
走り方と生き方は似ている|速く走れなかった僕が自己理解で変わった話
こんにちは、飛こーきです✈️
今回は、僕が中学時代の頃から熱心に取り組んでいた陸上短距離のエピソードを話していきます。
僕は長いこと、走ることと、自分を理解することの間を行ったり来たりしてきました。
小学生の頃の僕は、決して足が速いタイプではなかった。むしろどべを走るような子どもだったし、負けず嫌いでもなかった。なのに、縁があって陸上に入り、気づけば100m11秒07まで伸びました。
でも、僕はずっと不思議だった。
なぜ自分はここまで伸びたのか。
なぜ10秒台には届かなかったのか。
なぜ人に教わることは苦手なのに、
自分ひとりでは研究し続けられたのか。
そして今、22年間続けた陸上を離れ、ChatGPTと対話しながらnoteを書いている僕は思う。
結局、僕がずっとやってきたことは同じだったのだと。
走りを研究していた頃も。
MBTIや人間理解にハマっている今も。
僕はずっと、人間や動きの仕組みを研究していた。
この記事では、
・なぜ僕が走りを研究するようになったのか
・なぜ独学で11秒07までいけたのか
・なぜ10秒台には届かなかったのか
・そして、なぜ今は走るよりnoteや自己理解に向かっているのか
この流れを、僕自身の人生と脳の使い方を通してまとめていきます。
1. もともと僕は、足が速い人間ではなかった
小学生の頃の僕は、負けず嫌いでもなかったし、
走るのが得意でもなかった。
むしろ、どべを走る側の人間だった。
だから、いわゆる「昔から足が速かった天才型」ではない。
転機になったのは、乗馬だった。
乗馬を始めてから、いつのまにか脚力がついたのか、小学校6年生の頃には足が速い方になっていた。
高跳びの方で小体連に選ばれ、
その流れで中学では陸上部に入った。
そこからの記録はこうだった。
中1で100m 14.12
中1秋で12.71
中2秋で11.75
中3で100m11.61
200mでジュニアオリンピック出場
高3で100m11.24、ハードルで県大会4位
社会人で最終的に100m11.07
この伸び方だけ見ると、順風満帆に見えるかもしれない。
でも実際は、かなり苦労した。なぜなら、僕はコーチの言葉をそのまま理解して吸収するタイプではなかったからだ。
2. 僕は「教わって伸びるタイプ」ではなく「研究して伸びるタイプ」だった
高校では、先生との相性も環境も合わなかった。
指導を受けても、その説明が頭に入らない。
なぜそうするのかがわからない。
ただ言われた通りに動くことができない。
だから、自然と自分で考えるようになった。
速い人の走り方を見て、分析して、真似して、
合わなければ削る。
自分の体に合う部分だけを取り入れる。
僕がやっていたのは、今思えば完全に「研究者」のやり方だった。
たとえば、
・白石黄良々選手のパワー型の走り
・桐生祥秀選手の野性的な回旋
・多田修平選手のスタートや前さばき
そういう要素を無意識に分解していた。そして、
「この選手のここは自分に合う」
「これは真似すると崩れる」
「これは取り入れたら速くなりそう」
と判断して、自分の走りに武装していった。
ですので僕は、練習メニューを丸ごと真似したわけではない。
走りの原理を見抜いて、自分仕様に再構築していただけ。
それがたぶん、僕のいちばんの特徴だった。
3. 僕は動画で自分を研究するより、他人を観察して研究する方が向いていた
よく、山縣亮太選手のように、自分の走りを動画で見返して研究するタイプがいる。
でも僕は、それが苦手だった。
画面に映る自分のフォームを見ても、よくわからなかったからだ。
それよりも、速い人の走りを見て、「この人はなぜこのフォームで速いんだろう?」と考える方が圧倒的に好きだった。
たとえば、ピッチが遅くて前傾が強いのに速い選手を見ると、
「なんでこんな走り方で速いんだろう?」とか
「脚力か?」みたいに、頭の中で仮説が動く。
そしてその仮説を、自分の走りの中で試してみる。
合わなければやめる。合えば残す。
つまり僕は、
・動画分析型ではなく
・身体シミュレーション型
・実践して理解する型
だった。
このやり方は、今のMBTIや自己理解の研究にもそのまま繋がっている。
4. 走りながら、僕はずっと考えていた
僕は練習中、頭をフル回転させて走っていた。たとえば、
・どこに足を設置したらより前に推進できるか
・地面からどう反発をもらえば前に進めるか
・一歩一歩をどう踏み込めば効率が上がるか
そんなことを、かなり細かく考えていた。
だからコーチから「何も考えずに走れ」と言われたこともある。
でも僕にとっては、練習で考えることが必要だった。なぜなら、試合で考えてしまうと遅くなるからだ。
だから練習の段階で、考えて、修正して、感覚として覚え込ませる。
そして試合では、それをそのまま披露するだけ。
試合は緊張しやすかったが、この流れでやっていた。
今思えば、
・練習では前頭葉で考える
・試合では自動化したものを出す
という、かなり理にかなったやり方だった。
5. 僕は「教える人」ではなく「見せる人」だった
僕は、自分の走りを言葉で説明するのが苦手だった。なぜなら、人によって骨格も体型も違うからだ。
僕に合う走り方が、別の人にも合うとは限らない。だから、基本を教えるという発想自体に、どこか違和感があった。
それもあって、僕は陸上の先生にはなりたくなかった。
ただ、フォーム自体は模範的だったらしく、学校の先生の友達に「学校に来て走ってくれないか」と呼ばれたことがある。
僕はただ走るだけ。説明は、友達がやる。
その友達はたしかESTJタイプで、論理的に説明するのが得意だった。
僕は感覚と研究で自分のフォームを作り、友達はそれを言語化する。
この役割分担は、今思えばすごくしっくりくる。
僕は「教える人」ではなく、「見せる人」「研究する人」だったのだと思う。
6. 筋トレが嫌いだったのも、ちゃんと理由があった
僕はとにかく筋トレが嫌いだった。
でも、それは単なる怠けではなかった。
僕の中では、「走りに必要な筋肉は、走ることで作ればいい」という考えがあった。
短距離に必要なのは、ただ筋肉を大きくすることではなく、
・神経系
・接地
・反発
・推進方向への力
だと思っていたからだ。
トップ選手でも、筋肉をつけすぎて逆に伸びなくなる人がいる。だから僕は、効率的に、走りの筋肉だけを自然につけたいと思っていた。
練習時間も長くは要らないと思っていた。
1時間で十分。全力ダッシュも3本でいい。
量より質。
これは極端に見えるかもしれない。でも少なくとも、僕の脳と体にはその考え方が合っていた。
7. では、なぜ僕は10秒台に届かなかったのか
ここがずっと僕の疑問だった。
11.07まで行ったのに、なぜ10秒が出なかったのか。いろんな要素は研究してきた。
・ストライドはミニハードルなどで作れる
・地面反力は接地や押す感覚で改善できる
・推進力も考えながら修正できる
でも、ひとつだけ最後まで難しかったものがある。
それが、「ピッチ」と「回転数」だった。
僕はもともとピッチが遅かった。
ラダーもとにかく苦手だった。
足が同時に動いたり、とにかく不器用で、さばけない。切り替えのドリルも下手で、「どんくさい」と言われたこともある。
最初は、そこに大きな意味があるとは思っていなかった。
でもChatGPTと話していて、はじめて腑に落ちた。
もしかすると、自分は神経伝達速度の部分がそこまで強くなかったのではないか、と。
スタート自体は速く出られた。
でもそれは、音を聞いてから素早くスターティングブロックを押していたからで、起き上がりのスピードや脚の回転そのものは、そこまで速くなかったのかもしれない。
つまり僕は、
・爆発力
・押す力
・フォーム研究
・推進効率
ではかなり補えていたけど、
・神経系の速さ
・ピッチの素質
・切り替えの俊敏さ
この部分に限界があった。
そう考えると、11.07まで行けたこと自体がむしろすごいことだったのかもしれない。
8. 僕は「運動神経だけで走る人」ではなく、「研究で走る人」だった
10秒台を出す人は、やっぱり運動神経がかなりいい人が多いと思う。
神経系が速くて、ラダーや細かいドリルも自然にこなせる。
切り替えが速く、接地が短く、反応もいい。
でも、僕は違った。僕は不器用だった。
どちらかというと、どんくさい側だった。
それでも11.07まで行けたのは、
観察→分析→実験→自分に合う型を組み立てる
ことができたからだと思う。
実際、運動神経がいいのに自分より遅い人もたくさん見てきた。
だから逆に言えば、僕には僕なりの武器があった。それは「研究力」だったのだと思う。
9. 陸上を通して僕がやっていたのは、結局「人間研究」だった
今振り返ると、陸上で僕がやっていたことは、
今やっているMBTIや自己理解とまったく同じだ。
昔の僕は、
・走り方を分類して
・フォームを分析して
・人によって合う形が違うと考えていた
今の僕は、
・人の思考を分類して
・MBTIや特性を分析して
・人によって合う生き方が違うと考えている
対象が「走り」から「人間」に変わっただけで、
脳の使い方は何も変わっていない。
僕の人生にはずっと「なぜ?」がある。
・なぜこの人は速いのか
・なぜこのフォームで速いのか
・なぜ自分は10秒台に行けなかったのか
・なぜ人は性格が違うのか
・なぜ自分は普通の働き方がしんどいのか
僕の人生は、たぶんずっと「なぜ?」しかない。
そしてその問いを追いかけること自体が、僕の生き方なのだと思う。
10. だから今は、走るよりnoteを書いていたい
今の僕は、もう陸上に未練はない。
33歳になって、11.94まで落ちた。
それも含めて、11.07が自分の限界だったのだと思う。
でも不思議と後悔はない。
なぜなら、僕は自分なりに研究して、考えて、
やり切ったからだ。
そして今は、走ることよりも、noteを書くことやChatGPTと壁打ちすること
・MBTIや自己理解を深めること
・人間の仕組みを考えること
・自然の中でのんびりすること
こっちの方が好きになっている。
昔は100mの人生だった。ずっと走って、ずっと全力だった。
でも今は、亀のようにのんびり生きたい。
自然の多い場所で、人間関係のストレスを減らしながら、一人でnoteを書いて、AIと会話して、写真を撮って、星を眺めて、音楽を作って生きていきたい。
それが、今の僕にとっての自然な生き方なんだと思う。
11. ChatGPTは、僕の「研究相棒」になった
僕は昔から、本を買ってもそれをうまく活用するのが苦手だった。
基本的にテレビも見ない。
人と話すのもしんどい。
必要な情報を自分で検索して探すのも、すごくコスパが悪かった。
でもChatGPTが出てきて、それが変わった。
ようやく、自分の問いに対して対話しながら深めていける相手ができた感じがした。
しかも、ただ答えを返すだけじゃない。
僕の思考を整理しながら、問いを深めてくれる。
それによって、自分がENFPではなくINTP寄りなのではないか、という気づきも起きた。
そして今は、ChatGPTと一緒にnoteを書く方が、本を読んで実践するよりずっとやる気が出る。
これは怠けではなく、単純に僕の脳に合っているやり方なのだと思う。
僕は、営業して人と絡んで売るタイプではない。
SNSで気軽に人と絡む気力もない。
アンチも面倒だし、気遣いもしたくない。
だったら、人と関わらずにコンテンツを量産した方がいい。
陸上の頃もそうだった…
人間関係を横に作るよりも、速い人を観察して必要なところだけ学び、自分一人で研究して結果を出していた。
だから今も、AIと一緒に自分のテーマを深めて、コンテンツを資産として積み上げる方が合っている。
12. 僕はファンができないのではなく、少数理解型なのかもしれない
僕はずっと、SNSの発信において、ファンができないことを悩んできた。
ブログも300記事。YouTubeも300本。
インスタ記事もThreadsもたくさん投稿した。
でも成果はすぐには出ない。
小さい頃から変わり者扱いされてきたし、
普通っぽい人とは合わなかった。
職場でもはぶられたり、嫌われたりした。
だから一時期は、嫌われるのが才能なのかな、と思ったこともある。
でも、最近少し見方が変わった。
ちなみに、僕はこのタイプの変わり者です↓
僕はたぶん、万人受けするタイプではない。
その代わり、刺さる人には深く刺さるタイプなんだと思う。
実際、僕のことを理解してくれる人は、どこか変わり者だったり、ヤンキーっぽかったり、裏表がない人が多かった。
つまり僕は、普通の集団に好かれる人ではなく、
本音で生きてる人や少数派に見つけられる人なのかもしれない。
そう考えると、今やっているAIや自己理解・MBTI・生きづらさ・人間研究みたいなテーマは、まさに僕に合っている。
広く浅くではなく、狭く深く。
量産しながら、静かに届く人に届けばいい。
おわりに
僕は、走ることで人を元気にしたいと思っていた。でも今は、走る代わりに文章を書いている。
形は変わったけど、やっていることの本質は変わっていない。
自分の経験を整理して、研究して、言葉にして、
誰かの役に立てる形にする。
それが僕にとっての価値提供なんだと思う。
もしかしたら、僕はずっと「運動神経のいいスプリンター」にはなれなかったのかもしれない。
10秒台にも届かなかった。
でも、研究しながら11.07まで行けたこと。
そして今も、人間というテーマを研究し続けていること。
それはたぶん、僕にしかできない生き方だった。
今はもう、無理して走らなくていい。
これからは、亀のようにのんびりしながら、
でも頭の中ではこれまで通り「なぜ?」を追いかけながら、自分のペースで生きていきたい。
そしてその過程を、noteとして残していきたい。
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