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小川未明文学賞に挑戦

 上越市出身の小川未明は、日本近代童話の父と呼ばれ、1,200編を超える童話を創作しました。未明の文学精神である「人間愛と正義感」を、子どもたちに育むような創作児童文学作品を募集します。

募集作品

 (1)短編部門(小学校低学年向け) 400字詰め原稿用紙で20枚から30枚
 (2)長編部門(小学校中学年以上向け) 400字詰め原稿用紙で60枚から120枚

応募資格

 不問(プロ・アマを問いません。ただし、当文学賞で過去に大賞を受賞した方は除きます)

応募規定

  • 小学生を読者の対象とした創作児童文学で、内容・形式は自由です。

  • 日本語で書かれた未発表のオリジナル作品(同人誌発表は可。ウェブ発表作品は不可。他賞への二重投稿は不可。)に限ります。

  • パソコン等で原稿を作成する場合は、A4用紙を横長に使用し、40字×30行で印刷してください。枚数は短編7枚程度から10枚、長編20枚以上40枚としてください。

  • 原稿は縦書きで作成してください。

  • (1)(2)両部門への同時応募も可能ですが、応募は各部門1作品のみです

  • 表紙(題名、筆名と本名(ともにふりがな明記)、年齢、性別、職業、郵便番号、住所、電話番号、本文の枚数を記入したもの)、あらすじ(原稿用紙2枚程度)、原稿の順に右肩をホチキスまたは紐でとじてください。メールで応募する場合は、表紙、あらすじ、原稿をまとめて1つのPDFデータとし、件名及びファイル名を「作品名(筆名)」として送付してください。(例:小川未明の世界(上越太郎))

  • 生成系AIのみを使用した作品の応募はできません。(詳しくはよくあるお問い合わせをご参照ください。)

  • 応募作品は返却しませんので、あらかじめコピーをおとりください。

  • 作品の訂正及び選考経過のお問い合わせには応じられません。

応募方法

 上越市文化振興課へ郵送・持参・メールのいずれかの方法でご応募ください。
 (ファックスでの応募は受付できません。)

締切

 令和8年10月31日(土曜日)(郵送の場合は当日消印有効)


試行錯誤を重ねながら創作を続けております、LaLaLaです。

昨年も挑戦したコンテストでしたが、残念ながら満足のいく結果を残すことはできませんでした。 だからこそ今年は、「去年の自分よりどれだけ文章に磨きをかけられたか」を確かめるべく、再チャレンジを果たします。

現在、作品のたたき台となるプロットが仕上がったところです。 ここからさらに推敲を重ね、小学生の子どもたちが目を輝かせ、夢中になってページをめくってくれるような作品に仕上げられるかが勝負だと感じています。

ワクワクする物語を届けるため、精一杯言葉を紡いでまいります。



雨の日だけの、ひみつの道
第一章:ハルは、変なものを見る
雨の日は、町の音が小さくなります。車の音、人の話し声、犬の鳴き声。みんな、雨のつぶに優しく包まれてしまうからです。ハルは、その静けさが好きでした。
ランドセルを背負って、黄色い長靴をはきます。そして、学校から家までの道を歩き始めました。
ぽく。ぽく。
長靴が、水たまりを踏みます。ハルは水たまりをよけません。わざと、真ん中を歩きます。
ぽちゃん。
水が左右に飛び散りました。
「またやってる」後ろから声がしました。
同じクラスのミナです。
「なにを?」
「水たまりを歩くこと」
「おもしろいよ」
「子どもみたい」
ミナは笑いました。ハルも笑いました。
「だって、僕たちはまだ子どもだもん」
「そうだけどね」
ミナは雨をよけるようにランドセルを頭の上にのせて、走っていきました。
「じゃあね!」
「うん、また明日」
一人になると、ハルはまた歩き出しました。
ぽく。ぽく。
道のはしを見ると、小さなカタツムリが三匹、一列に並んでいました。
「君たちも帰るの?」
一番大きなカタツムリが、ツノをピンと伸ばしました。ハルは少し笑って、立ち上がりました。
そのとき、道の向こうに、小さな赤いものが見えました。
「なんだろう?」
近づいてみると、それは赤い風船でした。木の枝に引っかかっています。風が吹くたびに、ふわ、ふわ、と優しく揺れていました。
ハルは手を伸ばしました。でも、届きません。
「高いなぁ」
道端の石を拾いました。投げれば、枝が揺れて落ちてくるかもしれません。でも、やめました。風船がどこか遠くへ飛んでいってしまうのが心配だったからです。
「誰かが探しているかもしれないし」
ハルは風船を残して、その場を離れました。やがて、いつもの公園が見えてきました。公園には誰もいません。ブランコも、滑り台も、ベンチも、みんな雨に濡れていました。
ハルが公園の前を通り過ぎようとした、そのときです。
「……あれ?」
ふと、足が止まりました。
フェンスの向こう、いつもなら草が生えているだけの場所に……今日は、細い道がありました。土の道です。それは公園の奥へ向かって、ずっと続いていました。
「こんな道、あったっけ……?」
ハルはフェンスに手をかけました。昨日までは、ありませんでした。一昨日も、その前の日も。
雨のつぶが、ぽつりと落ちました。黄色い長靴の、ちょうど先に。
ぽちゃん。
ハルは道を見つめました。その道には、雨が降っていません。すぐ近くの草には雨粒がいっぱいついているのに、道の上だけはすっかり乾いているのです。
「不思議だな」
家に帰ろう。 そう思いました。でも、足が動きません。道の奥のほうが、ほんの少しだけ明るく見えたからです。
ハルは耳をすませました。車の音。雨の音。遠くで鳴っている信号の音。いつもの町の音。
その中に、とても小さな音が混ざりました。
ぽちゃん。
でも、水たまりなんてどこにもありません。
もう一度。
ぽちゃん。
今度は、道の奥の方から聞こえました。ハルは、一歩だけ前に踏み出しました。
すると――。
「こっちだよ」
誰かの声がしました。ハルは息を止めました。
「……誰?」
返事はありません。フェンスには、子ども一人ならなんとか通り抜けられそうな隙間がありました。ハルは、黄色い長靴の先をそっと中へ入れました。
ぽく。
ハルはもう一度、後ろを振り返りました。赤い屋根。電柱。雨に濡れた道路。遠くに小さく見える自分の家。今なら、まだ帰れます。
でも。
ぽちゃん。
「こっちだよ」
ハルは、黄色い長靴でもう一歩、前へ進みました。
ぽく。
雨の町をあとに、細い道の中へ。ハルは初めて、その中へと足を踏み入れたのです。



第二章:道の奥には
フェンスの隙間を通り抜けると、すぐに雨の音が小さくなりました。さっきまでザーザーと激しく降っていた雨が、まるで遠くで鳴っているように聞こえます。
ハルは振り返りました。フェンスの向こうには、いつもの公園。その向こうには、見慣れた町。それなのに、こちら側には細い道しかありません。
ハルは一歩、前に進みました。
ぽく。
もう一歩。
ぽく。
道の両側には、背の低い草が生えています。葉っぱには雨粒がいくつもついていました。でも、道の上には雨粒がありません。土は乾いています。
「どうして……?」
ハルは指で土に触れてみました。
さらっ。乾いていて、なめらかな手触りでした。
そのとき――。
ぽちゃん。
前方から音がしました。
「……誰?」
返事はありません。ハルはゆっくりと歩きました。道はまっすぐではありません。木の間をくねくねと曲がり、小さな坂を下り、また上ります。
いくつかの角を曲がるうちに、公園は見えなくなりました。町の音も聞こえません。聞こえるのは、自分の長靴の音だけです。
ぽく。ぽく。
しばらく歩くと、道のちょうど真ん中に、何かが落ちているのを見つけました。小さな、赤い名札です。ランドセルにつけるもののようでしたが、名前を書くところは空っぽでした。
「誰のだろう」
ハルはそれを拾いました。すると――。
ぽちゃん。
右側から音がしました。草むらを見ると、白い手袋が落ちています。片方だけです。雨でびしょ濡れになっているはずなのに、手に取ってみると、ほんのりと温かいのです。
「……温かい」
手袋を見つめていると、また。
ぽちゃん。
小さな水の音が響きました。ハルは思わず手袋を落としてしまいました。
ぽとん。
もう一度、拾い上げます。やっぱり、確かに温かい。
その先には、青いボタンも落ちていました。丸くて、小さくて、つやつやしています。学校の先生が着ているジャケットのボタンによく似ていました。
ハルは、見つけたものを両手で大切に抱えました。赤い名札、白い手袋、青いボタン。どれも、誰かのものです。そして、誰かの元からなくなってしまったもの。
ハルは道の奥を見つめました。そこには、小さな家がぽつんと立っていました。古い灰色の家です。屋根には草が生い茂り、窓はありません。あるのは、正面のドアだけでした。
ハルが近づくと――。
ギィィ……。
ドアが、ひとりでに少しだけ開きました。
「あっ!」
隙間の向こうは、真っ暗闇です。
戻ったほうがいい。 そう思いました。しかし、暗闇の奥から声が響いたのです。
「やっと来た」
ハルの背中に、ぞくっとしたものが走りました。男の子のようでもあり、女の子のようでもある声でした。
「……僕のこと?」
返事はありません。代わりに、家の中からすうっと優しい風が吹き抜けてきました。そして、足元に一枚の紙が落ちました。
拾い上げてみると、そこにはこう書かれていました。
――見つけてくれる人を、ずっと待っています。
ハルはその言葉を何度も何度も読み返しました。一体、何を見つければいいのでしょう。
暗闇の中をのぞき込むと、家の中にはたくさんのものがありました。赤い帽子、片方だけの靴、古い消しゴム、折れたクレヨン、写真、小さな髪留め。そして、たくさんの紙きれ。
壁にも、床にも、机の上にも、紙が散らばっていました。
ハルは、そのうちの一枚を拾いました。
――ごめんね。
別の紙には、こうありました。
――ありがとう。
その隣の紙には。
――一緒に遊びたかったな。
物だけではありません。ここには、人々がどうしても言葉にできなかった思いまでが集まっているようでした。
ハルは、もう一枚の紙を拾い上げました。そこにはこう書かれていました。
――僕も、誰かに見つけてほしい。
ハルの指が止まりました。なぜだか、その言葉は、自分がずっと前から知っていたもののような気がしたのです。



第三章:誰の紙?
次の日の朝、雨は上がっていました。ハルは黄色い長靴をはいて学校へ向かいました。ランドセルの中には、あの赤い名札、白い手袋、青いボタン、そしてあの紙が入っています。
――僕も、誰かに見つけてほしい。
学校に着くと、いつもと同じようにみんなの声が聞こえてきました。
「おはよう!」
「昨日の宿題やった?」
でも、一つだけ違うところがありました。ソウタが、たった一人で席に座っていたのです。彼はじっと窓の外を見ていました。
「ソウタ」
ハルが名前を呼ぶと、ソウタが振り返りました。
「あ……ハル」
「どうしたの?」
「別に」
ソウタはすぐに窓の方へ目を戻しました。
「なんでもないよ」
その言い方が、ハルは少し気になりました。
授業が始まりました。先生が黒板に文字を書きます。ハルも鉛筆を握りました。ふとソウタの方を見ると、彼は消しゴムをぎゅっと強く握りしめていました。
そのときです。
ころん。
ソウタの机の横に、小さな青いものが落ちました。青いボタンです。
ハルは目を見開きました。昨日、あの道で拾ったものと、まったく同じ色だったからです。でも、それが同じボタンかどうかはわかりません。ハルは何も言わずにいました。
休み時間になり、みんなが教室から出ていきました。二人きりになると、ハルは声をかけました。
「ソウタ」
「なに?」
「昨日、何か失くさなかった?」
ソウタの手がピタッと止まりました。
「……何も失くしてないよ」
「そっか」
ハルはそれ以上、何も聞きませんでした。少しの沈黙の後、今度はソウタが口を開きました。
「ハルは?」
「え?」
「何か、失くしたの?」
ハルは答えられませんでした。ランドセルの中には、あの紙があります。でも、それを話す勇気が出ませんでした。
「……まだ、わからないんだ」
「ふーん」
ソウタはまた窓の外を見つめました。
その日の帰り道、ハルはランドセルからあの紙を取り出しました。
――僕も、誰かに見つけてほしい。
学校でのソウタの顔が頭に浮かびます。一人で座っていたこと。消しゴムを握りしめていたこと。「なんでもない」と言ったこと。
「もしかして、ソウタのなのかな……」
でも、ハルはすぐに首を横に振りました。
「わからないや」
そのとき。
ぽちゃん。
水の音が聞こえました。雨は降っていません。水たまりもありません。
もう一度。
ぽちゃん Lights。
学校の方からでした。ハルが振り返ると、空に黒い雲が広がっていくのが見えました。
ぽつ。
一滴の雨が頬に落ちました。そして、校庭の隅のフェンスの向こうに、昨日と同じあの細い道が、ぼんやりと姿を現したのです。
ランドセルの中の紙が、ほんの少しだけ、温かくなりました。



第四章:これ、君の?
雨は少しずつ強くなってきました。ハルはランドセルから紙を取り出しました。
――僕も、誰かに見つけてほしい。
教室の窓には、まだ明かりがついています。ソウタがまだいるかもしれません。ハルは走り出しました。
教室の前に着くと、中にソウタがいました。一人きりでした。
「ソウタ」
「ハル?」
「……まだいたんだね」
「うん」
ハルはソウタの前まで歩み寄りました。でも、紙を持った手がすくんで動かせません。
「どうしたの?」
「これ……」
ハルは紙を差し出しました。ソウタはそれを見つめました。
「なに、これ?」
「昨日、見つけたんだ」
「どこで?」
「……ある道で」
「道?」
ハルはうなずきました。
「公園のところに、見たこともない道があったんだ」
ソウタは弱々しく笑いました。
「そんな道、ないよ」
ハルの胸が、きゅっと痛みました。やっぱり、言わなければよかった。
ハルが慌てて紙を引っ込めようとしたそのとき、ソウタが紙の上から手を重ねて止めました。
「待って」
ソウタは紙をじっと見つめています。
「……これ」
「うん」
「僕も、これと同じようなことを考えたことがある」
ソウタは窓の外を見ました。雨がガラスを伝って流れています。
「友達と、ケンカしちゃったんだ」
「そっか」
「昨日。僕が悪かったんだ」
ソウタの声が小さくなりました。
「ごめんねって言おうと思った。でも、言えなかったんだ」
ハルは紙を見ました。
「これ……ソウタのなの?」
「わからない」
ソウタは紙を見つめ続けました。
「でも……たぶん、誰かにこの気持ちを見つけてほしかったのかもしれない」
ハルは、その言葉をじっと聞いていました。
「僕もだよ」
「え?」
「僕もね、誰かに見つけてほしいって思ったことがあるんだ」
ソウタがハルを見ました。
「ハルも?」
「うん」
教室には、雨の音だけが響いていました。しばらくして、ソウタが言いました。
「……じゃあ、一緒に確かめに行ってみる?」
ハルは窓の外を見ました。フェンスの向こうに、細い道が続いています。昨日は一人でした。でも今日は、一人ではありません。
「うん」
二人はランドセルを背負いました。外に出ると、雨が二人の肩に落ちてきます。
フェンスの前まで来ると、ソウタが立ち止まりました。
「本当にあるの?」
「昨日は、あったよ」
「今日はどうかな?」
ハルはフェンスの向こうを見つめました。細い道がありました。
「……あるよ」
「行こう」
二人はフェンスの隙間を通り抜けました。黄色い長靴。青いスニーカー。二つの足音が、細い道に響き渡ります。
ぽく。とん。ぽく。とん。
道の奥の方から――。
ぽちゃん。ぽちゃん。
まるで、誰かが二人を呼んでいるようでした。



第五章:二人の道
道は、昨日よりも長く感じられました。ハルとソウタは並んで歩いていきました。
「昨日も、こんな道だったの?」ソウタが尋ねました。
「うん」
「ずっと奥まで歩いた?」
「うん。でも、家があったんだ」
「家?」
「窓のない家だよ」
ソウタは少しの間、黙り込みました。
「それ、ちょっと怖いね」
「うん。昨日は一人だったから」
「今日は二人だよ」
「うん」
ハルは少し安心しました。
しばらく歩くと、木々の間からあの家が見えてきました。灰色の壁。草の生えた屋根。窓のない壁。今日はドアが閉まっています。
「どうする?」
ハルはドアをノックしました。
コン。
返事はありません。もう一度。
コン。
今度は――。
コン。
家の中から返事が返ってきました。二人は顔を見合わせました。
「……開けてみよう」ソウタが言いました。
ハルがドアに手をかけます。
ギィィィ……。
ドアが開きました。中は、昨日よりも明るく見えました。床には、たくさんのものが散らばっています。
赤い帽子、片方だけの靴、古い消しゴム、髪留め、ボタン、写真。そして、たくさんの紙。
ソウタが一歩、中へ足を踏み入れました。その瞬間です。
ころん。
小さな青いボタンが、二人の足元に向かって転がってきました。
「あ……」
ソウタはしゃがんで、それを拾い上げました。
「これ……」
「知ってるの?」
「うん。友達の上着についていたボタンだ」
「昨日、ケンカしたっていう?」
「うん」
ソウタはボタンをぎゅっと握りしめました。
「昨日、僕が引っ張っちゃったんだ」
「服を?」
「うん。そしたらボタンが取れちゃって」
ハルは黙って話を聞いていました。部屋の奥に、一枚の白い紙が落ちていました。ハルがそれを拾います。そこには、ただこう書かれていました。
――ごめんね。
ソウタの表情が変わりました。
「それ……」
「うん」
――それが、僕の言いたかったことだ。
ハルは紙をソウタに手渡しました。すると、部屋の奥から、もう一枚の紙がひらひらと宙を舞って飛んできました。ソウタがそれを受け取ると、こう書かれていました。
――ありがとう。
ソウタが言いました。
「これも……言いたかったんだ」
「両方とも?」
「うん」
二人はしばらくの間、静かに佇んでいました。ハルは自分のランドセルを見つめました。あの紙が入っています。
――僕も、誰かに見つけてほしい。
ハルはその紙を取り出しました。
「これも、ここにあったんだよ」
「なんて書いてあるの?」
ハルは声に出して読みました。
「僕も、誰かに見つけてほしい」
ソウタは黙っていましたが、やがてこう言いました。
「……それ、僕のことかもしれないね」
ハルはソウタを見ました。
「でも、ハル自身のことかもしれないよ」
「僕?」
「だって、ハルにだって、言えないことくらいあるでしょ?」
ハルは答えませんでした。窓のない部屋の中に、どこからか雨の音が聞こえてきました。
ザーザー。
すると、一枚の紙が壁にぴったりと張り付きました。そこへ文字が浮かび上がってきます。
――見つけたら、その人をここへ連れてきて。
ハルとソウタは顔を見合わせました。
「誰を連れてくるの?」ソウタが尋ねます。
返事はありませんでした。しかし、部屋の一番奥にある、とても小さなドアがゆっくりと開き始めました。



第六章:小さなドアの向こう
小さなドアの向こうは、真っ暗闇でした。
「行く?」ソウタが聞きました。
ハルは少し考えました。昨日は一人でした。でも今日は、二人です。
「……うん」
二人は体をかがめて、小さなドアをくぐり抜けました。その向こうには、小さな部屋がありました。机が一つ。椅子が二つ。白い壁。それだけです。
「何もないね」ソウタが言いました。
そのときです。
ぽつ。
壁に水滴が現れました。
ぽつ。
もう一つ。水滴はゆっくりと壁を伝って流れ落ちていきます。まるでその後を追いかけるように、文字が浮かび上がってきました。
――ごめんね。
ソウタが息を呑みました。
「……僕だ」彼は小さな声で言いました。「僕が言いたかったの、これだよ」
文字が消えました。次に、こう現れました。
――ありがとう。
「これも……言いたかった」ソウタはうつむきました。
二人は向かい合って椅子に座りました。小さな机を挟んで、何もしゃべらず、ただじっとしていました。
すると――。
ぽちゃん。
机の上に、小さな水たまりができました。その中に、黄色い紙が浮かんでいます。ハルがそれを拾い上げました。そこにはこう書かれていました。
――変なものを見ても、誰にも言わない。
ハルの手が止まりました。
「……これ」
ソウタがそれを見ました。
「ハルのなの?」
ハルはうなずきました。
「うん」
「どうして?」
「わからない」
でも、ハルには思い当たることがありました。何かを見つけても、みんなから「気のせいだよ」と言われそうな気がして、話さなかったこと。みんなから「変な子」だと思われたくなくて、黙っていたこと。
ハルは紙を机の上に戻しました。
「僕も、言えなかったんだ」ソウタが言いました。
「うん」
「じゃあ、僕たちお揃いだね、ハル」
「うん」
二人は少し笑いました。そのときです。
カタン。
部屋の奥から音がしました。壁に小さな穴が開いています。そこから一枚の紙がするりと滑り出てきました。ソウタがそれを取ります。
紙には、ただこう書かれていました。
――あした。
「あした?」ソウタは首を傾げました。
その下に、さらに文字が浮かび上がります。
――言ってみて。
ソウタは紙をぎゅっと握りしめました。しばらく黙っていましたが、やがて口を開きました。
「……明日、言うよ」
「何を?」
「ごめんね、って」
ハルはうなずきました。
「うん」
ソウタは青いボタンをポケットにしまいました。
「これも返すんだ」
「うん」
二人が立ち上がると、部屋の明かりが少しずつ暗くなっていきました。
「帰ろう」
「うん」
二人はまた小さなドアをくぐり、最初の部屋に戻りました。そこにあったはずの紙や落とし物は、綺麗さっぱり消え去っていました。
赤い帽子も、片方だけの靴も、古い消しゴムも。すべてなくなっています。ソウタは手の中にある青いボタンを見つめました。
二人が外に出ると、雨が降っていました。フェンスの入り口まで戻る頃には、雨はさっきよりも激しくなっていました。
ハルが振り返ると、あの細い道はもうどこにもありません。そこにあるのは、ただの草むらでした。
「消えちゃったね」ソウタが言いました。
「うん」
帰り道、ソウタが言いました。
「ハル」
「なに?」
「今日、一緒に来てくれてありがとう」
ハルは少し驚きました。
「……うん」そして、「ソウタも、ありがとう」と言いました。
黄色い長靴と、青いスニーカー。
ぽく。とん。ぽく。とん。
雨の音の中で、二つの足音はずっと続いていきました。



第七章:明日、言うよ
次の日の朝、空は気持ちよく晴れ渡っていました。ハルが教室に入ると、ソウタが机の前に立っていました。
「ハル」
「なに?」
「今日、言うよ」
ソウタの手には、あの青いボタンがありました。ハルはうなずきました。
「うん」
「怖いけどね」
「僕もそうだったよ」
休み時間になると、ソウタはユウキのところへ歩いていきました。
「ユウキ」
「なに?」
ソウタは手のひらを開きました。青いボタンが、ころんと乗っています。
「これ……昨日、取れちゃったやつ」
ユウキはボタンを見ました。
「あ! 失くしたと思ってたんだ」
「うん」ソウタは少しうつむきました。「昨日は、ごめんね」
ユウキは少しの間、何も言いませんでした。それから、こう言いました。
「僕も、ごめん」
「……本当?」
「うん」
ユウキは青いボタンを受け取りました。
「後でサッカーしようぜ」
「うん!」
二人は校庭へと走っていきました。ハルは、その後ろ姿をじっと見つめていました。昨日までの自分なら、気づいていても何も言わなかったかもしれません。でも今日は、少し違います。
あの家で見つけた、あの紙を思い出しました。
――僕も、誰かに見つけてほしい。
あれは、ソウタの言葉だったのでしょうか。それとも、自分自身の言葉だったのでしょうか。ハルにはまだわかりません。でも、ソウタは言いました。どうしても言えなかった「ごめんね」を。そして、ユウキも同じように言ってくれたのです。
放課後、ハルは一人で公園へ行きました。あの道があった場所を、もう一度見てみたかったのです。けれど、フェンスの向こうには、いつも通りの草むらがあるだけ。細い道はありませんでした。
そのときです。
「ないなぁ……」後ろから、とても小さな声が聞こえました。
振り返ると、小さな男の子がしゃがみ込んで地面を見つめていました。
「どうしたの?」
「帽子、失くしちゃったんだ」
「何色?」
「赤だよ」
ハルは周りを見回しました。
「どこで失くしたの?」
「こっち」男の子が指をさします。
ハルは少し考えました。それから、こう言いました。
「一緒に探そうか?」
「いいの?」
「うん」
二人で公園を探しました。ベンチの下。滑り台の横。大きな木の根元。どこを探しても、なかなか見つかりません。
でもそのとき、ハルは木の上を見上げました。枝の間に、小さな赤いものが引っかかっているのが見えました。
「あったよ!」
男の子が走ってきました。
「僕のだ!」
赤い帽子を受け取ると、男の子は嬉しそうに笑いました。
「お兄ちゃん、ありがとう!」
「ううん、どういたしまして」
男の子は帽子をかぶって、元気に走っていきました。ハルはその後ろ姿を見送りました。
そのときです。ぽちゃん。
雨が一滴、落ちてきました。気がつくと、空には雲が広がっています。
もう一滴。ぽちゃん。
ハルが振り返ると、フェンスの向こうに、あの細い道が現れていました。さっきまでなかった道です。ハルはしばらくそれを見つめていました。
そして、黄色い長靴を一歩、道の中へと踏み入れました。
ぽく。
雨の音が、少しだけ遠くなりました。



第八章:ハルの見つけたもの
道の先には、あの家が立っていました。灰色の壁。窓のない家。ドアが一つだけあります。
ハルが近づくと、ドアが静かに開きました。中には誰もいません。前にあったたくさんの物も、紙きれも、すべて消えていました。机の上に、一枚の紙だけがぽつんと置かれていました。
ハルはそれをそっと手に取りました。
――見つけたね。
その下には、こう続いていました。
――君が、本当に探していたもの。
ハルは紙をじっと見つめました。自分が本当に探していたもの。それは、あの赤い帽子ではありません。青いボタンでもありません。この不思議な道でもありませんでした。
ハルは考えました。自分はいつも「変なもの」を見つけてばかりいました。赤い風船。三匹のカタツムリ。誰かが落とした小さなもの。でも、見つけても口に出さないことがほとんどでした。
気のせいかもしれない。
間違っているかもしれない。
変な子だと思われるかもしれない。
だから、ずっと黙っていたのです。
でも、ソウタは「ごめんね」と言いました。ユウキも「ごめん」と言ってくれました。今日の男の子は、赤い帽子が見つかってあんなに笑っていました。
ハルは紙を机の上に戻しました。
「僕、見つけたよ」誰もいない部屋で、声に出して言ってみました。「僕が、本当に探していたもの」
小さな声だったけれど、自分の耳にはっきりと届きました。
そのとき、ぽちゃん。と音が響きました。ハルは振り返りましたが、やっぱり誰もいません。開いたドアから、雨の匂いが優しく流れ込んできました。
ハルは外へ出ました。振り返ると、そこにはもう家はありませんでした。細い道も消えています。そこにあるのは、いつもの、見慣れた公園だけ。雨が静かに降っていました。
ハルは黄色い長靴で、目の前の水たまりを一つ、踏みしめました。
ぽちゃん。
今度は、その音がちっとも嫌ではありませんでした。
次の日、学校へ行く途中で、ハルは道端に小さな消しゴムが落ちているのを見つけました。少し先では、一年生の女の子がランドセルを何度も開けたり閉めたりしています。
ハルは足を止めました。前の自分なら、そのまま通り過ぎていたかもしれません。でも、今日は違いました。
「ねえ」
女の子が顔を上げました。
「これ、探してる?」ハルは消しゴムを差し出しました。
「あっ!」女の子の顔がパッと明るくなりました。「ありがとう!」
「ううん、どういたしまして」
ハルはにっこり笑いました。二人は一緒に学校へと歩き出しました。
空にはまだ雨雲が残っています。もしかしたら、また雨の日に、あの道が現れるかもしれません。誰かが何かを失くしたとき。誰かが言いたいことを言えずにいるとき。誰かが、誰かに自分を見つけてほしいと願うとき。そのときに、あの道は現れるのでしょう。
けれど、ハルはもう、道が現れるのを待つつもりはありませんでした。だって、これからは自分で見つけることができるからです。
小さな落とし物を。小さな声を。言えずにいる、大切な気持ちを。
ハルは黄色い長靴を響かせながら、歩いていきました。
ぽく。ぽく。
雨の町の中を。今度は、誰かを見つけるために。

了













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