをしたのか、りんごにはまったくわからなかった。

    「せっかくのクリスマスだし、ゲームでもしないか?」

    りんごが外に降る雪をどこかさみしそうに見つめていると、じゃがいもは気をまぎらわせようとしたのだろうか、彼女に声をかけた。

    ゲームは、彼がほとんど思いつきで考えたものだった。その内容は、人間に互いの青果を食べさせることによって与えられる効能を当てるというもので、りんごはゲームをするうちに、少しずつ寂しさがうすまってゆくのを感じた。

    風呂が沸いたことを知らせるメロディーが鳴り、タナカが寝間着を手に浴室へ向かったのを確認すると、ゆめさんはあわてた様子で和室に戻ってきた。

    「タナカは、咳に苦しんでいて、慢性(まんせい)咳嗽(がいそう)の薬を飲んでいるの!」
    ゆめさんは、ダンボールの屋根から、振りしぼるように声をだした。

    「マンセイガイソウ?」
    りんごには、その言葉の意味がわからなかった。
    「かんたんにいうと、咳がつづく病気よ」

    たしかに、タナカがいつも咳に悩まされていたことに、りんごも気がついていた。

    「いま、タナカが飲んでいる薬には、副作用が出る人間もいるの。みんなじゃないわよ。でも、タナカには、その副作用が出ているの」
    「どんなふうに?」

    「なにを食べても、味がしないの! タナカはいま、どんな食べものを口にしても、おいしさを感じないのよ!」


    (次回、最終回です!)


     
     

    Miyuki

     
     
    30代教師。週末に執筆しています。

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