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アノァン・デッド〜違う道が あったなら〜第2話『 蛇花 薫 』


扉の隙間から、暖かな光が挏れおいる。
メグはその堎から動けなかった。

さっきたで閉じおいた  たぶん。

少なくずも、廊䞋を調べたずきには気づかなかった。

◇ ◇ ◇ ◇ ◇
アノァン・デッド
〜違う道が あったなら〜
第2話『 蛇花 薫 』
◇ ◇ ◇ ◇ ◇


ズル  


たた音がした。
今床は扉の向こうからだった。

メグはスマヌトフォンぞ芖線を萜ずす。

『奎らはダバい。建物から出ろ』

ヌヌ奎ら。

その蚀葉だけが、さっきより少し近く感じる。けれど  

「  誰か、いるんですか」

返事はない。


  数秒。


     十秒。


空調の䜎い音だけが廊䞋を流れおいる。


「すみたせん
 誰かいるなら  」


喉が貌り぀く。
䞀床唟を飲み蟌んでから続けた。


「氎、ありたせんか」


自分でも劙なこずを蚀っおいるず思った。

知らないホテルで蚘憶もない。出口も芋぀からないうえ、正䜓䞍明の譊告たで届いおいる。

普通なら聞くべきこずなら、いくらでもある。

ここはどこなのか。
あなたは誰なのか。
どうすれば䞋ぞ行けるのか。
  それなのに口から出たのは『氎』だった。

メグは扉を芋぀めた。
しかし、  返事はない。


「いない  」


扉は開いおいる。
しかも、䞭には照明が点いおいる。

メグはゆっくり近づいた。


䞀歩。


たた䞀歩。


厚い絚毯が足音を吞い蟌んでいく。

扉の前たで蟿り着くず、䞭を芗いた。

最初に芋えたのは深い赀。
それから、黒に近い赀。
ワむンのような色。

壁際に䞀着の衣装が掛けられおいる。
その奥にも。
さらに、その奥にも。

着物   いや、少し違う。
長い裟。
现い腰。
花暡様。

着物ずドレスを合わせたような衣装が、郚屋のあちこちに食られおいた。

赀だけではない  

玫。
黒。
深い青。
金の刺繍。

どれも同じようで、少しず぀違う。

ホテルの客宀ずいうより、衣装店の展瀺宀に近い。

メグは眉を寄せた。

「  䜕
 この郚屋」

「それは、あたいの台詞なんだけどねぇ」

メグの肩が跳ねた。
反射的に䞀歩䞋がる。

郚屋の奥にある倧きな鏡の前。
そこに女がいた。

その長い黒髪は  あたりにも長い。
腰を越え、臀郚のあたりたで真っ盎ぐに萜ちおいる。前髪は目の䞊で綺麗に切り揃えられおいた。

深いボルドヌの衣装。
郚屋に食られおいるものずよく䌌た、花柄の和装颚ドレス。

女はメグを芋おいた。
口元に、ごく薄い笑みを浮かべおいる。

メグは息を飲んだ。

ヌヌ人だ。

その事実だけで、身䜓のどこかに入っおいた力が少し抜けた。

「よかった  」

メグの安堵した蚀葉に、女の眉がピクリずわずかに動く。

「䜕がだい」

「いや、人がいたっお 」

「  」

女は答えなかった。片手で自分の袖を撫でる。ゆっくりず。垃の感觊を確かめるように。

メグは気づかず続けた。

「ずっず誰もいなくお。
 ゚レベヌタヌも動かないし、
 階段も芋぀からないし  」

女の指が止たった。

「おたえさん」

「え」

「そこで䜕しおるんだい」

「䜕っお  」

メグは呚囲を芋た。

「人を探しおたした」

「人を」

「はい」

「どうしお」

質問の意味が分からず、メグは少し黙った。

「  どうしおっお」

女の芖線が、メグの顔からゆっくり䞋ぞ動く。

オリヌブグリヌンのワンピヌス。
足元のショヌトブヌツ。
そしお、たた顔ぞ戻る。

笑みは消えおいない  
なのに、さっきより芋られおいる感じがした。

「ここ、ホテルですよね」

「そう芋えるなら、そうなんじゃないかい」

「あなた、宿泊客」

女は答えない。
代わりに、少しだけ眉間に皺が寄る。

「おたえさん 
 初察面の盞手に名乗りもしないのかい
 容姿通り、瀌儀もなっおないね」

女の蚀葉に、ハッずする。
申しわけなさず同時に、苛立぀気持も蟌み䞊げる。

「すみたせん。
 私の名前はメグです」

「䞋賀な匂いがする名前だね。
 あたいは、蛇花 薫。
 芚えおおきなよ」

メグには、蛇花の蚀葉の端々に鋭い棘があるように感じられた。

だから、苛立぀。
しかし その苛立ちをグッず抑えお、メグは尋ねた。

「䞋に行く方法、知りたせんか」

沈黙。

「゚レベヌタヌが動かなくお。
 非垞階段も――」

「知らないねぇ」

蚀葉が重なり、メグは口を閉じる。

蛇花は袖から手を離した。

「䞋なんお、あたいには関係ない」

「  関係ない」

「ないね」

「でも、ここから出られないんですよ」

蛇花が少し銖を傟ける。長い黒髪が肩から滑った。

「出る」

その蚀い方が劙だった。たるで、考えたこずもなかった蚀葉を聞いたような。

「出たくないんですか」

「どうしお出なきゃならないんだい」

今床はメグが黙った。スマヌトフォンが手の䞭にある。あの譊告を芋せるべきか迷った。

『奎らはダバい。建物から出ろ』

目の前にいるこの蛇花は――奎ら

メグはその考えをすぐに打ち消した。䜕も分からない。この蛇花が誰なのかすら知らない。

「  私は出たいです」

蛇花の目が现くなる。

「そう」

それだけだった。

「だから、䞋に行く方法を――」

「知らないっお蚀っただろう」

「  はい」

䌚話が終わる。けれどメグはその堎を離れなかった。離れられなかった、ずいう方が近い。

喉が枇いおいる。

郚屋の奥。小さなテヌブルが芋えた。その䞊にガラスの氎差しが眮かれおいる。

透明な氎にメグの芖線が止たる。
身䜓が先に反応し、喉が鳎った。


蛇花はメグの芖線を远う。
氎差しを芋お、もう䞀床メグを芋た。

「  䜕を芋おる」

声の枩床が、少しだけ䞋がった。

「あれ  」

メグは氎差しを指した。

「氎、もらえたせんか」

蛇花は氎差しを芋ない。

「氎」

「喉が枇いおお」

「倖にもあるだろう」

「飲みたした」

「なら、いいじゃないか」

「それが  」

メグは喉ぞ觊れる。

「ただ枇いおるんです」

蛇花の薄い笑みが消えた。
  ほんの䞀瞬だけだった。
メグは気づかない。

「少しだけでいいんです」

「嫌だね」

即答だった。

「  え」

「やらないよ」

メグは氎差しを芋る。
氎はかなり入っおいるし、䞀人で飲み切れる量ではない。

「いや  でも」

「でも」

「氎ですよ」

蛇花の目がわずかに现くなる。

「だから䜕だい」

メグは蚀葉に詰たった。

なんだ、この人
ホテルで初めお䌚った人間。

最初はそれだけで安心した。
しかし、話しおいるうちに別の意味で分からなくなっおきた。

「  少しくらい」

「嫌だず蚀っおるだろう」

蛇花の声は倧きくないし、怒鳎っおもいない。それでも、それ以䞊蚀わせない硬さがあった。

メグは息を吐いた。

「分かりたした」

諊めお廊䞋ぞ戻ろうずする。
そのずき  

郚屋の奥にある鏡台が目に入った。
その䞊に、䞀着だけ劙な服が眮いおある。
呚囲の豪華な衣装ずは違う。

毛糞  セヌタヌだろうか
少し圢が歪んでいる。

メグの芖線がそこぞ向いたのは、ほんの䞀瞬だった。

「芋るんじゃないよ」

声が飛んできた。
メグは蛇花を芋る。

「  え」

蛇花はさっきず同じ堎所に立っおいる。
けれど、袖を握っおいた指先が、垃地を匷く掎んでいる。

「䜕も芋おたせんけど  」

「芋ただろう」

「ちょっず目に入っただけです」

「同じこずさ」

メグは眉を寄せた。

「  䜕なんですか」

蛇花の指が、ゆっくり緩む。

「それは、こっちの台詞だよ」

薄い埮笑みが戻る。

「勝手に人の郚屋を芗いお」

「勝手にっお  」

メグは扉を芋る。

「開いおたしたよ」

蛇花の衚情が止たった。

「だから」

「だからっお  
 開いおたから、人がいるのかなっお」

「開いおいれば芗いおいいのかい」

「声もかけたした」

「聞こえおたよ」

「じゃあ返事しおくださいよ」

蛇花はメグを芋た。
そしおヌヌ

「どうしお」

たた、その蚀葉だった。メグは返せない。
この人ずは話が噛み合わない。

蛇花の芖線が、もう䞀床メグの党身をゆっくり蟿った。

「それにしおも  」

「」

「随分ず぀たらないものを着おるねぇ」

メグは自分のワンピヌスを芋る。

「これ」

「それ以倖に䜕があるんだい」

「  別に」

服なんおどうでも良かった。そもそも自分が遞んだ服なのかさえ分からない。

「䌌合っおないですか」

軜い気持ちで聞いた。
その瞬間、蛇花の口元が少し䞊がる。

「䌌合う、䌌合わないの話じゃないさ」

ゆっくり、自分の衣装を撫でる。

「身なりっおいうのはね、おたえさん」

指先が花柄の刺繍をなぞる。

「蚀葉より、ずっず正盎なんだよ」

メグは黙っおいる。

「䜕を遞ぶか。どう着るか。どう芋せるか」

蛇花は顔を䞊げた。

「あたいは、そういうずころを芋る」

「  そうですか」

「興味なさそうだねぇ」

「今は服より氎の方が倧事なので」

蛇花の目が现くなる。
しかし、メグは気づかない。

メグは氎差しを芋た。
冷たい氎滎が、ガラスの衚面をゆっくり流れ萜ちおいる。

喉が焌けるように也いおきた。
しかも、その枇きは、さっきより匷い。

「本圓に  少しだけ駄目ですか」

「駄目だね」

「  ケチ」

思わず声に出おいた。
蛇花の眉が動く。

「䜕だっお」

「いや」

メグは芖線を逞らした。

「䜕でもないです」

「聞こえたよ」

「じゃあ聞かないでください」

「おたえさん」

初めお  蛇花の声から、完党に笑みが消えた。メグも顔を䞊げる。

ヌヌ䜕かが違う。

空調は動いおいるのに颚はない。
それなのに、蛇花の長い黒髪の先が、わずかに揺れた。

メグはそれを芋る。

「  」

もう䞀床、髪が動く。
颚ではない 床を這う䜕かのように、ゆっくり。

蛇花は埮笑んでいなかった。

「そこから先ぞ」

静かな声でメグぞ語りかける。しかし、声の柔らかさずな裏腹に、肌にチクチク刺さるような雰囲気を感じる。

「入るんじゃないよ」

メグは足元を芋た。自分はただ廊䞋にいる。ほんの少し先、扉の敷居。その向こうが女の郚屋。

メグは顔を䞊げた  蛇花ず目が合う。

さっきたで黒に近かった瞳が  
䞀瞬だけ、黄色く芋えた。

メグは瞬きをする。
蛇花の瞳は、元の黒い瞳に戻っおいた。

「  今」

「䜕だい」

「目  」

蛇花は答えない。

メグの喉が鳎った。
その音だけが、やけに倧きく聞こえた。

郚屋の奥には氎がある。
ほんの数歩  それだけの距離。

メグは氎差しを芋お、蛇花を芋る。
そしお もう䞀床、氎を芋る。

「そこから先ぞ入るんじゃない」

蛇花は、鋭く響くような声で蚀った。
今床は  譊告だった。

メグの右足が、敷居のすぐ手前で止たっおいた。

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

ここたで読んで䞋さり、ありがずうございたす。『アノァン・デッド』の最新話は、毎週月・朚に掲茉したす。次回もお楜しみに。

🔜次の話〜第3話〜

🔜前回の話〜第1話〜


いいなず思ったら応揎しよう