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“できない”から、学びは始まる|2026年6月14日を忘れない

    2026年6月14日を、私は忘れない。

    “できない”から、学びは始まる

    私のこれからの人生の軸にしたい言葉を見つけた日だ。

    「ようやく見つけた!」と思った。

    8か月に渡って毎日noteを書き続け、2,000時間以上自分の肩書きについて考え、700時間以上AIと話して、何百回もプロフィールを書き直して、何者でもない自分に凹み続けて、ようやくだ。

    “できない”を、学びのきっかけに変える

    これが、私がこのnoteでずっと書いてきたことで、これからも書いていきたいことだ。

    どんな経験も学びに変えていきたい。特に、失敗や挫折、できていないことをテーマにしていきたい。

    一見すると意味がなさそうなダサい経験にも意味を見つけていきたいし、うまくいかなくて悩んでいる人がいたらサポートしたい。

    まだできない人が、必死にもがいているゾーン。

    ここが私の主戦場だ。

    できないところから、学び始めること。
    できない側から見える世界を語ること。
    できないなりに、いま学んでいることを言葉にすること。
    できる側とできない側の世界をつなぐこと。

    私ができるのは、これだ。というか無意識にずっとやってきた。

    いま学び直しているコンパッションの感想noteを書いていること。

    ダイエットに挑戦していること(いまのところ失敗し続けているけど)

    難しい本を読んで忘れてしまいそうなので、自分の生活への活かし方を考えようとしていること。

    AIを使った効率化に失敗して泣きそうになりながらもAI活用を諦めていないこと。

    マネジメントに向いていない自分に落ち込みながらも、自分らしいチームの作り方を探していこうとしていること。

    全部、同じことをしている。

    私はずっと“できない側”の立場で、試行錯誤の途中を書き続けているのだ。

    “できない側”というのは、なにもできない人という意味ではない。常に、まだできないことに挑戦している側という意味だ。

    できるようになったら、私はまた次の“まだできないこと”を見つけて挑戦していきたい。

    できないし、よくわからないし、うまくいかない。悔しくて怖いけど、このままやり続けていったらなにかが見つかる気がする。

    そういう感覚を、ずっと言葉にしてきた。

    私は、できあがった知識を上から教える専門家ではない。

    でも、できないときの違和感や感情を観察して言葉にすることは、私が仕事としても発信としても向き合ってきたことだ。

    私ができるのは、答えを教えることではなく、あらゆる経験の中から学びのきっかけを見つけることなのだと思う。

    いつもなにかまだできないことに挑戦しながら、ずっとできない側に立ち続けて、いま見えているものを言葉にし続けたい。

    パーソナル編集者の最終セッションで「私は大人の自由研究をする人だ」と言ってもらえて妙にしっくりきたのだけど、自由研究のテーマはずっと“できないこと”や“うまくいかないこと”だった。

    思えば私は昔から、辛いことに対して「ただ辛かった」で終わらせるのが苦手だった。無理にポジティブにとらえようとはしないんだけど、絶対になにか意味あるものに変えてやる!と思っていた。

    20代で両親を失ったときも、ワンオペ育児が苦しかったときも、そのほか人生が思うように進まなかったときも、私は「この経験をただの辛い経験で終わらせてなるものか。神様とか信じねえし。ここから絶対になにか学び取るからな!」と思って生きてきた。

    と書くと聞こえはいいかもしれないが、そうでもしないと心が壊れそうだったからで、ただの生存戦略だ。

    でも20年かけて、なかば無理やり「辛い経験からなにかを学び取る回路」を鍛え続けてきたところ、気づけばどんな出来事も学びに変えることができるようになっていた。

    繰り返しになるが、別にポジティブにとらえられるわけではない。超凹むし、めっちゃ悲しい。でも「マイナス感情だけで終わってなるものか!」という謎のハングリー精神だけはズバ抜けている気がする。

    そんなわけで私は、できないことを学びのきっかけに変えるような文章をこれからも書いていきたい。

    できない自分を責めるんじゃなくて、できていないことに理由があると思える姿勢。

    うまくいかなかった経験を、ただの失敗にしないで済むとらえ方。

    できない側にいる人が「ここからでも学びは始められるのかもしれない」と思えるきっかけ。

    私はいま自分がいる“できない側”から、たくさんの失敗や挫折を書いて、そこから学びを得ていきたい。

    うまくいかないことだらけの人生でも「悪くないじゃん」と思いながら生きていくために、私は書き続けるんだろう。

    これからも自分のために書いていくけれど、結果的に誰かの出来事のとらえ直しや学びのきっかけにつながったら、こんなにうれしいことはない。

    “できない”を、学びのきっかけに変える

    これをテーマに生きていきたい。

    毎日note、255日目。


    ▼ 宣言noteを書いたけど怖くて出せなかった2日前が嘘のように晴れやかな気分だ

    ▼ 怖くてnoteを出せなかった翌日、赤裸々すぎるので有料にさせてもらったマネジメントにまつわる失敗談ともがきの話

     
     
     
    日常の「なんで?」を考えすぎる人|大人の学びノートを45冊くらい作ってる📒|内省とAIで、わからないことを学びに変える自由研究中💡|思考整理と言語化をお手伝い📝

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