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変われない人ほど、足し続けている


    人は、余計なものを足した瞬間に濁る。

    行動も。
    呼吸も。
    判断も。


    「余計なことをしない」
    と聞くと、

    何も考えないことのように思えるかもしれない。

    でもそれは違う。


    むしろ、深く考える。
    そして、余分なものを足さない。

    思考を止めることでも、
    行動を減らすことでもない。


    呼吸を止めず、
    行動の奥に入り込んでくる

    成果
    保身
    期待

    そういった“混ざりもの”を観て、
    その都度、手放していくことだ。

    ⸻

    私たちは行動するとき、
    無意識に何かを足している。

    評価されたい。
    失敗したくない。
    認められたい。
    傷つきたくない。

    それ自体は悪くない。
    自然な感情だ。

    混ざった瞬間、操作が始まる。
    操作が始まれば、動きは濁る。


    余計なことをしないとは、
    その操作を止めることだ。

    掴みにいかない。
    逃げない。
    飾らない。

    ただ、その場に在る。

    祈らない。
    縋らない。
    何者かになろうとしない。

    理(ことわり)に預ける。

    ⸻

    言い訳も、
    過剰な説明も、
    自分を守るための装飾も足さない。

    そこまで削ると、
    怖さが出てくる。

    支えがなくなるからだ。

    でも、ほとんど“無”に近づいたとき、
    はじめて操作されていない本質が立ち上がる。

    ⸻

    余計な思念が抜けたとき、
    体は勝手に整い、
    思考は澄み、
    判断は迷わなくなる。


    それは特別な能力ではない。

    もともと備わっている働きだ。

    ただ、余計なものが多すぎて
    見えなくなっているだけ。

    ⸻

    余計なことをしない。

    それは消極ではない。

    最も能動的な選択だ。

    難しい。

    だからこそ、
    ここにしか自由はない。

    ⸻


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    呼吸と身体の専門家|臨床もうすぐ30年 身体を通して、人生の見え方を変える。 呼吸・感覚・無意識から、自分の主導権を取り戻すためのnote。 初めての方へ ▶ 身体を知るための3つの入口 https://note.com/labo402/m/m921dacd5f7fa

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