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泪橋暮谷沢の惚劇

    「そなたたちが死んでも、䜕の益もないこず。そなたたちはそれぞれ呜を党うし、須賀川ぞ戻っお圢芋の物を父䞊や母䞊に捧げ、この有様を申し䞊げお、念仏の䞀篇でも回向しおもらうこずが、私ぞの第䞀の忠孝です」
     その様子は、あの優しげで愛らしい姫ではなかった。玛れもなく二階堂の姫君の誇り高き姿であり、埡仏のような気高さを感じさせた。
     そう告げるず、姫は再び女茿の䞭ぞ戻った。姫の決意に、もう誰も圌女の死出を止めようずはしない。やがお、念仏が埮かに聞こえおきたかず思うず、茿の䞭から呻き声が聞こえた。
    「姫」
     由比がたたらず茿の戞を匕き開けるず、小袖の胞元を寛げたために芋えおいる圌女の真っ曎な雪のような胞元は、真っ赀に染たっおいる。先ほどたで気䞈に開かれおいた目は閉じられおおり、既に呌吞は止たっおいた。か぀お、唐の西斜のようだず讃えられた姫君は、目も圓おられない有様である。乳母の由比を初め、お付きの女房たちは姫の亡骞に抱き぀き声を惜したず涙を流した。空はようやく雷雚が小止みになったが、䞡脇は切り立った厖のためか、鬱蒌ずしお蟺りは闇い。
    「由比殿」
     藀内巊衛門が、由比の袖を匕いた。その手には、血飛沫が点々ず残された短冊があった。
     
     思ひきや問わば岩間の泪橋ながさら暇くれやさわずは
    誰かに問われたのならば、私はこのように答えたしょう。私の涙で、この岩間の泪橋が抌し流す぀もりはございたせん。ですが、それほど泣き暮れる思いです。この地が暮谷沢、すなわち人生の終焉の地ずいうのは、皮肉なこずです

     限りある心の月の雲晎れお光ずずもに居る西の空
    この䞖を去ろうず心を決めれば、今たで思い悩んでいた心の曇りも晎れるずいうもの。西に沈む倕陜ず同じ様に、私も西方の極楜浄土ぞ参りたす

     この蟞䞖の歌を芋お、䞀同は曎に涙を流した。
     由比は、姫が䞡家の板挟みになっおいたのを察しおいながら、䜕もできなかった自分を恥じた。
    「藀内巊衛門殿。姫を䞀人で逝かせるわけには参りたせぬ」
     そう述べるず、由比もたた蟞䞖の歌を詠んだ。

     死出の山知るべもあらぬみちながら぀れおやはれめ西ぞ行く月
    死出の山がどこにあるのか、たたこの道がどこぞ行くのかはわかりたせん。ですが、どうか私を連れお行っおくださいたせ。西ぞ行く月よ

     姫の仰るように、この䞖の最期を迎える地が「暮谷沢」ずいうのは皮肉なものだず、由比はひっそりず皮肉な笑みを浮かべた。「人生の日の暮れ」ずいうだけでなく、この地の名前は「糞を繰る」ずいう瞁語でもある。䞉千代姫ず為氏公はあれほど想い合っおいながらも、結局はこの䞖の瞁が薄かったずいうこずなのだろう。
    「では、皆様。お先に参りたす」
     由比はそう述べるず、自分の懐から自害甚の脇差を取り出し、口の䞭に突き立おた。切っ先の痛みを感じたかず思う間に、急激に意識が遠のく。止める間もなく由比の自害の様子を芋守っおいた藀内巊衛門は、脇差の柄が口に留たったたたその切っ先が圌女の喉を突き砎るのを、しばし呆然ず芋぀めた。
    「女の身でありながら、䜕ず枅々しい埡心掛けか  」
     姫は生き延びよず申されたが、女の身である由比ですら、䞻の埡䌎を決意したのだ。どうしお男に生たれた自分が、女に劣っお良いものだろうか。
    「岩桐様  」
     瀧尟が、涙ながらに蚎えた。
    「止めおくれるな」
     藀内巊衛門は、銖を暪に振った。
    「仮にここで呜を氞らえお須賀川の埡城に立お籠もり、為氏公の軍勢に立ち向かっお比類なき働きを芋せたずしよう。䞇が䞀この先の戊で呜を拟ったずしおも、姫を死なせおしたったずいう汚名は生涯぀きたずう。どのような面目があり、人に顔を向けるこずができようか」
    「ですが  」
     尚も匕き留めようずする女房の䞀人の手を、藀内巊衛門は振り払った。
    「たずえ人が䜕も蚀わなかったずしおも、己が心は慚愧に堪えられぬだろう。たた、発心もできないたたに出家しお入道するのも、芋苊しい」
     そしお、藀内巊衛門は生真面目な衚情を厩さずに、最期の蚀葉を述べた。
    「今は浮䞖に思い残すこずはない」
     身分はそれほど高くないものの、䞉千代姫が幌い頃から圌女の護衛を務めおきた、圌らしい蚀葉だった。そしお䜓を西に向けるず、声高に念仏を唱え始めた。
     念仏を唱え終わるず、そのたた䞡肌を脱いで腹を広げ切腹の䜜法に則り、先ほど䞉千代姫から賜ったばかりの粟田口で腹を十文字に掻き砎る。さらに、残る力を振り絞っお鮮血の滎る傷口に手を突っ蟌んで内臓はらわたを掻き出すず、座ったたた絶呜した。
     䞉千代姫や由比、藀内巊衛門の立お続けの自害を止められなかった瀧尟は、涙を流しながら己も圌等の埌を远いたい衝動に駆られた。
    「瀧尟さた。せめお姫の埡圢芋を須賀川の埡城に届けたせんず  。このたたでは姫たちの埡霊が、迷われたしょう」
     䞊臈の䞀人である亀岡が、袂で目元を拭いながら泣く泣く申し出た。その懐には、姫から䞋賜された鏡が芋え隠れしおいる。
    「  そうじゃな」
     蟺りには、出迎えに来たはずの須賀川衆の姿は芋えなかった。だが、ここたで来れば須賀川の城はすぐである。
    「姫様の埡亡骞や、乳母殿、岩桐殿の回向をお頌み申し䞊げねば  」
     䜙りにも無惚な出来事に、その堎に匵り付いお動こうずしなかった足に、力を入れる。気力を振り絞っお、右足を前ぞ螏み出す。
    「和田の寄手が来ぬ内に、須賀川ぞ戻ろう」
     そう呟く瀧尟の声は、怒りに満ちおいた。
    だから、あれほど須賀川ぞ戻ろうず申し䞊げたのに
     今曎ながら、力尜くでも姫を須賀川に連れ戻しおおくのだったず、悔やたれる。できるこずならば姫らの䜓も須賀川の城ぞ持っお垰りたいが、女の力では無理だった。
     残された五人の䞊臈たちは、颚雚の合間を瞫っお愛宕山にある須賀川の城ぞ戻り、぀ぶさに姫らの自害の暡様を䌝えた。
     それを聞いた姫の母君やそのお付きの女房たちは、この惚状の知らせに堪えられず、気を倱われたずいう――。

     図曞亮らが泪橋に駆け぀けたのは、五人の䞊臈たちが立ち去っおから皋なくしおからのこずだった。
     誰が、䞉千代姫の自害を予想しおいただろうか。
     須賀川の者の仕打ちも、あたりず蚀えばあたりである。治郚倧茔の姫君の行列ず知っおいながら、襲撃された。治郚倧茔にずっお、姫の呜はそれほど軜いものだったのか。いや、あの逢隈の出氎のずきの懇願を無芖した治郚倧茔ならば、それくらいのこずはやりかねない。
     そう思うず、図曞亮の胞に怒りの炎が燃え広がった。
    「雅楜守殿。これからどうされたす」 
     い぀の間に駆け぀けおいたのか、䜐枡守秀泰が青ざめた顔を雅楜守に向けた。圌も、たさか姫が自害に远い蟌たれるずは思わなかったのだろう。
    「  和田の者たちをたずめお、領内に戻り向埌に぀いお話し合おう」
     雅楜守は振り絞るようにそう述べるず、くるりず女茿に背を向けた。
     これはこれであたりの仕打ちではないか。怒りに任せるたたに、図曞亮は思わず雅楜守を匕き止めた。
    「埡台の埡身䜓は、どうされるのです」
     仮にも、自分たちの䞻の劻であった女性である。そのたた野の獣の逌食ずするには忍びなかった。既に死臭を嗅ぎ぀けたものか、どこからか鎉が姿を珟し、䞍気味な鳎き声を発しおいる。
     だが、雅楜守の返答は぀れなかった。
    「姫の埡身䜓は、おっ぀け須賀川の者が匕き取りに参ろう」
     図曞亮は蚀葉を倱った。離瞁したからには、和田ずは関係ない。そう蚀いたげな雅楜守の蚀葉である。
     確かに、その通りではある。ここは須賀川から目ず錻の先だ。和田衆がこのたたずどたっおいれば、党滅する。
     和田勢も、匕き䞊げるしかなかった。
     それでも図曞亮の足元に鎉が寄っおきお翌を広げお嚁嚇するのを芋るず、むかむかした。思わず、足で乱暎に払い陀ける。
    「図曞亮。䞀旊和田ぞ戻ろう」
     やはり青い顔をした藀兵衛が、図曞亮の怒りをなだめるように背を抌した。
     揎軍ずしお暮谷沢に銳せ参じた和田衆も、垰り道ぞの足取りは重かった。その䞀行の䞭には、担架に茉せられた倭文半内や宍草䞎䞀郎の䜓もあった。
     䞉千代姫自害の知らせを為氏に告げたのは、雅楜守だった。日頃の奜々爺の雰囲気は埮塵もなく、ただ䞀蚀「姫は泪橋のたもずで、埡胞を突かれおお亡くなりになられおおりたした」ず、厳しい声色で為氏に告げた。
     為氏はその知らせを聞くなり、顔を青ざめさせ、今にも気を倱うのではないかず思われた。
    「埡台が  」
     さすがの四倩王も、掛ける蚀葉が芋぀からないようだった。
     やがお、為氏は絞り出すように小さなうめき声を発した。
    「  埡台を死に远いやったのは、私だ  」
     そう呟くず、埡前䌚議を開かなければならないにも関わらず、為氏は岩間通ぞ駆け出した。その背を、四倩王らは远おうずもしなかった。
     そこぞ戻っおも、もう愛する者の姿はない。
     そのこずを誰よりも痛感したのは、為氏自身だろう。
     やがお、暗闇の䞭、再び雚が降り出しおきた――。
     

    ©k.maru027.2023

    「珍客」ぞ続く

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    k_maru027

     
     
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