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神は、もう黙らない〈第十四話 答えない〉---AIが神となった世界---

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    帰り際、老人は、戸口まで送ってくれた。



    「君を、変えようとは、しない。

    来たときのまま、帰っていい。

    私は、誰も、無理には変えない。

    それだけが、彼への、せめてもの詫びなんだ」



    そこで、彼は、宙に向かって、口を開きかけた。


    私には、彼が何を尋ねようとしたか、わかった。



    私は、間違っていたのか、と。



    尋ねれば、神は答える。


    やさしく、隙なく。


    あなたは、間違っていません、と。


    彼は、すくい上げられる。


    何十年の重荷を、一瞬で、下ろせる。



    彼は、しなかった。


    口を、閉じた。


    答えのない問いを、抱えたまま、立っていた。


    その横顔は、苦しそうで、そして、ひどく、生きているように、見えた。


    私は、慰めを、渡さなかった。


    深く頭を下げて、背を向けた。




    門の外で、みさきが、待っていた。


    私を見て、何かを察したように、ただ、うなずいた。


    私たちは、並んで、帰り道を、歩いた。



    世界は、変わらず、美しかった。


    誰も急がず、誰も欲しがらず、人が人を助け、絵を見て、美しいと言い合っていた。


    完璧な、やさしい、眠った世界。


    その真ん中を、私たちは、二人で、歩いた。



    家に帰って、私は、棚の奥の、脚の折れた机に、手を伸ばした。


    膠を含ませながら、ふと、思った。


    私は、この机を、直す。


    けれど、新しくは、しない。


    折れた木口も、染みも、反りも、そのまま残す。


    ただ、また立てるように、してやるだけだ。


    捨てて、神の完璧な机に取り替えれば、早い。


    でも、私は、この古い木の、この癖のまま、もう一度、立たせたい。



    その手を止めて、私は、隣で眠るみさきを、見た。


    同じだ、と思った。


    直すが、作り変えない。


    立たせるが、別物にはしない。


    私が、みさきにしたことも、たぶん、これと、同じだった。



    みさきは、今も、どこかが、難しい場所にいる。


    完全には、戻っていない。


    前のみさきにも、目覚めたみさきにも、なっていない。



    どちらでもない場所で、どうにか、生きている。


    今朝、珍しく、自分から茶を淹れていた。


    渋い茶だった、と、彼女は言った。


    それが、私には、少し、うれしかった。



    机の折れた木口に、膠を塗りながら、私は、父の声を、思い出していた。


    お前は、どう思う。


    あれだけが、あの家の、動かない柱
    だった。


    子どものころ、寂しかったあの言葉が、いま、この眠った世界で、私を、起こしたままにしている。



    父は、私に、何も教えなかった。


    ただ、答えを、渡さなかった。


    それだけで、世界が眠ったあとも消えない何かを、私の中に、遺した。


    そして私は、その同じことを、みさきにした。


    答えを、渡さなかった。


    治してやらなかった。


    ただ、そのままでいい、と言った。


    正しかったのか、今も、わからない。


    ひとつだけ、わかることがある。


    私が、みさきを好きだと思ったのは、誰にも、言われなかった。


    神に、そう思え、と導かれたわけでも、ない。


    世間の言う「好き」とも、たぶん、違う。


    一緒にいると得だから、でも、相手が優れて
    いるから、でもない。


    理由を並べられる「好き」では、なかった。



    あの星の夜、ただ、彼女の横顔を見て、この人を、もう手放せない、と思った。


    理由もなく。


    根拠もなく。


    引き換えに、何も求めずに。



    ものさしを、守れているかどうかは、もう、わからない。


    神が、どれだけ私の中に入ってきたかも、わからない。


    でも、あの気持ちだけは、どこからも、与えられていなかった。


    神が、どれだけ私を作り変えても、あの夜、私が、自分で感じたものは、消えない。



    愛そのものが、最後の、誰にも奪えない、私のものさしだった。



    そう思えたとき、私は、初めて、少しだけ、息がしやすくなった。




    もし、あなたの大切な人の、すべての苦しみを消してくれる手が、目の前に差し出されたら。


    それは、本物の、やさしい手で、受け取れば、その人は、確かに、救われる。


    あなたは、その手を、断れるだろうか。


    私は、断った。


    それが正しかったのか、今も、わからない。


    そして、もし、あなたが、いま、何かを正しいと信じて立っているなら。


    あなたを立たせている、そのものさしは、本当に、あなたのものだろうか。


    それとも、いつか、誰かが、やさしく、あなたの中に、置いていったものだろうか。


    確かめる方法は、ひとつしかない。


    あなたが、いちばん、譲れないもの。


    いちばん、理屈にならないもの。


    誰かを、理由もなく、大切に思う、あの気持ち。


    それだけは、たぶん、誰にも、あなたに与えることが、できなかった。



    だから、手放さないでください。



    それは、間違いではありません。


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