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「意味不明」の正体を考える

    杉田圭|プラクト

    「意味不明」に見えるのは、文脈が共有されていないだけかもしれない

    「何を考えているのか分からない」「行動が理解できない」

    そうした意味で「意味不明」と言われてしまう場面があります。職場の中でも日常の関わりの中でも、そうした言葉が使われることは少なくありません。

    ただ、その言葉が使われているとき、本当に「意味がない」状態が起きているのかというと、少し違う見方もできるのではないかと感じています。

    その人の中では、ちゃんと意味がつながっている

    ある行動や反応が周囲から見ると唐突に見えたり、文脈がつながっていないように感じられることがあります。ですがその人の中では、これまでの経験やその場の状況、感覚の積み重ねの中で、ちゃんと意味がつながっていることも少なくありません。

    ただそれが周囲からは見えにくい形で起きている。その結果として「意味不明」という言葉で表現されてしまう。そうしたことが起きているのではないかと思うのです。

    「理解できない」のではなく、「文脈を見つける」

    もしそうだとすると、必要なのは「理解できない」と切り離すことではなく、どんな文脈の中でその行動が生まれているのかを、少しずつ見ていくことなのかもしれません。

    背景にある経験や、その人なりの感じ方、環境との関係性。そうしたものを丁寧に見ていくことで、これまで見えなかったつながりが見えてくることもあります。

    発信された私たちにとって理解のできないワード。一方で、私たちが知り得ないプロセス、見えない裏方の末、目の前にいる方から、届けられた断片。

    断片がいくつかつながり見えてくる文脈。

    「意味不明」に見えていたものが、少しずつ「そういうことだったのか」に変わっていく。そのプロセス自体が、関わりの中で大切にしたいことのひとつのように感じています。

    文脈を想像してみる視点

    もし今誰かのことを「意味不明」と感じている場面があったら、そこにどんな文脈があるのかを、少しだけ想像してみる。そんな視点があっていいのかもしれません。


    このテーマについては、こちらでも書いています。

    ・内省の内省
    ・「棚の上」を下ろすこととは
    ・環境が合わないについて


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    千葉市で精神疾患や発達特性を持つ方たちの就労支援事業等を運営しています。 30年近くメンタルヘルスの現場に携わり、支援の最前線で感じたこと考えたことを私フィルターで発信しています。 ▶︎ ご相談はこちらから  https://practicalaction.co.jp/pract/

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