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僕の師匠は鹿野さん喜古さん 第五話:夏祭りと師匠の過去

    #創作大賞2026 #ファンタジー小説部門 #ドラマ脚本原案 #少年マンガ原案 #アニメ原案


    【目次】
    第一話:異世界は、苦くて甘い飴の味
    第二話:徳積みは、転んで、起きて、また転ぶ
    第三話:ゴミ拾い対決と「分別の徳」
    第四話:迷子の少女と「間違いの優しさ」
    第五話:夏祭りと師匠の過去
    第六話:看板娘と、恋の逆転満塁ホームラン?
    第七話:故郷(ふるさと)は、遠きにありて……?
    第八話:小武からの「挑戦状」
    第九話:喜古師匠の「もう一つのレシピ」
    エピローグ:世界を照らす、一粒の飴


     ニッポンポンの夏は、湿気と喧騒が織りなす、少しだけ懐かしい風景の中にやってくる。
     商店街のアーケードには風鈴が吊るされ、チリンチリンと頼りない音を立てている。あちこちの店先にはスイカが積まれ、金魚すくいのポイが風に揺れていた。
     今夜は、年に一度の「夏祭り」。
     商店街全体が屋台で埋め尽くされ、浴衣姿の親子連れや、手を繋いだ若いカップルが行き交う。遠くからは太鼓の音が聞こえ、ときおり打ち上げられる花火が、夜空に大輪の菊を咲かせている。
    「わあ……すごい人だね」
     二三夫は、浴衣姿のハナちゃんの隣を歩きながら、きょろきょろと周囲を見渡した。
    「二三夫さん、浴衣、似合ってるよ」
    「え、あ、ありがとう。でも、ハナちゃんの方が……その、綺麗で……」
     言葉に詰まる二三夫に、ハナちゃんはくすくすと笑った。
    「いつもの二三夫さんらしくないなあ。もっと『ドジ』でいてよ」
    「それは、褒められてるのかな……」
     二人は金魚すくいの屋台で立ち止まった。ハナちゃんが「やってみたい」と言い出し、二三夫が挑戦することに。
     結果は言うまでもない。ポイは三秒で破れ、金魚は一匹も取れず、おまけに水をひっくり返して屋台のおじさんをびしょ濡れにした。
    「すみません! すみません!」
    「あらあら、またやらかしたね」
     ハナちゃんは笑いながら、タオルを屋台のおじさんに差し出した。
    「この人は、うちの店の修行中の職人でして。本当はちゃんとした人なんですけど……」
    「いやいや、笑わせてもらったよ。これでいい思い出ができた」
     おじさんは快く笑って、傷ついていない金魚を一匹、二三夫にプレゼントしてくれた。
    「これ、ハナちゃんに」
    「ありがとう。名前、何てつけようかな」
     ハナちゃんは金魚の入ったビニール袋を大事そうに抱えた。
              ☆
     花火が上がるたびに、空がパッと明るくなる。
     二三夫は、屋台で買った焼きそばを食べながら、ベンチに座って花火を眺めていた。隣にはハナちゃん。もう少し距離が近いような、気のせいのような。
    「あっ、師匠たちだ」
     ハナちゃんが指差した先に、鹿野師匠と喜古師匠の姿があった。二人とも普段とは違い、鹿野師匠は浴衣に手ぬぐい。喜古師匠は涼しげな絽の着物を着ている。
     しかし、何かが違った。
     鹿野師匠の手には、缶ビールではなく――徳利とぐい飲み。日本酒である。
    「師匠、お酒飲んでる……」
     二三夫が見た限り、鹿野師匠が酒を飲むのはこれが初めてだった。普段は「職人はいつでも清醒たる頭脳を保たねばならん」と言って、一滴も口にしないのに。
     喜古師匠の手にも、ぐい飲みがあった。頬がほんのりと赤い。
    「珍しいですね。喜古師匠も」
    「師匠たち、たまには休まないとね」
     ハナちゃんの言葉に、二三夫はもう一度二人を見つめた。
     鹿野師匠の横顔は、どこか――遠くを見ていた。この商店街の先、もっと遠くの何かを。
             ☆
     花火が終わり、人混みが少し落ち着いた頃。
     二三夫は一人で、商店街の端っこにあるベンチに座っていた。ハナちゃんは「綿菓子を買ってくる」と言って、屋台の方へ歩いていった。
     その時、ふらりと現れたのは、鹿野師匠だった。
    「お、お前か」
     師匠の口調は、いつもより少し緩い。日本酒が入っているのだろう。
    「師匠、大丈夫ですか?」
    「大丈夫だ。これくらいでふらつくほど、俺も老いちゃいねえ」
     そう言いながら、師匠は二三夫の隣に腰を下ろした。徳利を傾け、ぐい飲みに注ぐ。
    「……師匠、あの」
    「なんだ」
    「どうして今日は、お酒を?」
     二三夫の問いに、鹿野師匠はしばらく黙っていた。
     花火の煙が、風に流されて通り過ぎていく。
    「……今日はな、ある弟子の誕生日だったんだ」
     ぽつりと、師匠が言った。
     二三夫は息を呑んだ。弟子――それは、自分や小武のことではない。もっと昔の話だ。
    「その弟子は、すごく優秀だった。誰よりも真面目で、誰よりも努力家で。俺が言ったことは、一言も漏らさずに完璧にやってのけた」
     鹿野師匠は、遠くの闇を見つめたまま、言葉を続ける。
    「なのに、俺はその弟子を――救えなかった」
    「救えなかった……?」
    「完璧を求めるあまり、その弟子は自分の心を殺してしまった。俺は気づいていたのに、止められなかった。いや――止めようとしなかったんだ。『厳しさが成長させる』と思い込んでたからな」
     鹿野師匠は、ぐい飲みの酒を一気に飲み干した。
    「その弟子は、どこかへ行ってしまった。今でも、どこかで――自分の完璧な世界を創ろうとしているのかもしれない。それが正しいと信じて」
     二三夫の胸に、何かが引っかかった。
     完璧を求める弟子。自分の心を殺してしまった。今でもどこかで――
    (もしかして……)
     でも、それ以上は想像できなかった。師匠が話したがらないことなのだと、直感したからだ。
    「師匠は、その弟子のこと――今でも、探してるんですか?」
     二三夫の問いに、鹿野師匠は答えなかった。
     代わりに、もう一度徳利を傾け、酒を注いだ。
             ☆
    「鹿野さん。一人で飲んでないで、私も入れてくださいな」
     いつの間にか、喜古師匠が立っていた。手にはもう一つ、ぐい飲みを持っている。
    「喜古さん……」
    「あら、二三夫さんもいたのね。ハナちゃんを探しているのかと」
     喜古師匠は、二三夫の隣――鹿野師匠の反対側に座った。
    「さっきまで、何のお話をしていたの?」
    「……昔の、弟子の話だ」
    「ああ、あの子の話ね」
     喜古師匠は、静かに頷いた。彼女も知っている――あの「弟子」のことを。
    「あの子はね、頑張りすぎる子だった。誰にも頼らず、自分の力だけで『完璧』になろうとした」
     喜古師匠は、空を見上げた。
    「でも、それは決して間違いじゃないと思うの。完璧を目指すこと自体は、悪いことじゃない。ただ――」
     彼女は鹿野師匠を見た。
    「――その『完璧』の中に、誰かを思いやる気持ちが入っていなかった。それが、一番の悲しみだった」
     鹿野師匠は、何も言わなかった。
     でも、その横顔には、後悔と――そして、消えることのない「愛情」が混ざっていた。
    「その弟子も、今はきっとどこかで頑張っているよ」
     喜古師匠が、優しく付け加えた。
    「あなたの教えを、歪んだ形でかもしれないけれど――それでも、何かを信じて進んでいる。それだけは確かだから」
    「……お前は、いつもそうだな。甘い」
    「甘くなければ、飴は作れませんよ」
     二人の間に、穏やかな空気が流れた。
              ☆
     その時、遠くで花火が上がった。
     ドン、という重低音が夜空を震わせ、続いて大輪の菊が咲く。赤、青、緑、紫――色とりどりの光が、三人の顔を照らし出した。
     鹿野師匠の目には、その光の中で――一瞬、昔の弟子の姿が重なったように見えた。
    (零二……お前は今、どこで何をしているんだ)
     彼は心の中で呟いた。
     答えは返ってこない。でも、いつか――いつか、もう一度会う日が来るかもしれない。その時は、今度こそ――
    「師匠」
     二三夫の声で、鹿野師匠は現実に戻った。
    「なんだ」
    「あの弟子は、きっと――師匠のこと、恨んでないと思います」
    「……なぜ、そう思うんだ」
    「だって、師匠は今もその人のことを想ってる。それって、きっと――相手にも伝わってるはずだから」
     鹿野師匠は、二三夫の横顔を見つめた。
     この不器用で、いつも失敗ばかりの弟子。でも、人の心の「シワ」を感じ取る力だけは――誰よりも優れている。
    「……お前は、本当に首尾の悪いやつだな」
     鹿野師匠は、そう言って小さく笑った。
     花火が上がるたびに、三人の影が地面に伸びる。
     一つは大きな影。一つは優しい影。そして、一つは不器用だけど、まっすぐな影。
     三つの影は、同じ方向を向いていた。
              ☆
     その夜遅く。
     二三夫は、一人で自分の部屋にいた。窓の外では、最後の花火が名残惜しそうに上がっている。
     彼は日誌を開き、今日の出来事を書き記そうとした。でも、ペンが進まない。
    (師匠の弟子。完璧を求めた人。今もどこかで――)
     頭の中に、一つ想像が浮かんだ。
     それは、まだ見ぬ誰かの姿。きっと、どこかで迷っている。自分と同じ「書き損じ」かもしれない――いや、むしろ「完璧すぎたがゆえの書き損じ」。
    「僕に、何かできるかな」
     答えは出ない。
     でも、いつか――もし、その人に出会うことがあったら。
     その時は、自分のできることをしよう。不器用でも、間違えても、誠実に。
     二三夫はペンを動かし始めた。
    『今日の徳積み:師匠の昔の話を聞いた。師匠も完璧じゃないことを知った。でも、それでいいんだと思う。完璧じゃないから、誰かのことを想える。明日からも、僕は僕のペースで徳積みを続けよう。首尾よくいかなくても、それはそれで――』
     最後の花火が、空に大きな輪を描いて消えた。
     窓の外では、夏の終わりの虫の声が聞こえている。
     ニッポンポンの夜は、静かに、深くなっていった。
    (第五話 完)



     
     
    日本映画学校出身。劇場映画・テレビアニメの編集を経て、映像・Web・音楽をワンストップで手がけて25年。SF/ミステリー小説・脚本原案を執筆中。noteでは映像編集ノウハウと創作の記録を発信。

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