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🍁妻が1か月半入院。フルタイム・ワンオペで双子の出産を迎えました

私は3児の父親。夫婦共働き、親のサポートなしで子育て中。
2人目が双子になり、一気に子ども3人の5人家族に。
大変でも毎日を充実させたい。家族5人で楽しく暮らしていきたい。
「ライフデザイン」をキーワードに日々のことを書いています。


🏡 ライフデザイン|子育て編 #4

双子が生まれることが分かったとき「育てられるかな」と思いました。

でも、今振り返ると、双子が生まれてからよりも、双子が生まれる前の1か月半のほうが、父親として大きな転機だったのかもしれません。

双子の出産に向けて妻が入院したからです。
当時、長女は3歳。私はフルタイムで仕事をしながら、3歳の娘と二人で生活することになりました。

いわゆるフルタイム・ワンオペ。

そして、その1か月半後。妻は帝王切開で双子を出産しました。


「ちょっとおかしい」と話す妻

双子の出産予定日は5月中旬でした。
まだ出産までは2か月以上。

そんな3月中旬の土曜の夕方。夕食を食べようか、と席についた時、
妻が「ちょっとおかしいかも」というようなことを言いました。

「病院に電話してみたら?」と言い、電話。

すると「今から来てください」とのこと。まさか、その時はそのまま入院するとは思っていなく娘と過ごしていました。

その後、病院から電話。嫌な予感。

「入院することになりました。詳しいことはまたわかり次第連絡します」
結果としては、安静が必要で入院することが最善と判断されそのまま出産まで病院で過ごすことになりました。

この日から、私と3歳の娘の生活が始まりました。


妻がいない家

妻が入院する。頭では分かっていても、実際に家に帰ってくると、今までとはまったく違う日常になりました。

娘のご飯。お風呂。着替え。保育園の準備。朝の送迎。帰ってきてからの夕食。寝かしつけ。そして仕事。

今まで妻と二人でやっていたことを、一人で考えて動かなければいけません。もちろん、父親としてそれくらいやるべきなのだと思います。

でも、実際にやってみると、
「毎日これをやっていたのか……」
と感じることがたくさんありました。


フルタイムで働きながら、3食作る

仕事は続けていました。
幸い、在宅勤務が週3日くらいあったので、それはかなり助かりました。
それでも仕事しながらも娘の生活は待ってくれません。

朝起きる。娘を起こす。準備をする。送迎する。仕事をする。娘を迎えに行く。夕食を作る。お風呂に入れる。寝かしつける。
そして翌朝。
そんな毎日でした。

当然、3食も作ります。
料理は好きでできるときは率先してやっていたものの、凝った料理を作る余裕もありません。

それでも「娘にちゃんと食べさせる」ということだけはやろうと思っていました。


週末は病院へ

土日になると、病院にも行きました。

妻の着替えを持っていく。
洗濯物を持って帰る。
必要なものを届ける。

面会は未就学児連れではできない、ということで、テレビ電話で話すことが中心でした。

娘と妻がテレビ電話で話す。

「ハハ?」
次の言葉が出てこなく、なんで家からいなくなってしまったのかを理解するのがまだ難しかった3歳。

隣で聞いていて、近くにいる大切さを実感した時間でした。


キャリコン養成講座の通学も残っていた

実は、この時期にもう一つありました。
キャリアコンサルタントの通学。3月末まで毎週日曜9時から18時まで。

残り3回。
最終回のプレゼンに向けて課題もある。模擬筆記試験もある。

正直、諦めようかなと思いました。

ですが、私の家族(母親と近くに住む妹夫婦)の助けがあり、日曜2回の面倒を見てもらって乗り切りました。

今振り返ると、あのとき家族のありがたみが身に沁み、安心して預けられる相手がいることに感謝。

頼れる人には頼る。

これも人生では大切なことだと、この時期に実感しました。


娘は、熱も出さずに頑張った

そして、何より頑張ったのは娘だったと思います。

3歳。まだまだ甘えたい年齢です。
それなのに、突然母親が家にいなくなった。
それでも、保育園に行き、帰ってきて、私と生活する。
体調を崩すこともなく、毎日を過ごしていました。

私は仕事と家事と育児で精一杯でしたが、娘も娘なりに、状況を感じ取っていたのかもしれません。

今思えば「頑張ってくれていたんだな」と思います。


チチと娘との距離が縮まった

この1か月半で、一番大きかったのはここかもしれません。
それまで私は「父親として子育てをしている」と思っていました。

でも、妻がいなくなって、娘と二人で生活してみると、娘との距離が一気に近くなりました。

毎朝起こす。毎日送り迎えする。ご飯を作る。一緒に食べる。お風呂に入れる。寝かしつける。泣いたら抱っこする。
楽しいことも、面倒なことも、全部一緒。

一つ一つは小さなことです。
でも、それが毎日積み重なっていく。そうすると、自然と娘との距離が縮まっていきました。


「チチじゃないと嫌」

そして、このときから今でも続いていることがあります。

娘の寝かしつけです。
眠くなってくると「チチ、トントンして~」とお願いされます。
私が仕事で夜遅くなったりすると「今日はトントンしてもらえないのか~」と言います。

※「チチ」というのは、娘が父親の私を呼ぶときの呼び方です。

妻がいるのに「チチがいい」と言われると、ちょっと嬉しい。
妻からすると「じゃあ私は?」となるかもしれませんが(笑)。

でも、あの1か月半があったからこそ、娘との間にできた距離なのだと思います。


4月14日、双子が生まれた

そして、4月14日。妻は帝王切開で双子を出産しました。
予定日は5月中旬。それよりも1か月ほど早い出産でした。
双子は低体重で生まれ、そのままNICUとGCUを経て退院。

妻は出産後1週間程度で退院しました。でも、双子はまだ退院できません。

双子が退院したのは5月10日。ようやく家族5人で暮らせるようになりました。

3月上旬に妻が入院してから約1か月半。
長かったような、あっという間だったような、
戻りたくはないけれど、
3歳の娘とふたりの生活はまた体験したいです。


あの1か月半がなかったら

もし妻が入院せず、予定通り5月に双子が生まれていたら。
たぶん、今とは違う子育てになっていたと思います。

双子が生まれてから「大変だ」と思うことはたくさんありました。

でも、その前に私は、
「3歳の娘と二人で生活する」という経験をしていました。

だから、双子が生まれたあとも「何もできない」とは思わなかったのかもしれません。もちろん大変でした。

でも「やるしかない」と思えた。
それは妻が入院していた1か月半があったからだと思います。


父親になって、初めて分かったこと

この経験をして、少しだけ父親としての意識も変わりました。

子育ては「手伝う」ものではない。
自分も当事者。

妻がいると、どうしても「妻がやってくれる」と思ってしまうことがあります。悪気がなくても「これ、どうするんだっけ?」と妻に聞けば済んでしまう。でも、妻がいなければ、自分で考えるしかありません。

娘のことを一番近くで見ているのは自分。
だから、娘の変化にも気づくようになりました。


妻が大変だったことも、少し分かった

そして、もう一つ。
妻が毎日やっていたことの多さにも気づきました。

子どもの服。食事。保育園。体調。必要なもの。予定。買い物。家のこと。
一つ一つは小さなことでも、それが積み重なると大きな仕事になります。

1か月半だけでも「これを毎日やっていたのか」と思いました。
ただ、妻の大変さを全部分かったとは思いません。

でも、少しだけ想像できるようになった。

それだけでも、私にとっては大きな経験でした。


今振り返ると

妻が1か月半入院したとき「どうしよう」と思いました。

仕事もある。娘もいる。家事もある。
そして、双子の出産がある。

でも、やってみると、なんとかなることもありました。
もちろん、周りの助けもありました。
在宅勤務にも助けられました。
そして何より、娘が頑張ってくれました。

あの1か月半があったから父親としての自分の役割が少し変わった。

そして、娘との距離が近くなった。

今でも寝かしつけのときに「チチ、トントン」と言われると、あの時間を思い出します。

大変だった。
できれば、妻と一緒に過ごせたほうがよかった。

それでも振り返れば、長い人生の一部分。
私にとって父親になるための、大きな1か月半だったと思います。


🍁今回のライフデザイン

子育てをしていると、予定通りにいかないことばかりです。
「こうしたい」と思っていても、突然予定が変わる。

今回もそうでした。
双子の出産前に妻が長期入院するなんて、もちろん想像していませんでした。

でも、その出来事によって、娘との時間が増えた。
父親としてできることが増えた。
妻がやっていたことにも気づけた。
そして家族5人になる準備を、少し早く始めることができた。

人生は、予定通りにいかない。
だからこそそのときの家族に合わせて、暮らし方を変えていく。

それも、私が考える「ライフデザイン」なのかもしれません。


次回予告

次回は
🍁「俺も子育てしてる」は、本当に妻の助けになっているのか
について書いてみます

「子どもと過ごしたい」と思って、仕事を変えた。
そして、子どもたちと過ごす時間が増えた。
でも、あるときふと思った。

じゃあ、妻がいるときの自分はどうだったんだろう。

「俺も子育てしてるよ」
そう言っていた。

子どものお風呂にも入れる。休日は子どもと遊ぶ。
妻が大変そうなら「何かやろうか?」と声をかける。

自分なりに、子育てをしているつもりだった。

でも、妻が長期間家を離れ、仕事をしながら、娘の生活を支え、家事をして、病院にも通い、そして双子の誕生を迎える生活を経験したことで、少しずつ見え方が変わっていった。

「俺も子育てしてる」は、本当に妻の助けになっていたのか。

もしかしたら「何をすればいい?」と聞くこと自体が、
妻にもう一つ仕事を増やしていたのかもしれない。

次回は、そんなことを考えるきっかけになった、
3人育児の中での自分自身の「子育て」を振り返ります。


🏡 ライフデザイン|子育て編|バックナンバー
#1🍁「子どもは大きくなっても、小さくはならない。」園長先生の一言が変えた私の優先順位
#2🍁3人目が双子だと分かった日。父親になって、初めて「育てられるかな」と思った
#3🍁仕事を変えて気づいた。「子どもと過ごす時間」は、父親にも必要だった

私の自己紹介、ライフデザインを考えるきっかけとなったキャリコン挑戦のまとめ記事はこちらです。

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