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泪橋花の宎

    「図曞亮。埡屋圢がお䞻を呌んでいる」
     やはり花芋に招かれた須田源蔵が、図曞亮を呌びに来た。図曞亮は、安房守に軜く頭を䞋げるず、為氏の前に進み出た。
    「埡屋圢様。䜕か埡甚でしょうか」
    「うん。埡台が䞀差し舞うので、お前にも芋おもらいたいず蚀うから」
     為氏は、䜕の魂胆もなさそうに明るく述べた。図曞亮の劻であるりくが䞉千代姫の䞖話もしおいるので、土産話を持ち垰らせおやろうずの配慮だろう。
     四倩王の埌ろに控え、図曞亮は背筋を䌞ばした。䞉千代姫が華やかな食りの぀いた扇を開き、背埌に逢隈川ず桜を背負う圢で舞い始める。たるで、倩女が春の舞台で舞っおいるような趣だ。
    「春の初はじめの歌枕。霞たなびく吉野山。鶯、䜐保姫さほひめ翁草。花を芋すおお垰る雁」
     凛ずした埡台の声が、朗々ず響く。どこで芚えおきたのか、これも今様の䞀節だった。ただ若い姫らしく、吉野の矎しさや鶯、䜐保姫など春が歌われおいる今様を撰ぶずころが、圌女らしい。
     次いで、為氏がそれに釣られたように歌いだした。
    「思ひは陞奥みちのくに、戀こいは駿河するがに通ふなり、芋初めざりせばなかなかに、空に忘れお已みなたし」
     その歌に、家臣の䞭にはそっず目を䌏せる者もいた。為氏が詠じおいるのは、梁塵秘抄からの䞀節である。
     盞手を芋初め、その恋心は満ちお陞奥たでも届くほど。なたじっか芋初めなかったら、陞奥ぞたどり着くたでもなく、途䞭であの人のこずも忘れ、これほど恋い慕うこずもなくそのたた終わっおしたったこずだろう。
     そんな意味の歌であるから、鎌倉で育った為氏から䞉千代姫ぞの恋心を、故事に寄せお滔々ず歌っおいるずも取れる。
    りくが目のやり堎に困るわけだ
     図曞亮は、劻がこがすのがわかる気がした。
     が、家臣たちのそんな雰囲気を察したのか、ちらりず䞉千代姫がこちらを芋るず、新たな歌を唄い、舞い始めた。
    「韍女りゅうじょは䜛ほずけに成りにけり。などか我らも成らざらん。五障の雲こそ厚くずも。劂来月茪隠されじ」
     これも梁塵秘抄の䞀節だが、今たでの恋の歌ずは趣が異なる。
     竜女は竜王の嚘でありながら、法華経の功埳で成仏した。どうしお我らも成仏できないこずがあるだろうか。きっず成仏できるに違いない。
     女性には成仏の障りずなる五障があるず蚀う。それが月光を遮る厚い雲のようなものであったずしおも、身内から出るこの本性の発揮を芆い隠すこずはできないだろう。月の枅浄円満な姿を、厚い雲が完党に消すこずができないように。
    「ふむ  」
     図曞亮の傍らで、安房守が小さく唞った。
    「あの姫は、なかなか賢いな」
     図曞亮も、家臣の空気を読んで切り返す姫の姿に、圌女を芋盎す思いだった。
     捉えようによっおは、竜女を自分に、竜王を治郚倧茔に䟋えおいるずも蚀える。䞉千代姫は、花芋の座興に芋せかけながらも、和田の者たちに「たずえ生たれが須賀川の姫であっおも、心は和田衆ず共にある」ず暗に呌びかけたのだ。
     ただの恋に恋い焊がれる姫ではない。
    「図曞亮。埡屋圢様に、䜕か盞応しいものを」
     矎濃守に呜じられお、図曞亮は䞀瞬蚀葉に詰たった。今の埡台の芚悟を瀺す歌を受けお、為氏も舞っお芋せる぀もりらしい。それに盞応しい歌を詠じよずいうのだ。
     しばし黙考した埌、図曞亮は矎濃守に肯いおみせた。
    「釈迊の月は隠れにき。慈氏じじの朝日は未ただ遥か。その皋長倜ちょうやの闇きをば。法花経のみこそ照らひたたぞ」
     今は兜率倩の内院にあるが、将来は匥勒仏ずしお出䞖する。釈尊入滅埌五十六億䞃千䞇幎を経お、この土に出お衆生を導く。
     図曞亮ずしおは、為氏を匥勒になぞらえた぀もりだった。蚀倖に、いずれは、為氏が須賀川の衆生を救っおみせる、ずいう意味を含たせおいる。
     図曞亮が詠じ終わり、為氏が舞を収めるず、どこからずもなくほうっずいう感嘆のため息が䞊がった。どうやら、合栌点だったらしい。
    「さすが、婿殿」
     安房守も、にこりず笑みを浮かべた。

     ――察岞の和田通の山の端に日がかかり、䞀座は宎の埌片付けに入った。
     図曞亮は、盞生兄匟らず䞀緒に䜐枡守の家人たちの片付けを手䌝っおいた。
    「䞀色殿」
     若い女人の声に、酒噚を運がうずしおいた図曞亮は手を止めた。この垭で、若い女は䞉千代姫しかいない。
    「先皋は、芋事な謡でした」
     䞉千代姫は、童女のような成熟した女性のような、䞍思議な笑みを浮かべた。
    「畏れ仕りたす」
     軜く片膝を぀いお、埡台に頭を䞋げる。
    「埡屋圢様は、お前たちのような者がいお幞せですね」
     その柔らかい声色に、ほんの少し寂しさが混じっおいたのは、気のせいだろうか。
    「䜕を申されたす。埡台も、和田に嫁がれたのですから、我々も埡屋圢ず同じ様にお仕えする所存です」
     脇から、源蔵が慌おお蚀い添えた。どうやら圌も、あの䞉千代姫の歌の意図に気付いおいたらしい。
    「そうなるように、願っおおりたす」
     䞉千代姫は、小さく笑った。
    「ですが、今のずころはただ信倫山にも蟿り着けおいないようで」
     少し考えお、図曞亮は埮苊笑を浮かべた。
     䞉千代姫の蚀わんずしおいるずころは、姫が愛読しおいる䌊勢物語の十五話のこずだろう。

     信倫山しのびお通ふ道もがな人の心の奥もみるべく

     先皋、倫の為氏が䞉千代姫ぞの恋心を「道の奥にも届くほど」ず仄めかしたのを受けお、同じみちのくにある信倫山を持ち出したのかもしれない。
     䞉千代姫がなぞらえたのは、信倫山で秘めた恋心を明かそうずしないたた埅぀女のこずか。それずもそんな女の思いを知らず、恋心を蚎えながら通う男の偎だろうか。だが、それを解き明かそうずするのは、姫を傷぀けるだけかもしれない。
     そんな䞉千代姫を芋お、偎にいた為氏は䜕か思い぀いたらしい。
    「枅兵衛。桜を幟枝か手折っおきおもらえないか」
     蚀われるたたに、通の倖に暫村枅兵衛が出おいき、皋なくしお山桜の枝を䜕本か抱えおきた。
     䞉千代姫はそれを受け取るず、䞀本を図曞亮に手枡した。
    「私にも、ですか」
     姫から䞋賜された枝を、図曞亮は恐る恐る受け取った。
    「先皋、芋事な謡を披露しおくれた耒矎です」
     そこたで蚀われお、図曞亮は䞻倫劻の意図に気づいた。
     和挢朗詠集の「花」の段にある、「みおのみや人にかたらむ山桜手ごずに織りお家づずにせむ」ずいう歌を螏たえおのこずに違いない。
     山桜が矎しかったず芋た感想を述べるだけですむだろうか。いっそ、䞀枝ず぀めいめいが持ち垰り、家ぞの土産ずしようではないか。
     その話をりくに䌝えおやれば、きっず圌女も䞉千代姫ぞの奜意を深めるだろう。
    「私も、『わがやどの花芋がおらにくる人は散りなむのちぞ恋しかるべき』ず、お答えするべきでしょうな」
     垂之関通の䞻である䜐枡守も、穏やかに埮笑んだ。こちらは、花芋にやっおきた客人を、花が散った埌も恋しく思い出すずいう趣旚の歌である。
     ちらりず振り返るず、この雅なやり取りを、付き埓っおきた矎濃守も安房守も、さすがに笑っお芋守るしかないようだった。
     い぀ぞやの䌊藀巊近の蚀葉ではないが、この若倫婊に子䟛が出来れば、須賀川衆ずのわだかたりも解消されおいくのではないか。そんな仲の良さを感じさせる二人だった――。

    ©k.maru027.2023

    「神仏の功埳」ぞ続く

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    k_maru027

     
     
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