
🍒子どもの詩172 Theme-56
〜学校の解体〜
読みに来ていただき、ありがとうございます。
子どもの詩を紹介するnoteです。
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校舎に関わる詩を集めてみました。
1番目と2番目の作品について。私にも経験があります。勤め先の学校が、統廃合のために無くなり、数年後に解体されました。解体されるまでの数年間、Googleマップで、校舎の様子をチェックし続けました。
大人ですらこうですから、荒れ果てていく学校を見た子ども達、自分の学び舎が壊されるのを見た子ども達は、どれほどショックが大きかったことでしょう。しかし、いずれ分かるはずです。記憶の中の校舎は、いつまでもその場所に建ち続けるということ。その輪廓は、年を経るごとにより鮮明になるということ。
小学校
いまはもうだれもいない小学校
その前を通った
今まで通っていたとは思えないほど暗かった
のぞみちゃんと二人で通ったからいいけど
一人だったらさみしくて
こわくて
絶対に通らなかったと思う
私が「めっちゃしんみりしとるな
何か出てきそう」と言うと
「そうか」と言われた
小学校の校舎はたましいがなくなったかのよう
校庭には草があれほうだい
時計は止まっているし
「立ち入り禁止」と書かれた門が
なぜか少し開いている
誰かが入ったのかな
遊んだあとが残っている
のぞみちゃんが
「私 前までここそうじしてた」と言った
そう言われたところを見ると
草が少し生えていた
私はなんだかさみしくなった
ここに百四十年も建っていたのになあ
6年 あんな
くずれゆく分校
おそかった
分校はすでにこわされていた
半分こわされていて中が見えている
四年間一緒にいた私達の学校が
今 消えようとしている
私達のお父さんもこの校舎で育った
いくら古くても
いくらきたなくても
この学校が大好きだ
新しい校舎よりも
どの学校よりも
美しい いい学校だと思っている
木造の校舎
かわらもある
学校ではなく まるで家のようだ
春になればきれいな桜
夏になればさつきや新緑
こんなにいい学校は他にあるだろうか
私が八十才になっても
百才になっても
いつまでもあの場所に
残っていてほしかった
5年 めぐ
校舎の命
雨がふった次の日
ドドン ガシャン
音をたてて
ぼくたちの校舎がこわされた
ピカピカにみがいた教室やろう下のゆかも
しかけを作って遊んだ戸も
キャンドルサービスをした六年教室も
みんなみんな
鉄のつめにこわされた
こわされるのを見て
鉄の校舎だったら生きのびれたのにと思った
つぶされる前の日は雨だった
こわれるときのほこりが
ぼくたちをきずつけるといけないと思って
校舎は雨をふらせた
やっぱりやさしい校舎だ
古い校舎は新しい校舎に命をゆずって
五十七歳でこわされた
今は新しい校舎で古い校舎が生きている
6年 まこと
次の2作品は、現役の校舎です。まだまだ頑張ってもらわねば。
学校に行ってみた
ふうしんで学校を休んだ
「今ごろみんな何してるかな」と気になった
五日も休んだ
やっとおいしゃさんに
「学校に行ってもいい」と言われた
先生にそのことをすぐに言いに行きたかった
夕がたそうっと学校に行ってみた
大きい子がまだいたので
少しもどって
それからまた行ってみた
今度はだれもいなかった
教室に行った
先生がひとりおられた
「あらっ?かえちゃん」と言われた
先生と話をした
楽しかった
教室の後ろに
みんなの絵といっしょに
わたしの絵もはってあったので
ほっとした
3年 かえ
そうりつきねんび
がっこうが
十二さいになりました
でも
きょうはおやすみです
おたんじょうびなのに
だれもきません
おいわいしてあげなきゃ
ぼくは
おめでとうをいいに
はしっていきました
1年 ほたる
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最後まで読んで頂き、ありがとうございました。
また読みに来ていただけたら、嬉しいです。