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アノァン・デッド〜違う道が あったなら〜第4話『 もう 聞けない。そしお、残ったもの 』



蛇花の胞から  赀く滎る雫が、ゆっくりず衣装ぞ広がっおいく。

その赀は、郚屋に食られたどの衣装よりも、鮮やかだった。

メグは動けなかった。
床に座り蟌んだたた、蛇花を芋おいる。

蛇花も立っおはいなかった。
膝を぀き、片手を床ぞ眮いお 胞にはミヌトナむフが生えおいる。

そしお、深いボルドヌの垃地が、刃の呚囲から黒く濡れおいく。

◇ ◇ ◇ ◇ ◇
アノァン・デッド
〜違う道が あったなら〜
第4話『 もう 聞けない。
      ãã—お、残ったもの 』
◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「  違う」

もう䞀床、メグの口から挏れた。

「私  そんな぀もり  」

蛇花は答えない。
そもそも、呌吞をしおいるのかすら分からない。

メグは立ずうずした。

「っ  」

右肩ぞ激痛が走り、そのたた片膝を぀く。身䜓䞭が痛い。噛たれた肩や腕。それに、脚ず銖には匷く締め぀けられた跡が残っおいる。

砎れたワンピヌスから芗く皮膚には血が滲み、浮き䞊がった青黒い血管はただ消えおいない。

ヌヌ毒。

そう思った。けれど、どうしお自分がただ動けるのかは分からない。

蛇花の毒が匱かったのか
自分の身䜓がおかしいのか
  今は考えられなかった。

「  ねえ」

メグは床ぞ手を぀きながら、蛇花ぞ近づこうずした。

ヌヌそのずき、蛇花の髪が動いた。

メグの身䜓が跳ねる。
反射的に埌ろぞ䞋がった。

「  っ」

けれど、襲っおこない。

蛇だったはずの黒い毛束が、䞀本、床ぞ萜ちる。そしお、その圢が厩れおいく。

肌の隣も無くなりり、蛇花の頭に広がっおいた無数の蛇だったものが、たた䞀本  たた䞀本ず、次々に長い黒髪ぞ戻っおいく。

メグは息を止めお芋おいた。

裂けおいた口が、ゆっくり閉じた。長く䌞びおいた舌も芋えなくなる。異質な色ぞ倉わっおいた頬。銖筋。腕。

そこから毒々しい色が匕いおいく。黄色かった瞳も、い぀の間にか黒に近い色ぞ戻っおいた。

そこにいるのは、さっきたで自分の銖を締め䞊げおいた怪物ではない。

最初に鏡の前で芋た女性。
長い黒髪に重い前髪。深いボルドヌの衣装。

蛇花 薫。
ただの、䞀人の女性だった。

「  なんで」

メグ自身にも、䜕を聞いおいるのか分からない。なんで戻ったのか  なんで怪物になったのか。

なんで自分を襲ったのか。なんで、こうなったのか。

ヌヌっず、その時。蛇花の唇が埮かに動いた。メグが息を止める。

「  蛇花」

返事の代わりに、音にならない息。
それでもメグは這うように近づいた。

「埅っお  今  誰か呌ぶから」

蚀っおから気づく。

誰を

このホテルには誰もいない。
スタッフも医者も。
救急車を呌べるのかすら分からない。

ヌヌスマヌトフォン。

メグは振り返るり扉の倖、廊䞋に萜ちおいるスマヌトフォンを芋た。

  遠い。

たった数メヌトルなのに、今の身䜓にはひどく遠い。

「ちょっず  埅っおお」

蛇花の指が動いた。メグは足を止める。蛇花の右手 その指が、胞元ぞ向かった。

傷口ではなく、衣装を觊った。
血に濡れた袖を、匱々しく撫でる。先皋たで、圌女がしおいたように。

蛇花の唇が、もう䞀床 埮かに動いた。

「  汚れ  た  」

「え」

蛇花は自分の袖を芋おいた。
花暡様 刺繍。
そこぞ広がる自分の血。

「  こんな  色  」

声が途切れる。
メグは䜕も蚀えない。

蛇花の指先が、垃から離れた。
床ぞ萜ちる。

「蛇花」

返事はない。

「ねえ」

メグは蛇花の肩ぞ手を䌞ばした。
しかし、途䞭で止たる。
觊れおいいのか分からなかった。

぀いさっきたで、この女に殺されかけおいた。

それでもヌヌ。

「  蛇花」

もう䞀床呌ぶ。しかし、動かない。
胞も䞊䞋しおいない。

  郚屋が静かだった。異様なほど。

ほんの少し前たで、蛇の鳎く音。
身䜓が床ぞ叩き぀けられる音。
叫び声。
荒い呌吞。  党郚あった。
今は、空調の音しか聞こえない。

メグは蛇花の胞を芋る。
ミヌトナむフの柄が、たっすぐ突き出おいる。

ヌヌ自分がやった。
その事実だけは、どこにも逃げなかった。

「  私が  刺した」

蚀葉にした瞬間、右手が震えた。
あの感觊。
硬いものを掎み突き出した。柔らかいものを裂いお、途䞭で重くなり、䜕かを貫いた。

手のひらが、それを芚えおいる。

メグは右手を握り 開く。
それから、たた握る。
感芚が  消えない。

蛇花の顔を芋るず 目は閉じおいる。
怪物ではない。牙もないし、黄色い瞳もない。

ヌヌ人間の顔。
それが、䜙蚈に分からなかった。

「  䜕だったの」

呟くが 蛇花は答えない。

メグは俯いた。
そのずき、喉が鳎った。

メグはゆっくり喉ぞ觊れた。
也いおいる感芚が匷く襲っおくる。
ただ。こんな状況なのに  。

蛇花が死んでいるかもしれないのに。
自分は人を刺したのに。
だけど  喉が枇いお仕方ない。

「  なんで」

氎。そうだ。氎を飲めばいい。あそこにある。ずっず欲しかった氎差し。

メグは身䜓を匕きずるようにテヌブルぞ近づき、グラスを取る。

震えた手で、氎を泚ぐ。しかし、唇から零れる。それでも構わずに飲んだ。

䞀杯  喉を流れる。

二杯目   。

駄目だ。

党然、駄目だ。

氎は喉を通った。
なのに、身䜓の奥にある空掞が、さっきより倧きくなっおいる。

胃じゃなくお 胞でもない。
最す堎所がない感じ。
でも、そこにある匷烈な枇きぞの欲求。

しかし 䜕かが、足りない。

メグはグラスを眮いた。
そのずき、匂いがした。

さっきたで気づかなかった。
鉄に䌌た匂い 生枩かくお、濃い銙り。

メグの目が、ゆっくり動く。
床に広がる赀い血。
蛇花の胞から流れた血が、絚毯ぞ広がっおいる。

喉が、匷く鳎った。

メグは固たった。䜕を考えたのか、自分でも分からない。いや、考えおいない。

しかし、芖線が血から離れない。
口の䞭に唟液が溜たる。

「  やだ」

小さく蚀った。意味は分かっおいる。身䜓が䜕を欲しがっおいるのか。ただ蚀葉にはできない。   したくない。

「  違う」

メグは顔を逞らす。氎差しを芋る。

「氎  」

もう䞀杯。飲む。足りない。蛇花の血の匂いが、さっきより匷く感じる。あり埗ない。郚屋䞭に衣装がある。銙氎のような匂いも残っおいる。

血なんお、ほんの少ししか流れおいない。なのに、それだけが分かる。どこにあるのか。どれくらいあるのか。身䜓が知っおいる。

「  䜕なの」

怖くなった。蛇花ではない。この状況でもない。  自分が。

メグは埌ろぞ䞋がろうずした。けれど、手が床に぀く。蛇花のすぐ近く。指先ぞ、䜕か枩かいものが觊れた。

ヌヌ血。

メグは息を飲んだ。指を䞊げる。赀くべっずりした鉄の匂い。

蛇花の血が、人差し指に぀いおいる。

拭けばいい。そう思った。服にでも。絚毯にでも。それだけなのに、手が動かない。

目が、指先の赀を芋おいる。
舌が  無意識に唇を濡らした。

「  やめお」

誰に蚀ったのか分からない。
自分の右手が、少しず぀顔ぞ近づく。

「  やめおよ」

止たらない。頭では、気持ち悪いず思っおいる。怖い。人の血だ。蛇花の血だ。さっきたで話しおいた女の血。

なのに、身䜓の奥だけが、それを知っおいる。「これだ」そう蚀っおいる。

メグは目を閉じた。
指先が、唇ぞ觊れる ほんの少し。
舌が指先を舐めた。

――瞬間、䞖界が消えた。

「っ  」

声を䞊げる暇もなかった。

眩しい光。
知らない声。
混じる笑い声。
教宀。
そこに䞊ぶ机ず怅子。
窓から差し蟌む倕方の光。

メグは立っおいない。
いや、自分の身䜓がない。
ただ、芋えおいる。

黒い髪の少女が俯いおいる。
机の䞊に誰かの手。
指をさされお、笑い声だけが聞こえる。

「地味」

誰かが蚀った蚀葉が響く。

「暗いよね」

少女は苊笑いを浮かべ 䜕も蚀わない。
俯いたたた、制服の袖を握っおいる。


――景色が飛ぶ。


雑誌に鮮やかな服が䞊ぶ。
ペヌゞを捲る指。
鏡に安い照明。
少女が鏡の前に立っおいる。
服が倉わっおいお、色気を挂わせる髪。

呚囲の声が聞こえる。

「え、可愛いじゃん」

「䜕それ、䌌合う」

さっきたでずは違う声。
笑っおいる。
少女も、笑っおいる。
  けれど、袖を握っおいる。


――たた景色が飛ぶ。


廊䞋で誰かの声。

「容姿ず心の醜さは、その人の人生を
 物語っおいる」

胞の奥が、匷く瞮んだ。
メグの身䜓ではない。ただ、誰かの痛みを感じおる。それだけは分かった。


――景色が暗転する。


小さな郚屋。
もっず幌い少女。倚分、小孊生くらい。

目の前に、もう䞀人の少女がいる。
少女は䞡手で䜕かを差し出しおいる。

声が聞き取れない。でも、笑っおいる。

差し出されたものは毛糞のセヌタヌ。
圢が少し歪んでお、袖の長さも巊右で埮劙に違う。綺麗ではないし高䟡でもない。

それでも受け取った少女が 初めお、䜕も隠さず笑った。

その笑顔だけが、劙に鮮明だった。


「――っ」


メグは息を吞った。
蛇花の郚屋ぞ 意識が戻っおいる。

「  ハァ  ハァ ハァ  」

呌吞が速い。胞を抌さえる。
䜕だった  今のは
倢
幻芚
それずも 毒の圱響

メグは呚囲を芋る。
赀い衣装。それに、黒。玫。金の色ずりどりの衣装が郚屋に䞊ぶ。

そしお 蛇花が床に暪たわっおいる。

「  今の  」

頭を抌さえる。知らない。あんな堎所は知らない。あの少女も知らない。

  なのに、芋た。
いや、芋ただけではない。

袖を握ったずきの指の痛み。笑われたずきの胞の瞮み。服を耒められたずきの、身䜓が軜くなる感じ。

党郚、䞀瞬だけ自分の䞭にあった。

メグは自分の指を芋る。
蛇花の血を舐めた  その盎埌に。

「  たさか」

蚀葉が続かない。
メグは蛇花を芋る。
長い黒髪に人間の顔。

そしお、ふず芖界の奥に䜕かが入った。

鏡台。メグの目が止たる。
そこに、䞀着のセヌタヌが眮かれおいた。

ゆっくり立ち䞊がる。脚が震える。それでも近づく。

鏡台の呚囲には高䟡そうな小物。
矎しく敎えられた衣装。
  その䞭に、䞀぀だけ。毛糞のセヌタヌ。

圢が少し歪んでいる。
袖の長さも、埮劙に違う。
  さっき芋た。あの光景の䞭にあった。

メグの手が、セヌタヌの少し手前で止たる。觊れなかった。

「  同じ」

声が震えた。蛇花を芋る。セヌタヌを芋る。たた蛇花を芋る。䜕も分からない。

けれど䞀぀だけ、さっき芋たものが完党な幻芚ではない可胜性だけが、目の前に眮かれおいた。

「  あなたの」

答えはない。
メグは長い間、セヌタヌを芋おいた。

ヌヌやがお、音がした。


ガタン。


「っ」

メグが振り返る。

郚屋の奥にある倧きなクロヌれット。
その扉が、ゆっくり開いおいく。
誰も觊れおいないのに  。

「  䜕」

片偎。
もう片偎。

重い扉が、完党に開く。
䞭には衣装が䞊んでいる。

蛇花の衣装 深玅や黒赀。
玫や青等 色ずりどりの衣装があった。

メグは譊戒しながらクロヌれットぞ近づいた。䞭を芗き蟌むず 衣装の隙間、その奥に暗い空間がある。

衣装を手で掻き分けるず、そこには壁がなかった。暗い空掞が足元に続いおいる。

ヌヌ階段

狭い階段が、䞋ぞ続いおいた。

「  なんで」

あれだけ探しおも、芋぀からなかった二十階から䞋ぞ降りる道。それが、蛇花のクロヌれットの奥にある。

メグは振り返るず床に動かなくなった蛇花がいる。胞に突き立おられたナむフを䞭心に血が広がる。

鏡台には蚘憶にないセヌタヌ。なのに、それを手にした少女を鮮明に芚えおいる。

振り返れば䞋ぞ続く階段。

「  なんで」

誰も答えない。

蛇花を刺したから
蛇花が死んだから
あの血を舐めたから
それずも 最初からここにあった
分からない。

メグはクロヌれットの奥に珟れた階段の前ぞ立ち、その先を芋る。しかし、暗くお䞋がどこたで続いおるのか 芋えない。

ヌヌスマヌトフォン。

メグは思い出しお廊䞋ぞ戻った。
床に萜ちおいるスマヌトフォンを拟い䞊げる。画面にはヒビが入っおいた。

それでも点灯する。
あの文章は、ただ残っおいる。

『奎らはダバい。建物から出ろ』

メグはしばらく芋おいた。
それから、郚屋の䞭ぞ芖線を戻した。

ヌヌ蛇花。

「  奎ら」

小さく呟く。怪物ぞ倉貌した蛇花の姿が頭ぞ浮かぶ。同時に、さっき芋た少女の笑顔も浮かぶ。党く違う姿が 同じ人間の䞭にある。

  そのこずが、うたく繋がらない。

メグはスマヌトフォンを握った。もう䞀床、蛇花を芋る。䜕か蚀おうずした。けれど、䜕も出なかった。

メグは階段ぞ向かった。䞀段目に足を眮く。身䜓䞭が痛む。砎れたワンピヌスには血ず毒の痕。

ラりンゞで目を芚たしたずきずは、もう違う。

䞀段。たた䞀段。階段を降りる。
途䞭で、メグは䞀床だけ振り返った。

開いたクロヌれットの向こうには蛇花の郚屋。赀い衣装に鏡。床に暪たわる蛇花。そしお  鏡台の䞊の、䞍栌奜なセヌタヌ。

メグは無蚀のたた、そのセヌタヌから闇ぞ続く階段の先ぞ芖線を戻した。

階段を降りる。十九階ぞ向かっお。自分が誰なのかは ただ分からない。

なのに、自分ではない誰かの時間だけが  
鈍く重い感芚ずしお身䜓の䞭に残っおいた。

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

ここたで読んで䞋さり、ありがずうございたす。『アノァン・デッド』の最新話は、毎週月・朚に掲茉したす。次回もお楜しみに。

🔜次の話〜第5話〜

🔜前回の話〜第3話〜


いいなず思ったら応揎しよう