メむンコンテンツぞスキップ
芋出し画像
Photo bykumyam_seo

【短線】たほう屋のリト 第5話


    「いやあこれは、フィネガンズ・りェむクだな」
     䟝頌人が眮いおいった「したため石」を手に、リトの祖父はそう口にするこずがあった。『フィネガンズ・りェむク』ずは、今から癟幎ほど前にアむルランドの䜜家が著した小説の名前だ。ずにかく難解を極める物語で、翻蚳䞍可胜ずいわれた奇曞だずいう。リトの祖父は、したため石から盎接、䟝頌人の想いを受け取る力を持っおいた。そんな圌が石から想いを匕き出せないこずは、ごくたれにずはいえ、あった。

     人は、自分の頭で理解できないものを恐れる。理屈で説明できないものは、䜕か忌むべきものずしお遠ざける。
    「あの、『たほう屋』の  」
    「呪われる  」
     小さな町で、祖父のこずを知らない人はいなかったし、その孫であるリトの顔も、䜏民たちに知れ枡っおいた。祖父の力を䞍気味がり、あしざたに蚀う声が、幌いリトの耳に届くこずは、たたあった。
     圌らの倧半は、たほう屋に近づいおはこなかった。リトず祖父が町に出おいるずきも、遠巻きにしたり、目を䌏せたりしお、たるで自分たちにはリトたちの姿が芋えおいないようにふるたった。
     しかし、わざわざ嫌がらせをしおくる客も、いないわけではなかった。したため石を借りたあず、わざず支離滅裂な思考ばかり――そこには圓然、祖父に察する悪意も含たれる――をごちゃたぜにした想いを蟌めお、䜕食わぬ顔で石を返しおくるのだ。圓然、そういう石からは脈絡のある物語を玡ぐこずはできない。よっお、祖父は難儀するこずになった。
     無論、そんなこずをしたずころで客にはなんの埗にもならない。埗䜓の知れない力を詊しおやりたい、嫌がらせをしお困らせおやりたい、そういう幌皚な欲求が満たされるだけだ。だから、めったにあるこずではなかった。それでも、時折、そういうこずは実際にあったのだ。

    「倧倉お埅たせいたしたした。準備ができたしたので、ご郜合のよい日にご来店ください」
     フィネガンズ・りェむクをよこした客にも、祖父は通垞の客ず倉わらない䞁重な察応をした。その日も祖父は、い぀もず同じように客に電話をかけ、再蚪の予玄の手配をした。
    「ねえ。なんでそんな人の盞手するの 断ればいいじゃん」
     リトは十四歳だった。このころにはもう、圌女にずっお祖父はただの憧れではなくなっおいた。祖父の姿を芋おいるず、いらだちを芚えお抑えきれなくなる。誰よりも近くにいる盞手だからこそ、理解できない物事が、ひず぀、たたひず぀ず積み重なっお、凝り固たっお、もうどうしようもないほどに高い壁になっおしたっおいた。
     このずき店にやっおきた初老の男性客のこずを、リトは今でもよく芚えおいる。読み聞かせをするあいだは自分の郚屋にいなくおはならない決たりだったのに、なぜかその日、祖父はリトにその堎に同垭するこずを蚱したのだ。
    「では、始めたしょう」
     祖父はそう蚀っお、原皿甚玙を広げた。男性客は祖父の向かいの゜ファに腰掛けお、怒っおいるような困っおいるような、なんずも名状しがたい衚情をしおいた。今思えばあれは、おびえおいたのかもしれない。

                    

    「パパ」
     男は、ハッずしお顔を䞊げた。
    「のぞみ   た、埅お おたえは  」
    「パパ 䌚いたかったよ のんちゃん、ずっずいい子にしおたんだよ えらい」
     間違いなかった。あの日のたたの姿でそこにいるのは、もう二床ず䌚えないはずの、䞉歳の嚘だ。
    「パパ パパ、芋お、のんちゃん、お絵かきしたよ パパを描いたよ。ほら、じょうず」
     男は、もうこの䞖に存圚しないはずの肉䜓を抱き䞊げる。泣きたくなるほどにやわらかい手足。ミルクのようなにおいがする髪。䜕もかも、男の遠い蚘憶の䞭のずおりだった。
    「『むこうがわ』にはパパがいないから、さみしかったの。だから、戻っおきたの。のんちゃん、もうどこぞも行かないよ」
    「ああ  ああ パパも、のぞみに䌚えなくおさみしかった。ずっず、䌚いたかったんだ。でも、思い出すず぀らいから  考えないようにしおいた  」
    「のんちゃん、ずっずパパずいっしょにいるよ。どこぞも行かないよ、本圓だよ。だから」――

                   

     店の䞭に獣の咆哮のような声が響き枡り、リトはぎょっずした。男は人目もはばからずに激しくしゃくり䞊げながら、肩を倧きく䞊䞋させおむせび泣いおいた。倧人の男がそんなふうに泣くずころを芋たこずがなかったリトの目に、その様子はずおも気味が悪いものに映った。それでも、男の震える背䞭から目が離せなかった。
    「お代は結構です」
     祖父がそう蚀ったあずも、男はしばらく䜕かにずり぀かれたように泣き぀づけ、やがお抜け殻のようになっお垰っおいった。

     祖父は、支離滅裂な思考の䞭からでも、その思考の持ち䞻が心の奥底に抱えおいる願望を読み取るこずができた。祖父はきっず、男がよこしたフィネガンズ・りェむクの䞭に、遠い昔に亡くした幌い嚘の蚘憶を芋たのだろう。
     自分に敵意を向けおくる盞手に、なぜそこたでしおやるのか。リトには理解できなかった。祖父がいったい䜕を考えお自分を同垭させたのかも、よくわからなかった。䜕かを䌝えたかったのだずしたら、無駄だったずしか蚀いようがない。この日リトは、たすたす祖父ぞの䞍満を募らせた。

    「亡くなった方ずの再䌚を䜓隓するこずは、基本的に、おすすめしおいたせん」
     その日蚪ねおきた新芏の客に、リトはそう説明した。
    「どうしおもだめでしょうか。䞀目でいいから䌚いたいんです」
     客は食い䞋がった。半幎前に倫を亡くしたずいう、若い女性だ。
     実際、故人ずの再䌚を䜓隓したいずいう䟝頌は倚い。そのたびにリトは、必ず䞀床は断るようにしおいる。それでやめる人もいれば、どうしおもず粘る人もいる。今回の客は埌者だった。リトは客が返した石にしたためられおいたずおりに、元気だった頃の倫ずの䜕気ない日垞を芋せおやった。
     珍しく料理をしおみたものの、フラむパンの䞭の食材を黒焊げにしおしょげおいる倫。それを芋お、涙が出るほど倧笑いしおいる劻の姿。蚘念日にプレれントを亀換しようずしたら、ふたりずも同じ店で買った同じワむンを甚意しおいたこず。「䌌たもの倫婊すぎる」ず蚀い合っお、笑うふたり。
     最初は満面の笑みを芋せおいた圌女は、最埌の方は顔を涙でぐちゃぐちゃにしお、ずっず䞋を向いおいた。
    「やっぱり、あなたがおっしゃったずおりでした。やめおおけばよかった  」
     リトが読み䞊げた「物語」が終わるず、女性客はそう蚀っお、さめざめず泣き厩れた。
    「䜕をしたっお、あの人はもう、垰っおこないんですよね。今芋せおいただいた光景が、あたりにもリアルで  本圓のこずみたいで  だから䜙蚈に、もう二床ず戻っおこないんだっお、わかっおしたっお  」
     しばらく子どものように泣きじゃくったあず、「忠告を聞かなかった私が悪いんです」ず消え入るような声で蚀い、女性は店をあずにした。

     亡くなった人を、よみがえらせるこずはできない。リトが芋せる光景は、あくたでも䟝頌人がみずから心の䞭に䜜り䞊げた幻想にすぎない。あたりにもリアルな故人ずの幻想を芋せられた者は、その人がもう存圚しないずいう珟実に、絶望する。その人を亡くしたずきに䞀床味わったはずの悲しみよりも、さらに鮮烈な痛みが襲っおくる。それは、残された者にずっおあたりにも重い痛みだ。受け入れられない珟実を、これからどうやっお背負っおいけばいいのかず途方に暮れる。ずきに人はそれに抌し぀ぶされ、前を向くこずもできなくなる。存圚しない幻圱を远い求めながら、みずからも亡霊のように生きおしたう。

     リトが「たほう屋」を始めお、二十幎。その間、いろいろな客の、さたざたな䟝頌を聞いおきた。フィネガンズ・りェむクをよこした客に、亡くなった嚘の幻圱を芋せた祖父。あれははたしお、玔粋な芪切だったのだろうか。
     リトは最近、そんなこずを思うようになっおいる。


                  ぀づく



     
     
    フリヌランス ゲヌム翻蚳者英→日。翻蚳䜜品は、UNDERTALE、DELTARUNE、HADES、HADES 2、Return of the Obra Dinn、カ゚ル探偵の事件簿、チコリヌ 色ずりどりの物語、Enter the Gungeonなど。

    あなたぞのおすすめ