
久々の体調不良の理由、感動しすぎたからだったのかもしれない説
今日は記事ストックが切れたのでリアルタイム更新している。
実は3日前から体調不良だ。2か月ぶりに楽しく外出した日の晩から様子がおかしい。仕事はなんとかやり遂げたがプライベートはボロボロである。
息子がオイシックスを作ってくれたのでそれっぽい食卓になったが、そうでなければ惣菜祭りで罪悪感にやられていたかもしれない。
ここ最近は疲れ果ててなにもできない日はあったものの、体調不良までいくのは久々な気がして。過去noteを眺めてみたら2か月ぶりだった。
このときも外出した翌日に体調を崩している。私は都心に行くと体調を崩す呪いにでもかかっているのだろうか?
私にとって外出は勇気のいる行動だ。すごく楽しいけど同時にとても疲れる。感覚的には片道1時間かかれば立派な遠出で、翌日は丸一日布団にくるまって過ごしたいくらいの疲労感だ。
ここ数年は本当にたまにしか都会に行かないからこそ、行ったときの消耗が激しいのだと思う。毎日出勤して時代も疲れてはいたが、ここまでではなかったもんな。
どんだけ体力ないねん。と思いたくなるが、体力がないというよりも感受性が強すぎる気がする。ひと晩では消化しきれない量の刺激を受け取ってしまうのだ。
ただ、どうしても納得いかない。なぜなら今回は外出疲れを見越していたので、その数日前から8〜9時間の睡眠を取り続けていたからだ。はっきりいって私は超元気だった。そう自分では思っていた。
まあ、よく考えてみると、ちょっと感動過多だった気はする。
緊張する会議が続いたり、仕事が思わぬ方向にいって嬉しかったり悲しかったり、コンパッション講座の復習をしていたときに幼少期のことを思い出して泣いたりしていた。めっちゃ感動してる。
久々の外出では2年ぶりの仲間に会い、近況や仕事のこともたくさん話した。大好きな人が変わらずそこにいてくれるだけでうれしいし、これからも頑張ろうと思えた。かなりポジティブな感情だが間違いなくエネルギーは使っている。
そもそも今週のはじめに、これからの人生の軸にしたい「できないところから始める学び」に出会ってしまっていた。これも心が震えすぎた出来事。
あー、そうか、私、感動しすぎていたのかもしれない。
睡眠はしっかりすぎるほど取っていたし息抜きもしていたし、全力でケアしていたつもりだったのだが…たぶんそれでも足りないくらいに交感神経がバリバリになっていたのだろうな。
もう少し仕事を前倒しでやっておいたらバタンと倒れられてよかったのかもしれないが、ちと難しかったな…できることはやっていたが、やっていてこれだった。ぐぬう…悔しい!!
でも今回わかったのは、私は感動することにもかなりのエネルギーを使うんだということ。
うれしい再会も、講座での大事な気づきも、人生の軸にしたい言葉との出会いも、どれもめちゃくちゃ大切な出来事なんだけど、受け取るのには体力がいる。
次に大きく心が動いたあとは、ただの睡眠だけじゃなくて「感動を消化する日」も予定に入れておいたほうがいいんだろうなあ。
またひとつ、自分のトリセツ項目が増えた土曜日。
毎日note260日。
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