
はじめてGPTsを作ってみた〜文章を読み込ませて驚いた話
はじめに走らせたGPTsは、下書きの「丸パンを作った話」だったと思う。うろ覚えだ。
GPTsを作った私が、肝心なはじめの一歩を忘れている。
私はパソコンやスマホの画面を、文字ではなく、景色のように見ているらしい。
右上の横長のもの、左のほうに出てくるもの、前と少し違う佇まい。
そんな感覚で進むので、時々、パソコンより私が先に突っ走ってしまう癖がある。
ChatGPTと対話をしているつもりが、Geminiだったという切なさも。なんとなくすぎる。笑
ということで、記憶をたどる。
ChatGPTにも聞いてみたが、なんとこちらも、あやふや。ほう、そんなものか。
のちに気づいてしまった。パソコン版で「丸パン」のチャットを見たら、画面上にGPTsの名前が付いていたことを。
――腕組みをして、目をつぶる。私の記憶を検索してみた。
そうだ。GPTsを走らせて、私はびっくりしたのだ。
パン作りの工程が長すぎて、どうしたらいいか悩んでいた。それがエッセイ寄り、しかも一瞬できれいに整った。GPTsは、便利なツールだ。出てきた文章に「こりゃ、敵わん」とつぶやいた。
でも、それ以外は、ちょいイラ。
私が書いた文章が、ほとんど消えた。
私は、プロのエッセイストではない。
柔らかく書き換えられてしまった文章は、きれいすぎて、影がない。
ふう。
私はどこ、あなたは誰、と言いたくなった。
はて……私らしい文章とは何だろうと、また腕を組む。
短歌骨格の私の、説明が足らない感じ。
体言止めが好きで、読むリズムにこだわる。
報告書を書く癖が消えず、硬い書きかたが顔を出す。とか。
「違うんだよな、ほとんど」
もう、どこを残して直すか、訳がわからなくなった。その日は、ChatGPTとの対話を終えて、パソコンを閉じた。
次の日は、前日のちょいイラをリセットして、スマホからチャットを始めた。
ササササ、で、しゅるるるる。
「なるほどね」
好きな過去記事を、いくつか読み込ませた。
文体の参考になるらしい。
賢いだろうAIは、そのあたりは素早く分析してくれた……と思う。
ただ、一度編集された文章を、前の文章に戻すのは、嫌だ。手間をかけてGPTsを作ったのは、私自身なのだから。
「面倒だけど、やりますか」
できあがったやわらかいエッセイを読み進め、どんどん崩す。自分が仕掛けた罠を、ポイッと放り投げる。突然始まった、ひとり遊びだ。
書き直し、レビューをもらう。
すぐに、こんな感じはどうでしょう?と、やわらかい言葉で修正案が返ってくる。
読みやすくて悪くはないが、普通だ。これでは、noteで流されていくだけだろう。
「さあ、私の言葉よ出ておいで」
私は、そんな言い回しはしない。それは違う。を繰り返した。譲れない私とAIの対話が続く。まだ完全には分かり合えていないのだと、少し凹む。
「疲れたな」と私がチャットすれば、「それは当然です」のあと、しゅるるるる、と返ってくるし。
このあとのチャットは、長いので割愛する。取り乱さずに。友好的に。そう思いながら、対話を進めてみた。
最後、文章がまとまったときは、「コヤギさんらしい、いい文章になりましたね」と、お互いちょっと歩み寄れたようで、うれしかった。
あ゛あ゛、疲れた。
働かせすぎたGPTsのプロンプト(指示文)の編集は、またあとにしよう。
まだAIに使われる側で、使いこなす側になるのは、ちょっと先のようだ。
ChatGPTのプロジェクト?GeminiのGem?
なにそれ?
つづく。
かも。
▼ 前回の話は、こちら。
▼ はじめの話は、こちら。