メインコンテンツへスキップ
見出し画像

僕の師匠は鹿野さん喜古さん 第三話:ゴミ拾い対決と「分別の徳」

    #創作大賞2026 #ファンタジー小説部門 #ドラマ脚本原案 #少年マンガ原案 #アニメ原案


    【目次】
    第一話:異世界は、苦くて甘い飴の味
    第二話:徳積みは、転んで、起きて、また転ぶ
    第三話:ゴミ拾い対決と「分別の徳」
    第四話:迷子の少女と「間違いの優しさ」
    第五話:夏祭りと師匠の過去
    第六話:看板娘と、恋の逆転満塁ホームラン?
    第七話:故郷(ふるさと)は、遠きにありて……?
    第八話:小武からの「挑戦状」
    第九話:喜古師匠の「もう一つのレシピ」
    エピローグ:世界を照らす、一粒の飴


     福引き大会の大失敗から三日後。
     商店街の人々の間で、あの「玉の大噴出」の話題はまだ尽きていなかった。しかし、幸いなことに、その日は誰もけがをしなかったし、むしろあの混乱がきっかけで、長らく喧嘩をしていた八百屋と魚屋が和解したという噂まで立っていた。
    「おい、二三夫。お前、今度は変なことすんなよ」
     鹿野師匠はまだ怒りが治まらないようで、二三夫が近づくたびに竹篦を振り回す。
    「師匠、あれは小武さんが『逆回転が徳を呼ぶ』って言うから……」
    「人の言うことを何でも信じるな。それがお前の一番の書き損じだ」
     言われてみれば、その通りだった。二三夫はしょんぼりと肩を落とす。
     そんな折、商店街の掲示板に新しい張り紙が貼られた。
    『福引き大会の特別余興! 商店街クリーン大作戦!』
     要約すると、商店街の至る所に「隠しゴミ」が仕掛けてあるので、それを一番多く集めた人に、特賞として「鹿野クリーニング年間無料券」と「喜古堂の特製お菓子詰め合わせ」が贈られるという。
    「これは……!」
     二三夫の目の色が変わった。鹿野師匠のクリーニング無料券はともかく、喜古堂の特製お菓子――あの琥珀色のハッカ飴の詰め合わせ――は、この世界で最も価値のあるものと言っても過言ではない。
    「やるっきゃない!」
     二三夫は意気込んで参加申込書に名前を書いた。その横で、同じ用紙にすでに名前を書いている人物がいる。
    「よぉ、二三夫さん。また負けに来たのかい?」
     小武だった。彼はいつものように壁に寄りかかり、口元に不敵な笑みを浮かべている。
    「小武さんも出るんですか?」
    「当たり前だろ。あの喜古堂の菓子詰め合わせ、俺の祖母への土産にちょうどいいんだ。お前みたいなドジ野郎に、渡すわけにはいかないんでね」
     二人の間に、パチパチと火花が散る。
              ☆
     クリーン大作戦のルールは簡単だった。
     制限時間は日没まで。商店街のアーケード内に隠された「ゴミ(赤いリボンのついたもの)」を拾い、指定の場所に持ち帰る。最も多く集めた者の勝ち。
    「よし、行くぞ!」
     開始の合図と同時に、二三夫は駆け出した。
     彼の作戦は単純明快。とにかく隅から隅まで探し回ることだ。ベンチの下、植え込みの奥、ゴミ箱の裏――彼はしゃがみ込み、這い回り、一心不乱に赤いリボンを探した。
     一方、小武の動きは全く違った。
     彼は走らない。歩かない。むしろ立ち止まって、全体を見渡している。
    「ふん。あのバカはいつも通りだな」
     小武は商店街の「構造」を読んでいた。ゴミを隠す側の心理を考える。人がわざわざ遠くへ行きたがるのは、見つかりにくい場所。しかし、参加者はほとんどが二三夫のような「探すタイプ」。つまり、彼らが無視するエリアがあるはずだ。
     それは――「人の集まる場所の、すぐ近く」。
     人は、自分の目の前にあるものほど見逃す生き物だ。
     小武はスタート地点に戻り、開始早々に二三夫が素通りした、受付の机の裏側を覗き込んだ。
    「……ほらな」
     そこには、三つも束ねられた赤いリボンの塊が、まるで最初からそこにあったかのように鎮座していた。
     小武はそれを無造作に拾い上げ、袋に放り込んだ。
     その後も、彼の「効率的な収集」は続いた。
     人が集まる広場の、いわゆる「死角」になる場所。ベンチの座面の裏側。自動販売機の隙間。階段の一段目の裏。
     小武は歩くことすら最小限に抑え、次々とゴミを獲得していった。
    「まだまだ。こんなもんじゃない」
     彼の袋は、みるみるうちに膨れ上がっていく。
            ☆
     その頃、二三夫は。
    「はあ……はあ……見つからない……」
     額に汗を滲ませ、アーケードの端から端まで走り回っていた。彼の袋には、せいぜい五つほどの赤いリボンしか入っていない。
    (どこにあるんだよ。小武さんはあんなに早く見つけてるのに……)
     焦れば焦るほど、視野が狭くなる。
     彼は「効率的な探し方」など考えもしない。ただがむしゃらに、目の前のものを一つ一つ確認していく。それはあまりにも非効率で、あまりにも不器用なやり方だった。
     そして、日没まで残り一時間。
     小武は、ある場所に辿り着いた。
     商店街の外れ。普段は誰も足を運ばない、古い倉庫の裏手。そこには――
    「これは……」
     小武は思わず息を呑んだ。
     そこには、確かに「赤いリボンのついたゴミ」の山があった。だが、それだけではなかった。
     リボンと一緒に、無造作に放り出された「ガラクタ」の数々。
     割れた陶器の破片。どこかの家の古い表札。写真立て――中の写真は色あせて、誰の顔かもはや判別できない。
     そして、一匹のボロボロの「猫のぬいぐるみ」。
    (……これは)
     小武の手が、震えた。
     それはまさに、あの雨の夜、自分が交差点に投げ捨てたあのぬいぐるみと――同じ「哀れな塊」だった。
     誰かが、誰かの「思い出」を、ここに捨てたのだ。
     効率的に、合理的に、自分にとって「不要なもの」を、ここに。
     小武は、立ち尽くした。
     その時、背後からぜえぜえと息を切らせた声がした。
    「はあ……はあ……やっと……追いついた……」
     二三夫だった。泥だらけの顔で、しかしまっすぐな目で小武を見ている。
    「小武さん……それ、ただのゴミじゃないですよ」
     二三夫は、しゃがみ込んだ。そして、その山の中から、一枚の古びた写真を拾い上げた。埃を丁寧に拭い、日の光にかざす。
    「この表札……『山崎』って書いてある。この写真の女の子、多分、この家の子だったんだろうな」
     彼はその写真を、胸元のハンカチで包んだ。
    「ちょっと、何やってんだよ。時間がないんだぞ」
    「でも、これ、捨てるのは忍びないですよ。誰かの思い出が、ここに入ってる」
     二三夫は、一つ一つ、ガラクタを手に取っては、丁寧に埃を拭い始めた。
     小武の脳裏に、あの雨の夜がフラッシュバックする。
     自分がぬいぐるみを投げ捨てた時――それを拾い、トラックに轢かれながらも「これ、君のだったんだね」と、最期の笑顔を見せた男の顔。
    (……クソ……)
     小武は舌打ちし、二三夫の隣にしゃがみ込んだ。
    「何やってんだ、お前は」
    「見りゃわかるだろ。分別してるんだよ。拾うべきものと、捨てるべきものの」
     小武は無言で、もう一つ割れた皿を拾い上げた。
              ☆
     結局、二人が指定の場所に戻ったのは、日没をとっくに過ぎてからだった。
     主催者のカウントが始まる。
    「まずは小武さん! 集めたゴミの数は……なんと三十七個! これは素晴らしい!」
     歓声が上がる。
    「対する二三夫さんは……十二個。残念ながら、小武さんの圧勝です!」
     当然の結果だった。
     二三夫は項垂れる。でも、その横顔はどこか清々しかった。
    「賞品は、小武さんに決定です!」
     小武は、豪華な賞品の包みを受け取った。重い。その中には、確かに喜古堂の特製お菓子詰め合わせが入っている。
     でも、彼の胸は、なぜか重かった。
     その夜。
     小武は一人、商店街のベンチに座っていた。
     目の前には、賞品の包み。開ける気にはならなかった。
    「小武さん」
     声をかけられて顔を上げると、二三夫が立っていた。彼の手には、さっき倉庫の裏手で拾った「あの品々」が入った段ボール箱。
    「なんだよ」
    「ちょっと、一緒に行ってくれないかな。この表札の『山崎』さん、商店街の八百屋さんの名字と同じだったんだ。もしかしたら、知ってる人かも」
     小武は、二三夫の顔をじっと見つめた。
     その目は、いつもの「ドジな失敗者」のそれではなかった。
     これは――勝ち負けや効率の話じゃない、と。彼の目が語っていた。
    「……チッ。仕方ねえな」
     小武は立ち上がった。賞品の包みを脇に抱え、二三夫の後を歩き出す。
    「小武さん、その賞品、どうするんです?」
    「さあな。祖母はもういない。今さら菓子を食わせるわけにもいかねえよ」
     小武の声は、どこか寂しげだった。
     けれど、その足取りは、確かに前を向いていた。
              ☆
     八百屋の主人は、その表札を見た瞬間、言葉を失った。
    「これは……俺の、実家の……」
     彼の目から涙がこぼれ落ちる。
     疎遠になっていた父が、去年亡くなった。その時、実家は取り壊され、ほとんどのものは処分された――と思っていた。
    「こんなところに、まだ残ってたのか……」
     主人は、震える手で表札を撫でた。
     二三夫は、黙ってそれを見ていた。
     小武も、黙ってそれを見ていた。
     帰り道、商店街の灯りが一つ、また一つと消えていく。
    「……なあ、二三夫」
    「なんですか?」
    「お前って、本当に馬鹿だな」
     小武は、遠くを見つめたまま言った。
    「勝ち負けにこだわらない。効率を考えない。人の思い出を、ただのゴミ扱いできない。……そんなのお前だけだよ」
    「それは……」
    「でも、そういう馬鹿が、たまに――世界を変えたりするんだろうな」
     小武は、二三夫の肩をポンと叩いた。
     それは、認められたような、どこか暖かい感触だった。
    「明日からも、よろしくな、相棒」
     小武はそう言うと、夜の闇の中へと歩いていった。
     二三夫は、その背中をずっと見ていた。
     彼の手には、まだ一枚の古びた写真と、あのボロボロの猫のぬいぐるみが残されていた。
     捨てるに捨てられない――それが、人間の「分別」なのだと、彼はこの日、確かに学んだのだった。
    (第三話 完)



     
     
    日本映画学校出身。劇場映画・テレビアニメの編集を経て、映像・Web・音楽をワンストップで手がけて25年。SF/ミステリー小説・脚本原案を執筆中。noteでは映像編集ノウハウと創作の記録を発信。

    あなたへのおすすめ